医学界新聞

寄稿 橋本 洋一郎

2020.01.06



【カラー解説】

切れ目ない医療体制の確立が,対策の基盤に

橋本 洋一郎(熊本市民病院脳神経内科首席診療部長)=執筆


「専門性」と「時間との闘い」の両立に向けた挑戦

 脳卒中と循環器病診療には,「専門性」と「時間との闘い」の2つを両立することが求められる。これまでも医療者のたゆまぬ努力で急性期救急対応がなされてきた。しかし,医療の高度専門化に伴い,地域によって対応できる医療レベルに差が生じ始めている。

 脳卒中と循環器病の多くは,原因や予防策に共通点が多い。発症直後の迅速な治療がその後の改善の鍵を握り,治療後のリハビリテーションの実施や再発・重症化予防など多職種が介入するチーム医療によって,患者の生活の質改善が図られる。患者の健康寿命の延伸には,緊急性の高い患者がどこでも治療を受けられる診療の均てん化と,急性期から回復期,維持期(生活期),在宅療養に至るシームレスな医療体制が必要不可欠である。

 初めに,脳卒中・循環器病対策基本法(以下,基本法)1)の成立に至る,学会,行政,立法それぞれの近年の動きを振り返りたい。

 2006年に国立循環器病研究センターが「循環器病克服10ヵ年戦略」を策定してから10年が経過したのを受け,2016年12月に日本脳卒中学会と日本循環器学会から「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」(以下,5ヵ年計画,図12)が発表された。厚労省は2016年6月に,「脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会」(以下,「在り方検討会」)を開催し,以後「脳卒中に係るワーキンググループ」と「心血管疾患に係るワーキンググループ」に分かれて検討を行い,「脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について」を2017年7月に発表した。そして,翌2018年12月に基本法が成立。その後も厚労省では,「非感染性疾患対策に資する循環器病の診療情報の活用の在り方に関する検討会」が開催され,循環器病の診療情報の収集・活用の基本的方向性を示す報告書が2019年7月に取りまとめられた。学会,行政,立法が,三位一体となって脳卒中・循環器病対策を推進する体制が2016~19年にかけて整い,今まさに動き始めている。

図1 5戦略事業を柱とした「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」(クリックで拡大)
2016年に公表された5ヵ年計画は,明確な数値目標を大目標として設定し,達成に向けて「重要3疾患,5戦略事業」を打ち出した点が特徴。各戦略の実行に向けた施策が,現在進められている。
[出典]日本脳卒中学会,日本循環器学会.脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画.2016より作成

10年越しの悲願,基本法成立で築く新たな枠組み

 脳卒中対策を推進するための立法化に向けた活動は,2006年にさかのぼる。この年の6月,「がん対策基本法」が成立し,がん対策に対する国の役割と責任が明確化された。同法に基づき策定されたがん対策推進基本計画によって,がん診療連携拠点病院の全国的な整備によるがん医療の均てん化や,がん登録事業など多くの施策が前進した。がん対策基本法の成立に注目した日本脳卒中協会は2008年,「脳卒中対策基本法」の成立をめざして脳卒中対策検討特別委員会を創設し,予防・治療,患者・家族の支援体制の整備について検討を開始した。その結果,超急性期の脳梗塞に対する再灌流療法の普及や,脳卒中予防のための継続的な市民啓発,医療の質を客観的に評価できる全国的な体制構築など,法制化しなければ解決しない問題があると明らかになり,法制化に向けた動きが本格化する。

 ところが,東日本大震災や政局の影響で作業は難航した。2013年には尾辻秀久参議院議員を会長とする「脳卒中対策を考える議員の会」が発足し,約20万人が署名した請願書を2014年の通常国会に提出して「脳卒中対策基本法案」が発議された。しかし,時間切れで継続審議となり,同年11月の衆議院解散で廃案となってしまった。この時,個別の疾患ごとに基本法を作ることに対する批判の声が国会議員から挙がった。そこで,日本循環器学会をはじめ循環器病関係諸団体の申し入れもあり,死因第2位の心疾患と,死因第4位(当時)でなおかつ寝たきり原因第1位の脳卒中とを合わせた包括的な基本法の制定に取り組む方針へと転換した。そして2018年12月10日に成立,12月14日の公布に至った。

 図2の通り,基本法には8つの基本的施策が盛り込まれ,それぞれ5ヵ年計画の5戦略事業と符号している。健康寿命の延伸と,医療・介護負担の軽減をめざすことが色濃く表れた内容となっている。

図2 「脳卒中・循環器病対策基本法」8つの基本的施策と,「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」5戦略事業の対照(クリックで拡大)
基本法の制定に先駆け策定された5ヵ年計画の5戦略事業が,基本法の各条文にも示されている。法制化により,国,都道府県,医療施設はじめ関係機関が責任を持って対策を進めることになる。

 基本法の施行を受け,政府は今後「循環器病対策推進協議会」を設置し,脳卒中や循環器病に関する施策と具体的な目標,達成時期などを盛り込んだ「循環器病対策推進基本計画」(以下,基本計画)を策定することになる。基本計画は少なくとも6年ごとの見直しを行う予定だ(図3)。基本法ではさらに,都道府県ごとの循環器病対策推進協議会の設置が努力目標として掲げられている。各都道府県は積極的に設置し,関係諸団体と連携しながら地域の実情に即した脳卒中・循環器病診療の体制構築が求められる。

図3 脳卒中・循環器病対策推進の枠組み
政府が循環器病対策推進協議会を発足し循環器病対策推進基本計画を策定する。その後,都道府県ごとに対策推進協議会を設置し,地域の実情に応じた計画を策定することになる。計画から実行のPDCAサイクルを回し,基本計画は少なくとも6年ごとに見直す。

5ヵ年計画の策定で医療体制の充実を図る

 将来の基本法制定を見越して2016年に策定された5ヵ年計画は,①脳卒中と循環器病による年齢調整死亡率を5年間で5%,10年間で10%減少させる,②計画期間中の5年間で健康寿命を延伸させる,という2つの大目標を掲げた。そして,脳卒中,心不全,血管病(急性心筋梗塞,急性大動脈解離,大動脈瘤破裂,末梢閉塞性動脈疾患)の3疾患の克服のために,①人材育成,②医療体制の充実,③登録事業の促進,④予防・国民への啓発,⑤臨床・基礎研究の強化の5戦略による計画を立案した(図1,2)。対象3疾患は,急性期・慢性期ともに死亡率が高く,患者数も多い。そのため,救急医療体制の整備が急がれる。また,治療後も機能障害を残すことから,急性期から在宅医療まで切れ目のない医療・介護体制の構築がめざされることになった(図4)。

図4 シームレスな医療・介護体制の整備(クリックで拡大)
脳卒中・循環器病対策の重要課題は,発症後の迅速な搬送,診断と治療,その後の療養や在宅医療に至るシームレスな医療体制の整備にある。日本脳卒中学会は1次脳卒中センターの認定を行い,医療体制の全国均てん化を進めている。なお,重症心不全,肺高血圧症,先天性心疾患,重症不整脈など慢性重症循環器難病に対する高度医療体制の整備が別途必要になる。
[出典]日本脳卒中学会,日本循環器学会.脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画.2016より作成

 脳卒中の診療体制の整備は欧米が先行した。欧州では1990年代以降,脳卒中専門病棟(stroke unit:SU)における脳卒中の初期治療によって,死亡率の低下,自宅復帰率の上昇,在院日数の短縮効果が得られるとの報告が相次ぎ,メタ解析でもSUの有効性が証明された3, 4)。1995年にWHO欧州地域事務局と欧州脳卒中評議会がHelsingborg宣言でSUの必要性を提唱し,欧州各国で設置の動きが加速した。

 米国では1996年に,rt-PA(遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータ)静注療法が認可されて以降,急性期脳梗塞患者に対する診療体制が大きく変わる。2000年に1次脳卒中センターの設置が米国ブレインアタック連合によって提唱され,2003年の認定開始を皮切りに急速なシステム構築が進んだ(図5)。

図5 米国における脳卒中センターの提唱と認定の変遷(クリックで拡大)
広大な国土を有する米国では,陸路または空路で60分以内にrt-PA治療が可能な病院にアクセスできるよう,2000年代から米国心臓協会(AHA)・米国脳卒中協会(ASA)が,脳卒中診療施設の認定とネットワーク化を進めてきた。米国が20年かけて整備した体制を,日本では数年以内の実現をめざす。

 翻ってわが国の「昭和の時代」の脳卒中診療は「急性期」と「慢性期」の区分で診療が行われ,急性期症例の患者が急性期病院に1~3か月間在院するのが当たり前だった。平成に入り脳卒中はリハビリテーション医学の観点から,急性期,回復期,維持期(現在は生活期ともいう)に分けられ,脳卒中診療システムの構築が進められてきた。

地域完結型の連携に先鞭をつけた「熊本方式」

 地域の先進事例に,「熊本方式」と呼ばれる1990年代に構築された地域完結型の脳卒中診療ネットワークがある。熊本県では当時,急性期病院のスタッフが少ない一方,リハビリテーション専門病院の数が多い実情を踏まえ,1994年に世話人会を2回開催して1995年より脳卒中の連携の会「脳血管疾患の障害を考える会」を開始した経緯がある。急性期病院からの「電話1本で,1週間(脳卒中発症から3週間)以内に回復期リハビリテーション病院へ転院できる」をキャッチフレーズに,診療体制の整備を進めた。

 熊本県で急性期,回復期,維持期のシステムがほぼ出来上がった2000年に,介護保険制度の開始とともに「回復期リハビリテーション病棟」が導入された。このときに脳卒中診療を「病院完結型」と「地域完結型」の2つのモデルで示し,以後「地域完結型」の言葉が全国的に注目されることになった。

 わが国の脳卒中診療における回復期リハビリテーション病棟の存在は大きく,急性期病院の在院日数短縮,家庭復帰,社会復帰,在宅支援など多くの役割を担っている。2008年には連携強化のために「脳卒中地域連携パス」の診療報酬が認められた。

 その後,2015年には機械的血栓回収療法の有効性がメタ解析で示され5),脳梗塞急性期治療に必須となったが,わが国において24時間365日脳梗塞治療に対応可能な施設を有する地域は依然,限られている。今後は,脳卒中センターの整備による脳卒中急性期診療の均てん化を図る必要がある。

 循環器領域ではCCU(冠疾患集中治療室)やPCI(経皮的冠動脈インターベーション)が1980年代から登場し,わが国でも診療体制構築がなされ,急性冠症候群診療の均てん化は急速に進んだ。今後は,大動脈解離や大動脈瘤破裂などの急性期大動脈疾患対策や心不全対策が重要な課題である。

脳卒中センターの広がりが均てん化の鍵を握る

 脳卒中急性期診療の均てん化を具体的にどう進めればよいか。急性冠症候群に対するPCIはどの地域でも24時間365日可能であるが,脳卒中診療ではrt-PA静注療法を24時間365日行えない地域が少なからず存在するのが実情である。

 そこで5ヵ年計画では,rt-PA静注療法が24時間365日可能な1次脳卒中センター,血管内治療や高度の外科治療が24時間365日可能な包括的脳卒中センターの整備を提案し,rt-PA治療実施率10%の目標値を定めた。

 脳卒中センターは図6の脳卒中急性期治療ピラミッドの類型に示す通り,①1次脳卒中センター,②血栓回収脳卒中センター,③包括的脳卒中センターの大きく3つに分類され,それぞれ機能分担が考えられている。

図6 脳卒中急性期治療ピラミッドから見る専門施設の機能(クリックで拡大)
米国で構築された脳卒中センターの類型をもとに,日本国内でもエビデンスに沿った体制整備が進む。脳卒中発症から4.5時間以内のrt-PA治療開始可能な専門施設を2次医療圏単位で設置し,専門施設に患者が到着後,1時間以内にrt-PA治療を開始できるようにする。脳卒中患者のrt-PA治療実施率,10%実現をめざす。

 日本脳卒中学会では理事会の検討を経て,2019年中の1次脳卒中センター認定に向けて同年3月に1次脳卒中センターの要件を決定,9月に認定が行われた。なお,1次脳卒中センターの中でも,機械的血栓回収療法を24時間365日行える施設は,2020年3月に「1次脳卒中センターのコア施設」として学会が委嘱する予定である。

 厚労省の「在り方検討会」では「脳卒中の急性期診療提供のための施設間ネットワークのイメージ」として,「医療資源が乏しい地域」と「医療資源が豊富な地域」に分けて図示され,下り搬送も示されている(図3参照)。遠隔支援下でrt-PA静注療法を行って脳卒中センターへ搬送する「drip and ship方式」,rt-PA静注療法を行ってそのまま治療を続ける「drip and stay方式」などがある。医療資源が豊富な地域では,機械的血栓回収療法の適応となる症例を直近の1次脳卒中センターではなく,少々遠方でも機械的血栓回収療法の可能な施設へ直接搬送する,mothershipによる迅速な転送を可能にする仕組みも必要である。

予防・啓発が目標達成の原動力になる

 医療体制の整備が進むことで患者の救命率向上や予後の改善が大きく前進するだろう。しかし,医療機関・医療者の努力だけでは健康寿命延伸は成し得ない。そこで大切なのが国民一人ひとりの予防である。特に重要なのが生活習慣病の改善だ。例えば喫煙による脳梗塞を引き起こすリスクは2倍,くも膜下出血は3倍,認知症は1.6倍である。肥満,血圧高値,血糖高値,脂質異常などの境界領域に差し掛かる前に,まずは喫煙や運動不足,多量飲酒など不適切な生活習慣を見直す必要がある。基本法では8つの基本的施策の冒頭に禁煙と受動喫煙防止の必要性が書き込まれた。受動喫煙防止を義務化する改正健康増進法が2018年7月18日に制定されたことも,予防の後押しとなる。医療者には今後,正しい情報や知識を国民に発信し啓発につなげる役割も求められる。

 患者が治療を行いながら働き続けられる環境整備も欠かせない。2016年に厚労省から公表され,2019年に改訂された「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」には,脳卒中に関する留意事項が示された。ガイドラインの普及と理解の広がりが望まれる。

 脳卒中や循環器病での治療は対症療法的治療に今なお留まっているのが現状である。基礎研究や臨床研究が強化され,動脈硬化の進展予防,再生医療などの新たな治療の登場が,脳卒中・循環器病克服に向けた希望をもたらす。基本法が施行された2020年以降は,①脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画の実現,②厚労省「在り方検討会」の診療提供体制を第8次医療計画へ反映,③心脳連携のより一層の強化――これらの動きが強固に一体となって脳卒中・循環器病対策が前進することが期待される。

参考文献・URL
1)健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法.2018.
2)日本脳卒中学会,日本循環器学会.脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画――ストップCVD(脳心血管病)健康長寿を達成するために.2016.
3)BMJ. 1997[PMID:9146387]
4)Stroke. 1997[PMID:9368554]
5)JAMA. 2015[PMID:26529161]

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