医学界新聞

森田 朗,曽根 智史,友田 明美,真田 弘美,徳久 剛史,吉岡 由宇,堀 憲郎,大熊 保彦,齋藤 宣彦,荒木 暁子,森村 尚登,坂下 千瑞子,荒木田 百合

2020.01.06



2020年
新春随想


データヘルス改革への期待

森田 朗(津田塾大学総合政策学部教授)


 中医協の公益委員を務めたことから,これまでも医療制度改革の動向には関心を持ってきた。北欧を中心とした先進諸国を毎年のように視察してきたが,近年,それらの国々が改革の舵を大きく切り始めていると感じる。それらの国では,社会の高齢化,医療技術の著しい進歩,そしてそれに伴う医療費の増加に対して,医療の質を落とさず,持続可能な医療提供体制をいかに構築するか。一言でいえば,このような問いに答えるべく,改革が進められている。

 その方向は,第一に,医療の分業化と集約化を前提としたマネジメントの強化による効率化であろう。そして,第二が,こうした効率化を実現するために,大量のデータに基づき,医療の質を評価し,ムダの削減を図るとともに,適正な資源配分を実現しようとするデータヘルスの推進である。

 データヘルスのために,国民各自の健康データを蓄積し,そのビッグデータの解析を通して,ベストな医療を追求しようとしている。それとともに,国民の一人ひとりに応じた最適の健康管理をめざそうとしている。

 わが国は,これまで高い医療の質を維持してきた。そして,データも蓄積してきた。しかし,それを活用し,今述べたような質のより高い効率的な医療を実現してきたかというと,まだ先進諸国との間には隔たりがある。

 だが,データヘルス改革の名の下にデータ活用の基盤整備が最近始まった。電子カルテの標準化や,NDBデータ活用等の動きである。そして,国民各自のデータ連携のためのIDとして,被保険者番号を使用することも決定された。被保険者番号を使うシステムは非常に複雑であり,また個人情報保護の観点からの制約も大きい。そのため,真にデータを活用し医療における質の向上と効率化を図るには,まだまだ課題が残されている。

 こうした状態を改善し,データヘルスを推進するためには,医療等の分野における情報の活用方法と範囲を明確に定め,データ活用の根拠を示した「医療情報基本法(仮称)」制定が必要であろう。

 医療の目的は,何よりも患者の命と国民の健康を守ること。それを忘れてはなるまい。今年は,そのような改革が一気に進むことを期待したい。


SDGs実現に保健・医療が果たす役割とは

曽根 智史(国立保健医療科学院次長)


 持続可能な開発目標(以下,SDGs)とは,2000~15年のミレニアム開発目標(MDGs)を踏まえ,2015年9月の国連総会で2030年までの取り組みとして採択されたもので,17の目標と169のターゲット(達成目標)から成っている。内容は多岐にわたり,途上国,先進国を問わず,全世界が取り組むべき課題として提示された。

 日本政府も2016年以降,SDGsの実現に向けて,さまざまな取り組みを行っている。自治体,民間企業,NGOやNPOもそれぞれの得意分野で取り組みを進めており,積極的にその成果をアピールしている。今や新聞や雑誌でSDGsの文字を見ない日はないほどの盛り上がりを見せているのは大変喜ばしいことである。誰もがそれぞれの立場でかかわれるハードルの低さが特長で,人目を引く色使い,わかりやすいピクトグラム(絵文字)もその普及に一役買っていると言える。

 さて,保健・医療の分野は,SDG 3「あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し,福祉を促進する」の下に,妊産婦死亡,子どもの死亡,AIDSや結核等の感染症,精神保健,生活習慣病(NCDs),薬物やアルコール依存,交通事故,リプロダクティブ・ヘルス,ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC),公害等に対するターゲットが設定されている。わが国での取り組みが世界的に見ても進んでいる部分もあれば,国内でやるべきことがまだまだたくさん残っている部分もあり,進捗はさまざまである。

 先進的な部分については海外に参考にしてもらう働き掛けがますます重要になる。私が勤務する国立保健医療科学院では,発展途上国の行政官を対象にUHCやNCDs対策に関する政策研修を長年実施している。最近は特に「運営のディテールやうまくいっていないところを知りたい」,「できないことをお金のせいにしたくない」など,参加者の意識の変化を感じる。伝える側にもさらなる研鑽が必要である。

 国内的にさらにやるべき部分については,政策を含め一層真摯に取り組む必要がある。ただし,前述のようにSDGs全体としては,さまざまなステークホルダーが参入してきているのが現状なので,保健・医療分野においても,今後,多様な解決策(のシーズ)を持った保健・医療以外のステークホルダーと協働していく機会が増えるのではないかと考えている。

 またSDG 3以外にも,SDG 2「飢餓を終わらせ,食料安全保障及び栄養改善を実現し(以下略)」,SDG 6「全ての人々の水と衛生の利用可能性(以下略)」など,保健・医療が一定の役割を果たせる分野も多い。SDGsを共通言語として,分野間の連携・協働が一層加速するのではないかと期待している。

 一方,SDGsはその理念として「誰も取り残さない」と宣言している(We pledge that no one will be left behind.)。これは保健・医療の基本理念でもある。どのようなステークホルダーと組もうとも,保健・医療従事者が率先して示すべき姿勢であろうと思う。


多職種連携による「とも育て」を

友田 明美(福井大学子どものこころの発達研究センター教授)


 私はこれまで,外見からはわかりづらい「こころの傷」を可視化するために,さまざまな「マルトリートメント(虐待などの避けるべき子育て)」を受けた人の脳の画像をMRI(磁気共鳴画像化装置)を使って,調べてきました。

 その結果,最近,厳格な体罰や暴言虐待を受けたり,両親間のDVを目撃したりすることで,視覚野や聴覚野といった脳の部位に“傷”がつくとわかってきました。「マルトリートメント」が発達段階にある子どもの脳に大きなストレスを与え,実際に脳を変形させていることが明らかになったのです。

 この傷がずっと残ることから,虐待を受けた子どもは大人になってもつらい思いをするのです。これまでは,生来的な要因で起こると思われていた子どもの学習意欲の低下や引きこもり,成人期以降に発症する精神疾患も,この脳の傷が原因で起こる可能性があることがわかりました。大人が日々,何気なく掛けている言葉や取っている行動が子どもにとって過度なストレスとなり,知らず知らずのうちに,こころや脳までも傷つけてしまっていることがあるのです。

 また,脳が最も発育する幼少期に,不適切なかかわりのせいで愛着が形成されない場合,特に精神面において問題を抱えてしまうことがあります。具体的には,うつなどのこころの病として出現したり,幼少期に問題がないようでも成人してから健全な人間関係が結べない,達成感を感じにくい,意欲が湧かないなどのさまざまな問題が現れたりします。

 虐待は,たとえ死に至らなくても深刻な影響・後遺症を子どもに残し,過酷な人生を背負わせることになります。虐待の日常化は「支配─被支配」といった誤った関係性を家庭内に生みます。このような環境の中で暴力の恐怖におびえながら成長した子どもは,他人に対して不適切な接し方を身につけてしまう可能性があります。

 一方で少子化・核家族化が進む社会では親も苦しんでいます。育児困難に悩む親たちは支援を容易に受けることができず,ますます深みにはまっていきます。「虐待の連鎖」が言われて久しいですが,被虐待児たちの3分の2は自らが親になっても虐待しないという事実にも目を向けてほしいと思います。現代社会には,育児困難に悩む親たちを社会で支える「とも育て(共同子育て)」が必要です。

 養育者である親を社会で支える体制は,いまだ脆弱なのが現実です。虐待を減少させていくには,多職種が連携することで家庭・学校・地域を結び付け,子どものみならず親たちとも信頼関係を築きながら,根気強く対応していくことから始めなければなりません。

 今回,小児期の被虐待経験と「傷つく脳」との関連性を紹介しました。これらのエビデンスに関する理解がもっと深まれば,子どもに対しての接し方は変わっていくはずです。このことが,子どもたちにとって未来ある社会を築くことにつながればと願っています。


幸福寿命延伸に向けた看護学研究の挑戦

真田 弘美(東京大学大学院医学系研究科附属グローバルナーシングリサーチセンター長/日本看護科学学会理事長)


 世界に類を見ない高齢化率に達する日本の将来に向け,看護の役割は一段と大きくなってきた。いわゆる老年症候群である認知症や寝たきりの療養者の増加とともに,看護のケアの場が急性期病院から在宅や施設へ移りゆく中,症状コントロールは看護の最も大きな責任になっていく。痛みや症状を自ら伝えられない療養者が増え,「主観的な痛み」を取り除く支援は,在宅や施設で既に限界にきている。この局面を打破する方法として,AI等の先端技術の看護への応用は非常に大きなケアイノベーションとなる。さらに,高齢者が生きやすい地域システムづくりの一環としてコミュニティの再考など,喫緊の課題といえる。

 本学医学系研究科には,2017年より看護学の新分野の構築や若手研究者の育成を目的としてグローバルナーシングリサーチセンターが設立された。その中に,ケアイノベーション創生部門と,看護システム開発部門がある。医学はもちろんのこと,工学,理学,薬学,社会心理学など他の学問分野との融合,そして産学連携研究を積極的に取り入れ,その結果をプロダクトやシステムにして社会実装をしている。

 例えば,腹部症状を伝えられない療養者の便秘アセスメントにエコー画像を取得すると便の量と位置をAIが示すケア支援デバイスと,その実践に向けた教育プログラムを開発している。また,コンビニエンスストアをプラットホームとした認知症患者の見守り,緊急時対応など,高齢者に優しい街づくりに関する研究を練馬区で進めている。

 看護学研究は,Society5.0といわれる時代の要請とともに,療養者のニーズをいち早くとらえて的確に寄り添うため,ロボティクス看護学やイメージング看護学,データサイエンス等の学際的な新しいケアの枠組みの創生が課題である。これを担う若手研究者の育成が日本看護科学学会の責務といえる。この取り組みが奏功する時,看護学は人々が豊かで幸せに生きる幸福寿命の延伸を支援するに違いない。


グローバル人材育成に向けた海外留学必修化

徳久 剛史(千葉大学学長)


 21世紀に入り世界では,情報通信技術の著しい発達によりあらゆる分野においてグローバル化が急速に進むとともに,中国やインドを筆頭としたアジア諸国の経済的発展が加速し,国際競争が激化している。またわが国では超高齢社会を迎えており,社会保障ばかりでなく経済・外交面などにも課題が山積している。そのため日本が世界の国々と共に持続的に発展していくには,創造的な発想力や柔軟な思考力とともに豊かな国際教養と語学力・コミュニケーション能力を持ったグローバル人材の育成が急務となっている。

 千葉大ではこのようなグローバル人材の育成に向けて,スーパーグローバル大学創生支援事業等の支援を得て,多彩な留学プログラムの開発や海外17か所に留学拠点の整備をしてきた。そして,2016年度には国際教養学部を新設して海外留学を必修化した。

 さらに,2020年度よりENGINE(Enhanced Network for Global Innovative Education)プランを実施予定だ。学部・大学院の全学生に海外留学を必修にするとともに,外国人教員の増員等による英語教育改革や,長期留学中でも本学の科目履修が継続できる教育環境整備等を行うことにしている。

 私がグローバル人材の育成において海外留学を重視するのは,学生時代の留学経験による。私は1973年に医学部を卒業後,初期臨床研修を経て大学院に進学し,在学中に米国へ留学した。きっかけは,私の指導教授を訪ねて来日した米スタンフォード大の教授に誘われたことによる。

 研究の新展開と米国生活への憧れから1978年に渡米した。事前の準備をしなかったため,はじめの半年はパニック状態であった。しかし,この留学がその後の人生を臨床医から研究者へと転換する契機になるとともに,世界中から集まった学生や研究者たちと交流する中から文化・考え方の違いや価値観の多様性などを学ぶことができた。

 このような経験から,初めて海外留学をする学生のために大学で適切な留学プログラムを準備することや,学生には留学に備えた事前学修を課すことが必要であると考えていた。このアイデアの下に国際教養学部の学生たちに海外留学を必修化してきたところ顕著な教育効果が見られたことから,全学生に向けたENGINEプランの実施となった。近い将来,ENGINEプランの下で育った人材がグローバル社会をリードすることを夢見ている。


介護のIT化という奥深いテーマ

吉岡 由宇(Abstract合同会社代表)


 介護のIT化は,実はかなり奥が深く面白いテーマです。特に介護記録のIT化について注目してみましょう。

 IT化というと,ADLにまつわる数字のPCへの入力や,行った作業のチェック表の電子化をイメージするかもしれませんが,これは「介護作業のIT化」であり「介護そのもののIT化」にはなりません。介護のIT化では医療的要素に加えて,生活そのもののIT化が必要です。生活という言葉の中には,「〇〇をした」という情報だけでなく,その時の感情,そして他者との人間関係が想像できる情報を含まないといけません。介護記録は介護者が書くものなので記録を通して,介護者と被介護者の関係性が自然と見えてきます。良い介護記録をたくさん集めるには,排泄・食事・入浴などの既存の分類項目を超えた記録方法が必要です。リストからの選択や,テンプレートのコメント入力では情報量が足りません。

 医療職に比べ介護職のITリテラシーが極めて低い傾向にあることも,介護のIT化をチャレンジングにします。これは年配の介護職に限らず,若い介護職にも言えます。最新のスマホを持っているのに,LINEとゲームにしか使わない人が多く,その人には業務用アプリの操作は難しい。さらに医療職に比べ,記録を見返して参考にする習慣がないため,記録を付ける必要性そのものを感じられない職員も多い。

 私は特別養護老人ホームで実際に働きながらこれらの問題に挑戦してきました。そしてこれらの問題を一挙に解決すべく,デザインから記録項目や操作体験まで全てを見直し,Noticeという全く新しい介護記録アプリを完成させました。結果として,記録作業の効率化で残業がなくなっただけでなく,記録の量と精度が格段に向上し,記録することが楽しく,見返したい介護記録へと大きく変わりました。記録をすればするほど,生活の様子がわかり,事故の原因究明やオムツ外しの促進,ADL改善にもつながっていきました。

 IT化が難しい介護施設でも,Noticeを使うことで自然言語の膨大な記録が集まりました。その記録の解析により,介護者の視点の偏りや関係の偏りも見えてきました。

 自然言語処理技術は今まさに進歩している最中です。AI技術等の進歩とともに,介護記録,そして介護そのものがさらに進化していくと期待しています。


口から全身の健康にドラマチックに貢献する令和の歯科医療

堀 憲郎(日本歯科医師会会長)


 日本では,昭和30年から50年頃に「う蝕の洪水」と呼ばれた時代がありましたが,歯科界のむし歯予防に向けた取り組みと関係者のご理解により,例えば12歳児の永久歯のむし歯の数は,過去30年以上に亘り,一度も増えることなく減り続け,平成30年度の調査では平均0.74本にまで減少しました。

 また30年に及ぶ8020運動の取り組みの結果,運動開始当時80歳以上で20本以上の歯を有する方は,1割にも満たなかったものが,平成28年には,51.2%とふたりにひとりは20本の歯を保つようになっています。

 一方急激な少子高齢化による国の財政状況の悪化,医療技術の進歩や高齢化に伴う疾病構造の変化などで,歯科医療をとりまく環境も大きく変わり,歯科医療に対する国民のニーズも著しく変化しています。

 そのような状況を踏まえて,ここ15年以上に亘り,歯科界は一丸となって「超高齢社会の新しい歯科医療のあるべき姿」について議論を重ね,多くの調査結果等のデータの収集・分析により「口の健康が全身の健康に密接に関わること」や「歯科医療の充実と口腔健康管理の推進が健康寿命の延伸にドラマチックに貢献すること」を再確認し,そのことを内外に発信してきました。

 その発信により,術後肺炎,糖尿病,循環器病,早産,認知症等に密接に関わる歯科医療,口腔健康管理の重要性への国民的理解は深まり,更に,歯科界の目指す新しい歯科医療の姿は,「骨太の方針」や「成長戦略実行計画」等の国の方針の中に,しっかりと共有されつつあります。

 今後は目指す新しい歯科医療,口腔健康管理の姿を,地域の中で具体的なアクションとして展開していくことが求められます。日本歯科医師会では今年,2040年を見据えた歯科ビジョン「令和における歯科医療の姿」を取り纏め,それに沿って更なる政策提言を行っていきます。


公認心理師が歩み始めました

大熊 保彦(日本公認心理師協会会長)


 心理支援をする者にとって長年の念願であった国家資格が,2015年9月に公認心理師法の下で成立し,2017年9月に施行された。2018年9月に第1回国家試験が実施され,公認心理師が誕生したことを受けて,2019年から日本公認心理師協会が活動を開始した。初代の会長は村瀬嘉代子氏であったが,村瀬氏が公認心理師の指定試験機関であり,指定登録機関でもある日本心理研修センターの理事長という立場でもあることから,私が日本公認心理師協会の2代目会長を仰せつかっている。

 これまで,心理支援の重要性とその質を担保する意味から,国家資格化が常に求められてきた。複合するさまざまな事情により国家資格化が遅れていた状況の中で,主に関連学会を基盤として認定された資格が複数並立する状況が続いた。

 今回ようやく,「公認心理師」として国家資格が誕生する運びとなったのは,多くの国会議員の方々をはじめ関係諸団体による一方ならぬお力添えの賜物である。この場をお借りして厚く御礼を申し上げる。

 現在,公認心理師資格を取得した,あるいは取得するべく準備をしている方々の中には,これまで心理支援の中核となってきた臨床心理士,学校心理士,臨床発達心理士,特別支援教育士等の資格を有している方や,これらの資格以外の立場にあって優れた仕事をしてきた方が多数おられる。本協会は,こうしたさまざまな方によって構成されているところに特徴がある。それぞれの方がその特長を生かし,公認心理師の活動が期待されている保健医療,福祉,教育,司法・犯罪,産業・労働等のさまざまな分野で活躍するとともに,後進を指導・育成することを含めて,これまで以上に社会貢献できるよう願っている。公認心理師は,まだ2回の国家試験を終えたところで,歩みを始めたばかりである。引き続き今後もご支援いただけるようお願いしたい。


Post-CC OSCE元年学生・大学の評価が始まる

齋藤 宣彦(医療系大学間共用試験実施評価機構副理事長)


 医学生は,診療参加型臨床実習(clinical clerkship:CC)開始前に,知識を評価するcomputer based testing(CBT)と,診察技法を評価するobjective structured clinical examination(OSCE)の2つの試験に合格しなければならない。これらの臨床実習前の共用試験が実施され15年が経過し,医学生が実診療に参加する実習が効果を上げつつある。

 となると,次に評価すべきは,6年生を対象としてCCにより臨床能力がどのくらい向上したか,医学部を卒業させてもよいかである。そこで,医療系大学間共用試験実施評価機構(以下,共用試験機構)では,全国的な「診療参加型臨床実習後OSCE(Post-CC OSCE)」を企画し,3年間のトライアルを経て,2020年度から正式に実施することになった。

 この試験の意義は,医学部卒業生の臨床能力が一定以上であることを,国民・社会に示すことである。副次的には,いずれの大学の卒業であれ臨床研修開始時の臨床能力格差がないことを確認できるというメリットもある。

 Post-CC OSCEで出題される課題は,6年生が,「ある症候を有する患者(模擬患者)に,医療面接と適切な身体診察を行い,考えられる病態や鑑別診断,治療計画などを簡潔に指導医に報告する」という,実習時の入院や外来でごく普通に経験する場面設定にしてある。このような課題を1人の6年生が3課題受験するが,十分な評価をするには3課題では少ない。しかし,国家試験ではない現在,全国の6年生の臨床能力を同じモノサシで評価しようとすると,各大学の人的,経済的状況をおもんぱかり,まずは3課題で開始せざるを得ない。そこで,共用試験機構で調整した出題課題は,あくまでもminimum requirementと位置付けし,各大学の自律性を尊び,大学独自で作成した個性豊かな課題の同時実施を推奨している。

 共用試験機構のPost-CC OSCEで画期的なことは,評価者にある。OSCEのように態度や技能の評価をより客観的なものとするには,評価者を複数にするべきである。Post-CC OSCEでも定法に従い,1課題当たりの評価者は2人以上と定めている。特徴的なことはその評価者の属性で,自大学の教員は評価者の1人にし,他に外部評価者として,他大学の教員あるいは臨床研修病院の指導医が実施大学に赴いて,その大学の教員と共に評価に携わることとした。これは,その大学の学生を評価すると同時に,実は,その大学の臨床医学教育そのものが外部評価を受けることになるのである。卒業直後の研修医を指導する立場にある医師が,卒前の臨床医学教育を形成的に評価することで,卒前から卒後への継続した医師養成教育の一翼になると期待できる。


“Nursing Now!” 2020年は看護躍進の年に

荒木 暁子日本看護協会常任理事


 Nursing Nowは看護職が持つ可能性を最大限に発揮し,看護職が健康課題への取り組みの中心に立ち,人々の健康向上に貢献するために行動する世界的なキャンペーンです。英国の議員連盟が活動をスタートし,世界保健機関(WHO)および国際看護師協会(ICN)の賛同の下,ナイチンゲール生誕200年となる2020年に向け世界的に広まりました。現在では108か国,420のグループ(2019年11月2日現在)が参加しています。

 日本では,少子超高齢社会による人口・疾病構造の変化等を見据え,全世代型社会保障制度改革が進められており,医療・ケア・生活が一体化した地域包括ケアシステムへの転換が求められています。

 看護職には,病気や障がいと共に生きる「暮らしの場」の看護,治療や回復のための医療機関での看護,地域住民の健康増進・疾病予防・介護予防をめざす保健活動などの役割があります。これに加え「生活」と保健・医療・福祉をつなぎ,地域で暮らす全ての人々を支える健康な社会の醸成にも力を発揮することが求められています。その役割を果たすためには,看護教育の拡充,健康で働き続けられる労働環境の整備,さらには安全で効率的にケアを提供するための看護職の役割拡大も必要です。

 日本国内で取り組みを広めるため,本会や日本看護連盟を含め,30の看護関連団体が参加する「Nursing Nowキャンペーン実行委員会」を,厚生労働省と協力して,2019年5月に発足しました。

 2020年は,さらに,WHOが看護師・助産師の国際年と制定し,世界看護状況報告書と世界助産状況報告書が公表されます。また,国内においては看護の日制定30周年でもあります。これを記念し,5月初旬には海外からのスピーカーを招いて,これまでの看護の実績から将来への貢献についてディスカッションするイベントを予定しています。

 2020年は,看護躍進の年にしたいです! 一緒に活動しましょう!

 Nursing nowキャンペーンロゴ


東京オリンピック・パラリンピックから,大会終了後の医療の質向上に向けて

森村 尚登(2020年東京オリンピック・パラリンピックに係る救急・災害医療体制検討合同委員会委員長/東京大学大学院医学系研究科救急科学教室教授)


 マスギャザリングは,「一定期間,限定された地域において,同一目的で集合した多人数の集団」を指し,「群衆」ないし「集団形成」と邦訳される。オリンピック・パラリンピックは世界最大級のマスギャザリングである。競技会場のみならず,最寄り駅から競技会場までの道のり(ラストマイル)や屋外イベント(ライブサイト)での集団形成が予測される。国内外からの地域への一時的な人口流入に基づき,開催時期の気象状況による熱中症等の増加や感染症が広がるリスクもある。また開催地域の日常救急診療の負担増やテロ・群衆雪崩などによる同時多数傷病者発生事故(mass casualty incident:MCI)のリスクが懸念される。

 開催に当たっては,イベント参加者やスタッフのみならず,多数の観客・イベントと関連しない地域住民を含めた地域全体を視野に入れた医療体制を準備しなければならない。その目的は傷病者への適時な医療提供と周辺救急病院の負担軽減,地域内や周辺地域の住民に対する日常的な救急医療体制の維持にある。

 2016年に「2020年東京オリンピック・パラリンピックに係る救急・災害医療体制を検討する学術連合体」(以下,コンソーシアム)が結成された。2019年11月現在で26の学会・団体から構成されており,各専門分野の知見から学術的な提言を発信することが目的である。有識者や専門家の情報発信のプラットフォームとして,また市民や関係者の情報源としてのウェブサイトを開設している。「ここに来れば全てわかる」サイトをめざしている。

 コンソーシアムは,2018年4月に東京都行政担当部局に向けて,多機関連携センターの大会中常設の必要性やラストマイル・ライブサイトへの備え等,開催中の医療体制の骨子に係る提案を行った。その他にも,地域の救急需給均衡状態に基づくリスク評価や,熱中症,訪日外国人対応,熱傷,爆傷・銃創,集中治療室運用,感染症等をテーマにした診療や看護に係るガイドラインやマニュアルを配信してきた。また,東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の要請に基づき,おのおの関連する学会や団体が中心となって,大会会場内メディカルスタッフと大会ボランティアに対する研修プログラムを策定し,2019年11月末から始まった役割別研修への組織的な指導者派遣の調整も併せて行っている。

 開催まで,もう多くの時間は残されていない。しかし今回のオリンピック・パラリンピックを「計画された災害または多数傷病者事故(scheduled disaster/MCI)」と位置付けて,対応計画を最大限練ることは,必ずや開催地域の大会終了後の医療の質向上につながる。


がんサバイバーの「生きる力」を引き出す支援を

坂下 千瑞子(東京医科歯科大学血液内科特任助教)


RFL会場にて
 2020年,無事に新しい年を迎え,少し神妙な気持ちになる。あれから15年,ここまで長生きできるとは私も家族も想像していなかった。

 私は血液内科医として米国へ研究留学中に胸椎の骨軟部腫瘍を発症し,治療のために家族と共に帰国した。腫瘍脊椎骨全摘術を受けるも腰仙椎へ2度再発し,重粒子線治療や大量化学療法を繰り返した。全く先が見えない3年間の闘病生活は,私の人生観や生き方そのものを大きく変えた。

 それまで血液内科医としてがん患者さんに医療を提供する側であった自分が,がんサバイバーとなり医療を受ける側になって初めて,たくさんのことに気が付いた。がんサバイバーたちは孤独に命と向き合い,不安で複雑な想いを抱えながら必死で頑張っているということ。それに寄り添う家族や友人もまた同じだということ。医療で解決できることと,医療を超えた領域があること。がん医療はまだまだ十分ではなく,発展途上であること。がんサバイバーの仲間にしかできない生き方の支援がある一方,社会の理解がなければ解決しない問題がたくさんあることも実感した。そんな中,戸惑う私に勇気と希望と笑顔をくれた活動があった。

 リレー・フォー・ライフ(Relay For Life:RFL)は1985年米国で発祥したがん征圧のための世界最大規模のチャリティー活動だ。現在は世界30か国にその活動が広がっている。世界共通の合言葉は「One World, One HOPE !」。がん征圧の願いは全世界共通の願いであるという想いが込められている。

 日本では2006年のプレ開催以降に各地に広がった。私は闘病中の2007年からこの活動に参加し,RFL大分とRFL東京御茶ノ水の実行委員会を立ち上げた。毎年50か所ほどで開催されるリレーイベントでは,がんサバイバーやご家族のがんを乗り越えて生きる勇気をたたえ,その命を祝い(celebrate),亡くなった仲間をしのび(remember),がん征圧をめざす(fight back)という3つのテーマを掲げている。

 がん啓発講演会や歌などのステージイベントも多彩で,そこに居るだけで元気がもらえるパワースポットであり,がんについて学び,がんに対する意識変革の場としても役立っている。がんサバイバーや医療者だけではなく,子どもや学生,地域の方々を巻き込んだ祭典である。命の尊さや,生きる喜びを感じ,社会を変える力を持つ素晴らしい活動だと思う。そこに参加したがんサバイバーが生き生きとしている姿を見て,サバイバー支援とは,仲間とつながり,力を発揮できる舞台を一緒に作っていくことが重要なのだと感じる。

 がん医療は着実に進化している。医療者は治療やケアでがんサバイバーを大いに手助けしてくれる。だが同時にがんサバイバーの生きる力を尊重し支援する体制がまだまだ足りていないと感じる。病気を受け止めその後の人生を生きていくのは,本人の力である。がんサバイバーの生きる力を引き出す場所,勇気と希望と笑顔を取り戻す場所が全国に広がることを願っている。


医療啓発を「わがこと」にする医療の視点プロジェクト

荒木田 百合(横浜市副市長)


 健康に関するテレビ番組や冊子を目にしない日はありません。しかし行政からの医療の広報は,健康番組と違って大変苦戦しています。例えば乳がん検診について,その重要性を広報紙に掲載し,チラシを作成し,40歳以上の女性には無料検診クーポンも配布していますが,大変残念ながら,受診率は5割に届きません。

 林文子横浜市長は,常に自動車の売り上げナンバーワンの伝説のセールスウーマンでした。お客様に徹底的に寄り添い,自動車ショールームに来たお客様には,スペックより,その車がいかに生活を楽しく豊かにするかを説明したそうです。客観的数字の優位性の理解より,「その車を持つことが,わがこととなる」ことで,その瞬間に人は行動を起こす,つまりその車を買う,ことにつながったのです。

 医療の広報啓発も同じではないか。いかに「他人ごと」ではなく,「わがこと」としてとらえてもらうか。その問題意識を持ち,民間企業と連携し,新しい手法での医療広報「医療の視点」プロジェクトに取り組んでいます。

 その一つが若者に支持されているTikTokとの連携です。「髪や爪のお手入れと同じように,定期的な胸のチェックも大切,と大切な人に伝えてほしい」というメッセージを15秒の音楽とダンスで表現しました。私自身も,40万人以上のフォロワーがいるTikTokerの方と並んで,そのダンスを踊りました。アップロードされてすぐに,高校生の娘のお友達から「見ました」という連絡が来て,若者への訴求力に驚きました。

 また,マンガの力を借り,医療におけるコミュニケーションギャップを見える化する「医療マンガ大賞」という取り組みも行っています。患者,医療者双方にとって,ギャップを埋める一助になれば幸いです。

 横浜市は約375万人の市民の皆さまが暮らす日本最大の基礎自治体です。高齢化のスピードは速く,医療需要の急激な高まりに対応するため「よこはま保健医療プラン2018」(医療計画に準ずる計画)を策定し,実行しています。医療機能の確保,在宅医療の充実等必要な施策を講じると同時に,医療・介護レセプトを政策検討に活用できるデータベースの構築など,情報通信技術の導入も積極的に進めています。

 医療提供体制の充実と多様な広報・啓発に,両輪で取り組んでいくことが,基礎自治体の医療政策には重要です。今年も,「医療の視点」プロジェクトに共感,応援いただきますよう,どうぞよろしくお願いいたします。

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