医学界新聞

インタビュー 宮下 光令

2020.02.24



【interview】

若手看護師を研究に向かわせる力

宮下 光令氏(東北大学大学院医学系研究科 保健学専攻 緩和ケア看護学分野 教授)に聞く


 看護系大学院の増加に伴い,看護師の研究に対する関心が高まっている。「進学先をどういった基準で選んだらいいのだろう」「どうしたら査読付き雑誌にアクセプトされる論文を書けようになるのだろう」などと,若手看護研究者として戸惑うことも多いだろう。これまで数多くの研究業績を生み出してきた宮下光令氏に,若手看護研究者に向けたアドバイスを聞いた。


――大学院進学をめざす看護師が増えています。もし今,宮下先生が学部生に戻って大学院を選ぶとしたら,どういった基準で選ぶのでしょうか?

宮下 まず大切なのは,学校名で選ばないこと。私なら,自分のやりたい分野でトップの先生がいるところを選ぶと思います。「東大や京大なら将来安泰」と考える人もいますが,入ってからテーマが合わず苦労する人もいます。学歴ではなく,研究者として鍛えられる大学院を選ぶのがいいでしょう。

――研究者として鍛えられる大学院はどのように調べたらいいのですか?

宮下 やはり研究業績です。いまはPubMedなどで簡単に調べられますよね。できれば英語論文をコンスタントに出していて,修士論文・博士論文が英語論文になっている研究室がいいでしょう。その分野のトップというのは学部卒ではわからないことが多いでしょうから,先輩や教員に聞くのもお薦めです。専門家のことを適切に評価できるのは,やはりその道の専門家です。あとは,教員や学生が個々のテーマだけを研究している研究室より,プロジェクト研究をしている研究室のほうがいいでしょう。

掛け算で希少性を生む

――宮下先生の場合,大学院は看護系ではなく,疫学・生物統計学の教室に進学されていますね。

宮下 私が大学に入学した当時は,EBMという言葉が日本でもようやく広まり始めた頃です。そんな時代に若くして東大医学部の教授となった大橋靖雄先生(現・中央大教授)が,臨床研究の方法論やEBMの講義をされていて,すごく面白かったのです。

 その頃の看護の講義ではエビデンスや臨床研究,統計学などがあまり重視されていなかったように思います。しかし,看護学においてもEBMの重要性が増していくに違いないと考えて,疫学・生物統計学教室に進学しました。統計学を学んでおけばつぶしが効くかもしれないという,よこしまな気持ちもありましたね(笑)。

――振り返ってみて,大学院で生物統計学を学んだ経験はどのように活きているとお考えですか。

宮下 修士課程のわずか2年間にもかかわらず,現在のキャリアの基盤になっているのは間違いありません。専門家と言えるほど統計学に詳しいわけではありませんが,タイミングも良かったのです。その後に進んだ緩和ケア領域は当時,統計学に詳しい人材に乏しかったですから。「緩和ケアのことをわかっていて,調査と統計ができる人」という希少性から,次第に研究プロジェクトに誘われるようになりました。

――「緩和ケア×統計学」の組み合わせが希少性となるのですね。

宮下 もちろん,「狭い分野でのエキスパート」になることは最低限必要ですが,できれば2つ得意なものがあるといいと思いますね。大橋先生も生物統計学のエキスパートだっただけでなく,医学も大変よく勉強されていた。「100人に1人しかできないスキルが2つあると,1%×1%で1万人に1人の人材になる」とよく言わます。看護師が100万人いるとして,その中で緩和ケア研究で上位1%,統計学で上位1%に入ればその両方ができる人は日本の看護師で100人しかいない,ということになります。実際にはもっと少ないでしょう。

「周辺をなぞるような研究」はしない

宮下 「周辺をなぞるような研究はしない。目標に向かって真っすぐ進む」ことも大事です。

――周辺をなぞるような研究とは?

宮下 例えば,医療スタッフに対する意識調査の類です。学術集会の一般演題で「痛みのケアに関する看護師の認識」といった演題がありますよね。とりあえずやりやすい対象で調査するという悪い癖がついている。でもそれだと臨床は何も変わらないのです。

――実現可能性がまず頭にあって「研究のための研究」になっている,と。

宮下 なぜこんな偉そうなことを言うのか。私自身が若い頃にそういう研究ばかりやってジャンクなペーパーをいくつも書いてきたからです。それで「こんなことをやっていても時間の無駄,人生の無駄だ」と反省した経験があるのです。それからは,たとえ困難でも目標に向かって真っすぐ進むことを心掛けるようになりました。

 先ほどの看護師対象の調査の例でも,最終的に患者さんやご家族にどう役立つのかが肝心です。最終的な目標を達するのにこの調査が必要である,次のステップは何であってロードマップどおりに行けば最終目標にたどり着くということが明確に説明できるのならば構わないのです。そして大事なのは,実際にやり遂げること。たいていの人は,何かしらの言い訳をして10年続けないんですよ。逆に言えば,「10年やれば誰でもエキスパートになれる」。これは私が学生によく話すメッセージです。

研究で生じた課題が次のリサーチ・クエスチョン

――次の質問は,リサーチ・クエスチョンの立て方です。良い研究課題はどうしたら生まれるのでしょうか。

宮下 実は,リサーチ・クエスチョンで困ったことはほとんどありません。

 正直,私は革新的なアイデアを出すタイプではありません。ただ,例えば論文の考察部分で解釈がうまくできないとか,limitationとして今回の研究の限界や弱点について述べますよね。そのlimitationを発展させれば,自然と次のリサーチ・クエスチョンになる。研究をやっていると「失敗したな」とか「よくわからないな」という点が必ずあって,次はそのパズルのピースを埋めていくイメージです。

――なるほど。ひとつの研究を次に発展させて体系化していくのですね。

宮下 研究テーマに新規性を追い求めたり,テーマをあれこれ変えたりする人がいます。研究費を獲得するためには大事かもしれないし,それぞれのテーマで成果を挙げていればいいので否定はしません。でも新規性は研究の本質ではない。昔から研究されてきたことで,わかっていない課題はいくらでもあるのです。

 医学の場合は,ガイドライン作成などこれまでの研究の積み上げをレビューする機会があるので,次の研究課題の発見が容易です。一方で看護研究はそういった機会が比較的乏しいので,研究者のリサーチ・クエスチョンも拡散しやすい。これは現在の看護研究の課題でもあるのでしょう。

――そもそも最初の研究テーマを決める入り口の段階で,ハードルが高いと感じる人もいます。本当に知りたい課題,やり遂げたいテーマは何だろうと。

宮下 最初は人に与えられたテーマでもいいのではないでしょうか。まずはやってみると,反省点や課題が出ます。やりたければそこから次の研究に発展させればいいし,自分に合わないと思ったならやめればいい。早いうちに打ち込めるテーマがみつかるといいですね。

 そこで重要なのは指導教員の役割です。指導教員が学生に対して,頑張れば届くようなレベルの,かつ当該領域において研究の意義がある課題を与えることです。意義のある研究課題かどうかは,その領域に精通した研究者しかわからないわけですし,取り組む気概も違います。「この問題が1歩進むとすごいかも」というワクワク感は大事ですね。

――学生の研究したいテーマと,指導教員の精通する領域がマッチしない状況もあるように思います。

宮下 これは大変難しい話で,いま実際に困っている大学院生がたくさんいます。特に私の専門の成人看護学領域では,成人看護学のあらゆる領域に精通している教員など存在しません。やりたいテーマに合った研究室に行ければ理想ですが,地理的・家庭的な条件もあって難しいことが多い。

 これに関しては,コンソーシアムなどをつくって,直接指導する教員とアドバイスする専門家がコラボレーションするようなことができないかと考えています。いまはウェブ会議の活用など環境面のハードルは下がっていますし,私も他の大学院の学生が行う研究のお手伝いをいくつかしています。

実績と人間関係を地道に築く,既存の仕組みを活用する

――ここからは,宮下先生の具体的な研究論文を踏まえてお聞きします。J-HOPE研究(遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究),OPTIM研究(緩和ケア普及のための地域プロジェクト)では要職を務められて,50本以上の共著論文を出されています。こうした学際的な研究に参画する上で大事なことは何でしょうか。

宮下 J-HOPE研究は,それ以前の共同研究がきっかけで調査事務局を任されました。OPTIM研究は,調査と統計解析の部分のプロトコル執筆を手伝ったところから始まっています。ちょっと面倒な仕事でも引き受けて,実績と人間関係を地道に築くことは大事かなと思います。

 あとは既存の仕組みをうまく活用することです。学会や業界団体など,その分野の意思決定プロセスに近い組織で活動することを私は心掛けています。そうすると,自分の研究成果を施策や臨床に活かしてもらえるように働き掛けることも容易になります。そして論文や雑誌記事なども面倒がらずに書く。自分たちの研究を世の中に活用してもらうように,できる限りの努力をするようにしています。

――研究で選択される方法論の多様さも際立っています。

宮下 緩和ケアの質評価といいますが,最初はそもそも緩和ケアで何を評価するべきかということからして曖昧だった。それで「日本人にとって望ましい死(Good Death)とは何か」という研究テーマで,終末期がん患者や家族,医療者へのインタビューを行いました。

――最初は質的研究だったのですね。

宮下 その後,患者調査・遺族調査をやっていると,どうしても患者や遺族,協力してくれる医療者に負担がかかるんです。できるだけ負担をかけずに質の高い研究をしたいとなると,死亡小票を利用した遺族調査の実施可能性を検討したり,DPCデータやレセプトデータを用いた緩和ケアの質評価方法を検討したりする。今は10年以上前に一度失敗した研究に取り組んでいます。それはカルテを用いた質の評価で,当時はカルテを調べるのにすごく時間がかかってうまくいかなかったのを,人工知能や自然言語処理を用いてなんとかできないか再挑戦しています。目標は一貫していて,容易には解決しない課題があるから別の研究方法を試してみる。目的があっての手段だと思うのです。

研究者としての覚悟を教えてくれた言葉

――これまでのお話を伺っていると,ひとつのことを粘り強く突き詰める姿勢が印象的です。先生を研究に向かわせる原動力はどこにあるのでしょうか。

宮下 大学に就職したころは,仕事が遅くて研究に身が入っているとは言い難い状況でした。そんなとき,共同研究者の先生に電話口で叱られたのです。「そうやってダラダラと仕事をしている間に,苦しんで亡くなっていく患者さんがいることを忘れるな」と。

――厳しい言葉ですね。

宮下 しばしば期限に遅れたので,業を煮やしたのでしょう。最初は脳天を貫かれたような気持ちになりました。実は,この研究者とは森田達也先生(現・聖隷三方原病院副院長)です。実際に,苦しんでいる患者さんのために日々奮闘している臨床医で,論文を大量に書く研究者でもあります。私のメンターですね。そうやってタイミングよく人と出会って,業界に育ててもらったのが大きいのです。

 それからは「取ったデータを論文にすることはご協力いただいた患者さんや医療者の皆さまへの最低限の礼儀」と心に誓って,課題から目をそらさずに取り組む覚悟ができました。定期的に臨床の場に出向いて,苦しんでいる患者さんや頑張っている医療者の姿をみることも心掛けています。そうすると,「自分の研究はたいして役に立ってない。患者さんや臨床家の皆さんに比べたら,自分はなんとも甘い環境にいるのか」というふうに気持ちが引き締まるんです。

――先生にとって研究の楽しさや醍醐味は何でしょうか。

宮下 論文が通ればそれなりにうれしいのですが,よほどの研究でないと社会は変わりません。それよりも,自分の研究や知識がどれだけ社会に貢献しているかを確認できる機会がうれしいですね。例えば,自分の研究が中医協の資料に出ていたり,研究をする過程で得た知識や経験が学会の活動などに役立ったり。

 社会貢献の話をしましたが,研究の根本はやはり個人的な好奇心や目標なのかなとも思います。パズルのピースを一つひとつ埋めていくことで,ある分野を確立していく。10年くらいを振り返ってそういう仕事ができたなと思えると,ちょっとだけ充実した気持ちになります。

――最後に,若手研究者や大学院進学をめざす看護師に向けたメッセージをお願いします。

宮下 私は博士というのは博識な人だと思っています。狭い分野でいいので,その分野のエキスパートになる。専門分野の全てを知っているからこそ,まだ足りないことがわかり,それを克服するための研究が1つできる。それが博士論文だと思います。実際にはエキスパートになったと思うと同時に,自分がいかに何も知らないかを痛感するのですが,一瞬はそんな気持ちになるくらい頑張ったほうがいい。

 そして,研究をしていて一番楽しいのが,いろいろな人と知り合えることです。例えばがん看護専門看護師の田村恵子先生(京大教授)のような,緩和ケアのレジェンドとも話ができる。研究を頑張っていなかったら,そういう先生に教えを請うこともできなかったはずです。そうやって素敵な方々と出会い,お話をさせていただくことが,研究者にとって次への原動力になるのだと思います。

(了)


みやした・みつのり氏
1994年東大医学部保健学科卒。国立がんセンター東病院(当時)などで看護師として臨床を経験後,97年東大大学院医学系研究科修士課程修了(疫学・生物統計学教室)。同大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻にて助手,講師を経て,2009年10月より現職。博士(保健学)。専門は緩和ケアの質評価。日本緩和医療学会理事,日本看護科学学会理事(和文誌編集委員会委員長)も務める。査読あり論文の研究業績は286本(うち英語論文199本/日本語87本,筆頭著者として35本/2nd以降として251本)。

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