医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2020.03.23



看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第183回〉
臨地実習ことはじめ

井部 俊子
長野保健医療大学教授
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 新設の長野保健医療大学看護学部が始動して1年になろうとする2020年2月20日,「臨地実習指導者会議」を開催した。本学の学生実習を引き受けてくださる26施設(83人)の出席があった。

 ここ数日,実習委員会委員長は全力を投入してこの会議の企画や資料の準備,当日の運営,実習要項の説明を行った。着任している教員が限られているなかでのイベント開催は,全教員・職員の総出で行われる(陣容が整ったら,もっと“軽く”できるようになるであろう)。

臨地実習の目標や指導者の役割を相互に共有する場

 臨地実習指導者会議(以下,「会議」とする)は,名称が示す通り,実習指導者を対象としているが,4人の看護部長と8人の副看護部長も出席した(私はこのグループの意見交換を担当した)。

 そもそも,実際に学生の基礎看護学実習が始まるのは,2年次の夏(2020年8月31日~9月4日)と翌春(2021年3月8日~3月12日)となるので猶予があるのだが,附属病院を持たず,しかも多様な施設に実習を依頼しているため相手先との交流を早期に開始しておきたいという意図がある。中には学生の実習を初めて受け入れるという病院もあり,学生がやってきて見られるのが怖いのだと看護部長はつぶやく。大学が何を考え,どんな教員がやって来て,学生がどのような実習をしようとしているのかを説明し,メールや文書だけではなく対面で意見交換することは,お互いの不安を軽減するための重要なステップであると改めて認識した。

 会議ではまず,本学看護学部の教育目的・目標を説明した。どのような人材を育成しようとしているのかに始まり,大学人は聞き慣れている3P(アドミッションポリシー,カリキュラムポリシー,ディプロマポリシー)について解説した。さらに,年次ごとに履修する教養分野,専門基礎分野,専門分野のカリキュラム構成図を提示した。

 次に,学生に配布する予定の「看護学実習要項」を用いて,実習委員会委員長が臨地実習の目的・目標を述べ,続いて学生に説明する事柄(持参品の管理,遅刻・欠席,守秘義務,実習地へのアクセス,事故予防と事故発生時の対応,感染対策,災害発生時の対応,実習中の学生支援体制,ハラスメント時の対応,実習の停止に関すること)を共有した。

 実習指導体制については,実習グループ,実習担当教員,実習指導者に言及したのち,臨地実習指導者の役割に関する参考資料1)を示し,具体的に「何をするのか」を解説した。さらに,科目別臨地実習の概要では,これからどのような実習が展開されるのかを説明し,参加者が見通しを持てるように配慮した。数えてみると,1年次前期の「ヒューマンケア体験実習」から4年次の「公衆衛生看護学実習」まで実習の種類は15種類となる。これらに多職種連携ワーク(IPW)や災害看護の実習も追加となる。

 本学の看護学実習体制において,新しい学部であるがゆえに工夫できた点がある。それは,実習目標の一貫性である。

1)看護の対象となる人々を理解し,専門的な立場で援助関係を導くことができる。
2)基礎的な知識や技術を統合し,健康レベルに応じて,科学的根拠に基づき看護過程を適用して看護を展開できる。
3)チームの一員として看護の役割を認識し,多職種との協働・連携の重要性を認識できる。
4)常に問題意識を持ち,解決のために主体的に取り組む態度を養うことができる。
5)看護の実践を通して倫理観を高め,適切な判断と価値観を明確にしていくことができる。

 以上5つの目標はどの領域別実習においても登場し,それぞれの水準で達成目標が明示され,それらが評価へとつながる。例えば,初期の基礎看護学実習では,目標1)は次のようにブレイクダウンされる。①入院患者の生活の場を観察することができる。②入院患者と看護師の相互行為場面を観察することができる。③入院患者に対する効果的なコミュニケーションについてグループメンバーと話し合うことができる。

 実習は5日間。午前中は主として「観察」,午後は「カンファレンス」で観察した内容を意味付け,理解を深めるという計画である。

成人教育論の実践を通して経験する「実習の醍醐味」

 会議では,30分のミニレクチャーを設けた。タイトルは「臨地実習の醍醐味」とし,私が講師を務めた(醍醐味という言葉を使って何かを語りたいという欲求が以前から私の中にあった)。

 副題を「アンドラゴジーの実践」とした。アンドラゴジー(成人教育論)は,伝統的なペダゴジーが持っていたのとは異なる学習者の特性に関する少なくとも4つの重要な考え方から成り立っている2)。これを説明し,それらの特性を実践する際の示唆について臨床場面に引き寄せながら解説した。

 4つの重要な考え方とは,人間は成熟するにつれて,次のようになるというとらえ方である。

1)自己概念は,依存的なパーソナリティから,自己決定的なものとなる(学生が受容され尊敬され支持されていると思える雰囲気が大切であり,成人学習者として自分の学習ニーズを明確にしておくことが重要であること)。
2)人は経験を蓄積するが,これが学習への極めて豊かな資源になる(経験を引き出し,学習を日々の生活に応用し,経験から学ぶ機会をつくること)。
3)学習へのレディネスは社会的役割の発達課題にますます向けられる(一連のカリキュラムは発達課題に歩調を合わせてタイミングが計られるべきであり,学生が柔軟に選択できるように準備するとよいこと)。
4)時間的見通しは,「知識のあとになってからの応用」から「応用の即時性」へと変化する。それゆえ,学習の方向づけは教科中心的から課題達成(performance)中心的なものへと変化する(学生へのかかわりは“今ここで”の関心事に歩調を合わせるべきであり,できるだけ答えを示すこと。それにはまず,学生個々がこの実習に何を求めているのかを特定しておくとよいこと)。

 結局,臨地実習の醍醐味とは,アンドラゴジーの実践を通して学習者と指導者が成長し変容することであり,新たな知の地平に到達する本当の面白さを味わうことであろう。

 私が最後に強調したのは,臨地実習指導者の役割項目にある「ケアの効果や看護のすばらしさを実感できる局面を見せる」に尽きるということである。

つづく

参考文献
1)山田聡子.臨地実習指導者の役割に関する検討.名古屋大学大学院医学系研究科学位論文.2012.
2)マルカム・ノールズ著,堀薫夫・三輪建二監訳.成人教育の現代的実践――ペダゴジーからアンドラゴジーへ.鳳書房;2002.

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