医学界新聞


医療安全からCOVID-19対応まで,擾乱に挑むレジリエント・ヘルスケア

対談・座談会 中島 和江,後藤 隆久,越村 利惠

2020.06.01



【座談会】

“弾”よく“乱”を制す
医療安全からCOVID-19対応まで,擾乱に挑むレジリエント・ヘルスケア

中島 和江氏(独立行政法人 労働者健康安全機構理事/大阪大学医学部招聘教授)=司会
後藤 隆久氏(横浜市立大学附属病院長)
越村 利惠氏(大阪大学医学部附属病院 看護部長・副病院長)


 病院をはじめとする複雑なシステムをマネジメントするには,物事が「なぜ失敗したのか」だけでなく,「どのようにうまく行われているのか」を理解する必要がある。日々さまざまな変化にさらされ,利用できるリソースに常に限りがある中で,患者のために何とか対応しながら機能し続ける医療現場。このようなシステムのレジリエンス,すなわち「弾力的で柔軟な対応力」や「変化への適応力」はどのように発揮されているのか。そして,どうすれば医療システムのレジリエンス能力を向上させることができるのだろうか。

 本紙では,国際的ネットワークの仲間と共に,レジリエンス・エンジニアリングの医療への実装をリードし,『レジリエント・ヘルスケア入門』(医学書院)を編んだ中島和江氏を司会に,病院管理者の後藤隆久氏,看護部長を務める越村利惠氏の3氏が,「失敗をなくす」から「成功を創り出す」へと転換を図る,組織や医療安全の新しいマネジメントの実践について議論した。

(COVID-19感染拡大の影響に伴い3月28日ウェブ収録)


中島 レジリエントなシステムとは,擾乱(じょうらん)と制約のある状況下で,求められた機能を発揮できる組織や社会を指します。また,擾乱とは定常状態からの乱れを意味します。医療現場に擾乱をもたらす変化には,診療報酬改定,働き方改革,少子高齢化などの外的要因もあれば,院内の内的要因もあります。

越村 私たちの働く医療現場では,病棟への緊急入院,スタッフの変更,業務の増減など大小さまざまな変化により,まさに擾乱が日々起きています。

後藤 病院というのは,多職種で構成された組織だけに極めて複雑なシステムです。擾乱と制約の中でも,必要とされるヘルスケア機能を発揮するために動き続けています。

中島 医療は複雑適応系(complex adaptive system)と呼ばれます。時々刻々と変化する環境に適応し,学習し,進化し続けており,まるで生き物のようです。設計した通りいつも同じように動く精密機械とは違います。実際,私たち医療者は,状況に合わせて臨機応変な対応やさまざまな調整を行い,日々の診療を乗りきっています。チームや組織全体の総合力としての「レジリエンス」はどのようにして生み出されているのか。平常時にこのことを理解するのはかなり難解でしたが,災害とも言える新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発生・拡大への対応は,レジリエンスとは何かを考える良い機会になったと言えます。

COVID-19による未曽有の擾乱,組織の境界を越えた対応に

中島 COVID-19は,世界中のヘルスケアシステムに未曽有の擾乱をもたらし,それに立ち向かうための医学的知識や個人防護具等のリソースが不足している中で,各地の医療機関では緊迫した状況が続いています。後藤先生はこの2月に,クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」に乗船するCOVID-19感染者の受け入れを,横浜市大市民総合医療センターの病院長として指揮されました。

後藤 COVID-19対応は想定外の連続でした。ウイルスがどう感染を広げ,患者はどのくらい増えるかなど不確かなまま,横浜港に停泊中の船から重症患者が次々と当院に搬送されてきたからです。行政からの情報や指示も乏しく事態が刻々と変化する中で,私たち病院スタッフはウイルスの恐怖と闘いながらの対応が始まりました。

中島 人類がこれまで経験したことのない感染症患者の診療という答えのない事態に対し,病院トップとして後藤先生がまず注力された点は何ですか。

後藤 ①優先順位を明確に示すこと,②情報を集めてコミュニケーションを円滑にすること,③院内の感染制御に万全を期すことの3つです。確固とした方針が定まり共有できれば,現場ごとに判断して行動できる。そう考え立ち向かいました。

中島 複雑適応系の特徴の1つは自律分散(ボトムアップ)です。中央制御(トップダウン)で細かい指示をあれこれしなくても,行動のための「目標」と「情報」と「シンプルルール」があればうまくいくことが知られています。先生が示された3つはまさにそれに合致します。

越村 お話を伺うと,②の情報を集めてコミュニケーションを円滑にすることを掲げた点が重要だったと思います。組織の中のコミュニケーションが機能的に取れなければ,リーダーシップを発揮できないからです。一方で,経験と正解のない中での挑戦で,誰しも抱くのが「不安」ではないでしょうか。

後藤 おっしゃる通り,不安との闘いは大きな課題でした。危機のときに自分たちの領域から境界を飛び越えるには,どうしても心理的不安を覚えるものです。患者を引き受け,そして助けたいと思う反面,自分たちの部署や職員を守りたいとの相反した思いが生じたのも事実です。そこで,③の感染制御は,普段よりも一段高いレベルの体制としました。長い闘いになったとき,安全が守られていなければ職員が付いてこないだろうと思ったからです。

中島 新しいチームを形成して事に当たるためには,自分の部署の境界(boundary)を越えなければなりませんが,そのためにはチームメンバーの心理的安全(psychological safety)が不可欠だと言われています。「職員を感染から守る」という後藤先生の方針は,物理的安全(感染しないこと)の確保にとどまらず,病院に大切にされているという職員の安心感や士気の向上につながったのではないでしょうか。

Safety-IIを実践する3つの視点

中島 次に,平時の医療におけるレジリエンスについて考えてみます。レジリエンス・エンジニアリング理論では,仕事をはじめとする組織や人間社会の営みは,変化とつながりの中で行われ,常に変動しているということを前提としています。つまり,状況が変化する環境では,個々の人たちのパフォーマンスや,人々が相互に作用した結果として生まれる全体(例えば,チーム)のパフォーマンスは必ずしも同じではないという「ノンリニア(非線形)」な物の見方をします。看護管理や看護教育におけるレジリエンス・エンジニアリングの有用性を早くから説いている越村さんは,この難解な物の見方を看護師にどう伝えているのですか?

越村 看護管理者の立場から私はよく,「鳥の目で見なさい」と強調しています。個人の失敗の原因を探すのではなく,チームでの成功のメカニズムに目を向けるSafety-IIのアプローチが看護の領域にも根付けばいいなと考えているからです。

中島 レジリエンス・エンジニアリング理論を提唱したErik Hollnagel博士は,失敗をなくすことを目的とした従来型の安全マネジメントを「Safety-I」,擾乱と制約の中で物事がうまく行われることを目的としたアプローチを「Safety-II」と呼んでいます()。Safety-IIを実践するために私は,①日常業務を対象にする,②システムを広く見る,③相互作用に着目する――の3つの視点が有用と考えています。

 Safety-IとSafety-IIの特徴と違い(『レジリエント・ヘルスケア入門』14頁より改変) (クリックで拡大)

越村 中島先生の研修を受けた当院看護部は,今でこそ俯瞰的に見ることができるようになりつつありますが,かつては個人の知識や行動の中に失敗の原因を探すSafety-Iの傾向が強くありました。背景には,1970年代に導入された問題志向型システム(Problem Oriented System:POS)の影響があったのでしょう。これにはメリットがある一方,不完全な部分の「穴埋め」に注力する遠因にもなっていました。

中島 従来型のSafety-Iのアプローチは,チームを構成要素に分解して失敗したのは「誰か」を特定し,一連の行為をスナップショット(静止画)的にとらえ,原因と結果を単純な因果関係,リニアモデルで説明します。現場の状況の変化や人々の相互作用といった「臨床のコンテクスト」を切り離した分析です。

越村 Safety-Iの看護管理では,知識や技術不足ばかり問題視してしまい,指摘されたほうも苦しくなるばかりです。

後藤 それは人間のパフォーマンスを機械の正常モードか故障モードのように見ているのと同様です。Frederick W. Taylor氏の生産管理理論に基づけば,自動車工場の組み立て工程のように高い精度が求められる作業では,失敗を探し,指示をはっきりさせることが有効とされます。しかし,医療現場において失敗を個人の責任に押し付けるだけでは,組織の変革は生まれません。

越村 おっしゃる通りです。そうかといって,単に成功事例を取り上げるだけでは「この人だからできた」と属人的な理由に帰結してしまいます。その点,「失敗も成功も同じように起こる」ととらえるSafety-IIのアプローチは,ミクロとマクロの両方を行き来しながら全体を見る必要が生じるため,大人数が日々複雑に動く看護現場にマッチしました。

後藤 素晴らしい理論を看護部にもたらしましたね。Safety-IとSafety-II,両者のバランスが取れてこそガバナンスの利いた組織の指揮系統が機能すると考えます。

中島 目に見える失敗からだけでなく,目に見えない成功からも学ぶという発想の転換が重要になりますね。

個別事例の対症療法で終わらせない

後藤 現場から遠い管理者だけでなく,現場を最もよく知る方にも鳥の目を持ってもらうことが大切だと思うのですが,組織全体でSafety-IIを機能させるために越村さんは,どのような工夫をなさっていますか。

越村 「同じ事象でも違う景色が見えるかもしれない。それを見よう」と呼び掛けています。時間軸と空間軸を少し広めにとらえるように,と。院内の管理者向け研修における例ですが,新人が失敗をしないかと,一挙手一投足ばかり注目するのではなく,時間軸と空間軸を少し広げてみると,周りのスタッフのかかわりなどが影響していることがわかるものです。ちょっとした見方の違いが成功事例に変換できる端緒となり,新たなインシデントを防ぐサポートへとつながります。視野を広げること,それは組織のひずみを明らかにするだけでなく,新たな強みを生み出す契機にもなると考えています。

中島 私からは,前述した3つの視点を意識したSafety-IIの実践を紹介します。これは薬剤部での内服薬の調剤インシデントが出発点となっています。Safety-Iでは,このインシデントに固有の原因を特定し,その事例を予防するための対策を講じてきました。例えば,似た名前の薬を薬剤棚で離して配置し,ダブルチェックをトリプルチェックに,そしてバーコードリーダーを導入するなどです。しかし,それでは本当の原因究明と問題解決になりません。

後藤 個別事例の原因特定ではなく,Safety-IIによる鳥の目の理解と分析が必要ですね。

中島 はい。医療安全部門の多職種で現場に出向き,薬剤師へのインタビューの実施,業務が行われている実際の状況の確認,病院情報システムからのデータ収集など,日常の調剤業務を把握しました。そして,薬剤部だけなく病棟を含めシステムを広く見て,この2つの部門における相互作用を理解するよう努めました。これによって,病棟からひっきりなしにかかってくる電話や窓口の来訪者への対応によって,薬剤師の業務が頻回に中断されていることが判明したのです。背景には病棟への薬剤搬送回数が少ないことや,病棟では薬剤の調剤の進抄や払い出し状況を把握できないことがありました。特定のインシデントへの個別の“対症療法”では,かえって物事を複雑にしかねません。システムの構造的問題を正しく“診断”することが大切です。

後藤 レジリエント・ヘルスケアを安全管理に取り入れる際の有用な方法に,「頭の中で考える仕事のなされ方(Work-As-Imagined:WAI)」と「実際の仕事のなされ方(Work-As-Done:WAD)」の理解があります。WAIはマニュアルやガイドラインのような決められた型,一方のWADは,状況やリソースに合わせたパフォーマンスを指します。複雑なシステムには両者のギャップが少なからず存在している点に着目しなければなりません。その理解には,中島先生が挙げたように業務の小さなステップを一つずつ分析するプロセスが不可欠になります。医療安全管理にとどまらず,働き方改革の一環で多職種によるタスク・シェアリングの推進においても,WAI/WADの手法が突破口になるとみています。

「組織は人なり」,協働によるレジリエント・ヘルスケアの実現を

中島 今日は,チームや組織の「レジリエンス」を発揮するためのキーワードをいくつも確認できました。現場の自律的活動を促すリーダーシップと明確なメッセージ,境界を越えて協働することと心理的安全性の重要性,物事を広く俯瞰する鳥の目を持つこと。そして日常業務を対象としてシステムを広く見て相互作用を理解し,WAIとWADのギャップが小さくなるような方策を講じることなどです。

後藤 看護部での越村さんの実践,中島先生が紹介した事例のように,「こうすれば改善するのか」と疑似体験できる学習機会がまずは必要でしょう。

越村 既存のルールを崩して新しい理論を取り入れるには,抵抗もあるかもしれません。当院の看護部でも18年の導入から,定着までに4~5年はかかるとみています。看護部にレジリエンスが根付きつつあるかどうかは,今のCOVID-19対応で可視化されるでしょう。これを機に,読者の皆さんにはぜひ「Safety-IIの実践は楽しい」と知ってほしいですね。

後藤 レジリエント・ヘルスケアは,少し離れた鳥の目で物事の全体を把握するアプローチであるため,ともするとSafety-Iよりも効果が即時にはわからない面もあります。そのため初めは,問題の核心になかなか到達できない隔靴掻痒の感もあるでしょう。それでも,やるべきことの本質を一人ひとりが理解し自ら判断して動けるようになれば,複雑な現場は円滑に回り,医療の質も必ずや上がるはずです。実例を積み重ね習得する端緒には,中島先生が編集された『レジリエント・ヘルスケア入門』(医学書院)が役立ちます。

中島 ありがとうございます。「組織は人なり」と言われます。協働という人々の相互作用を通じて,医療の質や安全が確保され,組織としての総合力を発揮できるのだと思います。新型コロナウイルス禍で,医療システムも社会システムもまさに「レジリエンス実行中」の状況です。そこからもたくさんのヒントを得ながら,レジリエント・ヘルスケアの実践例を積み重ね,また教育法の開発等にも挑戦していきたいと思います。

(了)


なかじま・かずえ氏
1984年神戸女子薬科大卒,88年阪大医学部卒後,同大病院などで臨床を経験。フルブライト奨学生として米国に留学。96年米ハーバード大公衆衛生大学院医療政策学部を修了。阪大病院中央クオリティマネジメント部部長,教授,病院長補佐を経て,2020年より現職。博士(医学)。編著に『レジリエント・ヘルスケア入門』(医学書院)。

ごとう・たかひさ氏
1987年東大医学部卒。帝京大麻酔科教授を経て,2006年横浜市大大学院医学研究科麻酔科学教授。16年同大市民総合医療センター病院長,20年より現職。博士(医学)。日本麻酔科学会指導医,米麻酔科専門医,米集中治療専門医。医療への経営学の観点の必要性から,17年には慶大ビジネススクールで医療経営・政策学を学ぶ。

こしむら・としえ氏
1987年阪大医療技術短期大学部看護学科卒後,阪大病院に入職。2011年より現職。12年阪大大学院博士前期課程修了。修士(看護学)。認定看護管理者。レジリエンス・エンジニアリング理論の看護管理への援用に着目し,18年より阪大病院に導入。看護管理や看護師育成などの実践に幅広く活用している。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook