医学界新聞

寄稿 林 俊誠

2020.03.16



【寄稿】

地域に軸足を置いた抗菌薬適正使用を

林 俊誠(前橋赤十字病院感染症内科 副部長)


 ある地域の病院があらゆる院内感染対策に注力した。しかし,耐性菌に苦しむ患者は一向に減らなかった。院外にも軸足を置いて対策を広げたら,まさか,耐性菌が減り始めた――。

 今からちょうど30年前に『院内感染』(河出書房新社,1990年)という書籍が出版され,以来,耐性菌を広げない感染管理や耐性菌を作らない抗菌薬適正使用に目が向けられる時代となりました。しかし,「院内」の感染対策に注力するだけでは,病院の耐性菌は減らせません。「院外」,すなわち地域全体での抗菌薬適正使用に着目すべきです。

 例えば,当院の全入院患者に抗菌薬を使用したとして,その人数は最大でも1日に555人です。しかし医科・歯科の診療所が大部分を占める,当院の登録医640施設の外来ではもっと多数の患者に抗菌薬が処方されている可能性があります。耐性菌に苦しむ患者を本当に減らしたければ,地域の医師会・歯科医師会や診療所が外来で担う抗菌薬適正使用にアプローチする重要性が見えてきます。

アンチバイオグラムを地域の開業医に公表する

 当院が位置する群馬県は2016年,第3世代セファロスポリン系薬耐性大腸菌の分離率の高さが東日本第1位でした1)。このような結果を生んだ感染症診療(抗菌薬適正使用)の背景は,おそらくどの地域でも同じであろう2つの課題が考えられます。すなわち,不適切な抗菌薬選択と,本来不必要な処方です。

 そこで,まず取り組んだのは抗菌薬選択の問題でした。開業医に課題を聞くと,培養を出しても保険請求で査定されることがある,培養は外部委託になるから結果判明まで5~6日間要するなど,大規模病院の中からは見えない問題が浮上しました。これではより広域の抗菌薬選択となり,経口第3世代セファロスポリン系薬が頻用されるのも当然です。しかし第3世代セファロスポリン系薬を選択しなくてもよい,選択しないほうがよい菌・感染症が多いことも事実で,それをどう伝えるかに苦心していました。

 そこで考えたのが,当院の微生物検査統計情報「アンチバイオグラム」を当院に登録されている全ての診療所に配布する案です。アンチバイオグラムには例えば,咽頭炎や丹毒を起こすような連鎖球菌では現在でもペニシリンや第1世代セファロスポリン系薬の感受性率が100%であること,大腸菌のキノロン感受性率は60%に低下しており,尿路感染症のFirst choiceとしての役割よりも副作用リスクのほうがもはや上回るなど,抗菌薬選択を行う上で欠かせない情報が満載されています。

院外に目を向けた薬剤耐性対策が功を奏す

 当院の採用抗菌薬や,院内で使用している疾患別推奨処方薬の一覧表も同時に配布しました。当院は高度救命救急センターを有し,県内の最重症患者を診察する地域の基幹病院です。これだけ重症な患者の診療においても,経口第3世代セファロスポリン系薬を一切使用せずに温存し,ペニシリンなど「古典的」な抗菌薬で問題なく診療が行えていることを登録医の先生方にお伝えしたかったのです。蜂窩織炎でこの菌が疑われればコレ,腎盂腎炎や肺炎でこの菌が疑われる場合はコレ,慢性誤嚥ではコレ……などと具体的に推奨抗菌薬を記載し,診療で忙しい診療所の先生の目にも留まるように工夫しました。

 次に取り組んだのは本来不必要な処方の削減です。厚労省から「抗微生物薬適正使用の手引き」という素晴らしい資料2)が出ています。これには,抗菌薬を使用すべき状況,使用せずに慎重に経過を見るべき状況についてわかりやすく書かれています。しかし診療で忙しい中,自身でわざわざウェブサイトからダウンロードして印刷して読んで……というのは手間が掛かり過ぎます。ダイジェスト版頒布の機会がちょうどあったので,650部を頂戴してアンチバイオグラムや採用抗菌薬一覧,推奨薬一覧と共に当院の登録施設に配布しました。

 その結果,診療所の医師から「『手引き』のおかげで自分の処方が変わった。ペニシリンでまだまだ治せるものだね」とうれしい言葉を複数いただきました。それだけでも達成感があったのですが,効果はこれにとどまりませんでした。なかなか減らなかった院内の耐性菌検出数がついに減り始めたのです。2016年の取り組み開始から3年間で院内MRSA感染患者数は24%減少,Clostridioides(Clostridium) difficile感染症患者数はなんと74%も減少しました()。院内でこれまでさまざまな方策を行っても減らせなかったので,驚きの結果でした。地域病院の「院内」感染を減らしたいのであれば,むしろ「院外」に目を向けて対策することこそが必要であると実感しました。皆さんの病院でも,地域にまで広げた薬剤耐性対策を始めてみませんか?

 前橋赤十字病院における耐性菌検出患者数の推移

グラム染色実技講習会で判読の不安を解消する

 抗菌薬が不適正に使用される理由のほとんどは起因菌が推定できないからです。その感染臓器に菌がいるのか,いないのか。もし菌がいるならば何の菌なのか。それが瞬時にわかる簡便で安価な検査があればいいのに,と思ったことはありませんか? グラム染色ならば,ものの数分でその願いを叶えてくれます。しかし,染色手技は簡単でも,その染色像の判読(鏡検)が難しいと思われており,気後れや不安を感じる医療従事者が多い検査です。

 NPO法人EBIC(Evidence-Based Infection Control)研究会はその不安を解消すべくグラム染色実技講習会を2013年から毎年開催し,グラム染色を活用した抗菌薬適正使用の普及啓発活動を行ってきました。これらの取り組みは,2019年に第2回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰・厚生労働大臣賞を受賞しました3)。2019年以降は,私が会長となったeBAS(evidence-based antimicrobial stewardship)研究会がグラム染色実技講習会を引き継ぎ開催しています(写真)。

写真 eBAS研究会で行うグラム染色実技講習会の様子

 たった1日の集中コースで実際にグラム染色を行ったり,29症例の実際のスライド標本を観察したりして,翌日から自信を持って日常診療にグラム染色が活用できるようになります。参加者の高い満足度で評判となり,毎年キャンセル待ちが出るほど人気の講習会です。2020年も11月頃に講習会を開催予定ですので,詳細はeBAS研究会ウェブサイト4)をご確認ください。

 2020年は,「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が掲げる目標に向けて取り組む最後の年です。皆さんの地域におけるAMR対策の見直しに絶好の機会です!

参考文献・URL
1)川上小夜子,他.JANIS検査部門報告2 2016年都道府県別「特定の耐性菌」と「CRE」.日本臨床微生物学会発表ポスター.2018.
2)厚労省健康局結核感染症課.抗微生物薬適正使用の手引き 第二版.2019.
3)国立国際医療研究センターAMR臨床リファレンスセンター.多職種協働を目指した,13年間のAMR対策普及活動.2019.
4)eBAS研究会ウェブサイト.


はやし・としまさ氏
2008年群馬大卒。武蔵野赤十字病院,国立国際医療研究センター病院で専門研修後,14年に前橋赤十字病院に赴任。15年に群馬県初の感染症内科を立ち上げ感染管理室長を兼任する。モットーは「グラム染色なしに,感染症診療なし」。耐性菌に苦しむ患者ゼロをめざし活動している。

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