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医学界新聞

対談・座談会

2019.12.09



【座談会】

米国の医学教育者からみた日本の姿
内科卒後教育体制に変革を

メルビン・ブランチャード氏(グレーターボルチモアメディカルセンター内科 チェアマン)
エリカ・ジョンソン氏(ジョンズ・ホプキンス大学医学部内科 准教授)
加藤 良太朗氏(板橋中央総合病院院長/総合診療科 主任部長)=司会
青木 眞氏(感染症コンサルタント)
南郷 栄秀氏(JCHO東京城東病院総合診療科 科長)
佐々江 龍一郎氏(NTT東日本関東病院総合診療科 医長)


 2018年,専門医の質を高め,良質な医療を提供することを目的に新専門医制度が施行された。しかし,専門医取得までの教育体制には数多くの問題点が指摘され,見直しを求める動きもある。さらには,こうした卒後教育の問題には医師の働き方や適正配置などの社会情勢が複雑に絡み合っており,課題は山積みだ。

 そこで今回,課題解決の糸口を探るため,米ワシントン大で内科研修プログラム責任者を務める傍ら,米国内科教育連合(Alliance for Academic Internal Medicine;AAIM)の副議長として全米の内科教育の発展にも尽力してきたメルビン・ブランチャード氏と,ジョンズ・ホプキンス大で内科研修プログラム責任者として学内でも人気を誇るエリカ・ジョンソン氏を招き,より良い内科卒後教育体制の構築の方策を議論した。


加藤 かつての日本の専門医制度は,初期研修修了後は希望する専門領域へ進み,各学会の定める認定基準をクリアすれば専門医資格を取得できるものでした。しかし,専門医を設ける学会が乱立し,統一性の欠如した独自の認定基準が作られました。こうした背景から専門医の質が担保されているか疑問視されたため,広く国民から信頼される質の高い専門医を養成しようと,2018年に新専門医制度が施行された経緯があります。

 この制度改正により,2年の初期研修後,例えば内科では3年間の研修が必要となる内科専門医が新設され,サブスペシャルティ専門医をめざす場合はさらなる研修期間を要することになりました。研修期間の長期化に伴い,サブスペシャルティ専門医取得までにはさまざまなパターンの連動研修が設けられています。

 一見して新制度は良い方向に進むと思われました。ところが,本来は全ての内科医に求められる標準的かつ全人的な医療を十分習得するために義務付けたはずの3年間に,サブスペシャルティ専門研修の内容が前倒しになっているなど,さまざまな問題点が指摘され,制度の本質が揺らいでいるとの意見もあります。そこで今回は,新専門医制度のモデルの1つとなった米国より,内科研修プログラムの策定に携わる医学教育の専門家2人を招きました。米国の医学教育の本質,そして日本の内科卒後教育体制にも取り入れるべき術を共有したいと思います。

適切な研修期間・環境を整備するために

加藤 今回お招きしたブランチャード先生は,つい最近までワシントン大で内科研修プログラム責任者を務めており,私の研修医時代の恩師でもあります。ジョンソン先生は,ジョンズ・ホプキンス大で同じく内科研修プログラム責任者を務めており,これからの医学教育界をリードしていく存在です。

 まず,米国の内科卒後教育体制について簡単に教えてください。

ブランチャード 米国では,4年間のメディカルスクールを卒業後,レジデンシーとして一般内科の研修が3年間,その後,フェローシップと呼ばれるサブスペシャルティの専門研修が,領域によって2年もしくは3年間行われます。

加藤 日本では,3年もの長い期間,内科専門研修に取り組む意義があるのかとの声も上がっています。米国では研修期間の見直しに関する議論はなされているのでしょうか。

ブランチャード 全員が同じ期間の研修をするとなれば,ある者にとっては学習期間が足りないものの,ある者にとっては十分過ぎるというケースは当然起こり得ます。そこで現在米国では,研修を修了するタイミングは診療に必要なコンピテンシーを身につけるまでとし,「Aさんは3年間の研修,Bさんは2年半,Cさんは3年以上」のように幅を持たせた制度の策定を議論しています。ですが,個人の能力をどう評価するかはわれわれの抱える大きな課題です。

青木 研修期間の議論には,研修環境の問題も切り離せないと思います。

ブランチャード そうですね。やはり内科の知識を学ぶには多くの患者を診察することが一番の近道です。そのため数多くの患者を診療できる施設で研修する場合は良いのですが,患者数の少ない施設では経験が乏しくなり,どうしても差が出てしまう。こうした理由からも,コンピテンシーを基準とした研修のほうが好ましく,研修期間を議論するよりは,個々人の学習量,学習速度にどう対応するかを議論しなければと考えています。

青木 米国には研修プログラムを評価する米国卒後医学教育認定評議会(ACGME)が設置されていると思います。研修環境の問題にどう関与しているのでしょう。

ブランチャード ACGMEは定期的に抜き打ち調査を行い,研修プログラム担当者からの聞き取りや研修医との面談,アンケート調査などから研修医教育が適切に実践されているかを評価しています。ただし,ACGMEが定める基準を満たさない場合はこの限りではなく,すぐに査察が入ります。例えば,専門医試験の合格率が平均合格率よりも明らかに低い場合などです。

南郷 基準を満たさなかったときの罰則規程はありますか。

ブランチャード もちろんです。まずは警告です。改善がなければ研修医の募集停止,最悪の場合は研修プログラムの認可取り消しもあり得ます。そもそも罰則の対象となるようなプログラムには誰も参加したくないはずです。

青木 過去にはアイビーリーグといった米国有数の大学でも要件が満たせず,研修プログラムが廃止されたこともありましたね。有名大でも認可を失うことがあるということです。医師の育成には厳しい条件が必要です。

医師を多職種チームのリーダーとして育成する

加藤 米国の卒後教育体制は,研修医を経験不足の医師と見なし,あくまで上級医の監督下に置くことを前提としている点が,日本の教育システムとの大きな相違点です。ただし,米国内でも「上級医の関与が過ぎると,研修医の成長が遅れるのでは」との指摘もあるようです。研修医の労働環境に対して米国ではさらなる変革は起こり得るのでしょうか。

ジョンソン 米国の研修体制が過去の体制に戻ることはまずないでしょう。むしろ,過労を抑制するために,より一層労働環境の整備に励むと思います。

 ACGMEの重要な役割は,診療と教育を適切なバランスで受けられるよう研修医を守ることであり,研修医たちを労働力としてではなく,あくまで教育を受ける立場の人材として見なすのが米国の考え方です。労働力と見なす場合はACGMEから必ず指導が入ります。

南郷 医師の中には勤務時間の制限が診療経験の乏しさを招き,結果として研修医の成長に悪影響を及ぼすと懸念する者もいます。日本でも,働き方改革の影響により医師の勤務時間は議論の火種です。決められた勤務時間内で研修医教育の質を維持する方法についてはどうお考えでしょう。

ブランチャード この問題に関しては私もまだ正しい答えを導けていません。限られた患者経験数では,どれだけ良い教育体制を整備しても,一般的な環境で数多くの患者を診るほうが良いのかもしれないです。さらなる議論が必要だと考えます。

 ただし,そもそも医師全体に言えることですが,診療を行う以前に医師本人の健康状態が重視されるべきです。健康でない医師は患者に最善を尽くせないことは皆さんもよくご存じだと思います。

加藤 そうした過労を防ぐ環境を作るために必要なことは何だとお考えですか。

ブランチャード ナースプラクティショナー(NP)の存在が鍵を握るでしょう。近年,NPによる患者への処置が標準化されたため,風邪などの軽症者であればプライマリ・ケア医と同等の診療ができるようになりました。医師の業務を減らす大きな役割を担っています。

青木 医療コストの面でも影響を与えそうですね。

ブランチャード ええ。NP一人を養成する費用は,プライマリ・ケア医の半分です。今や医師よりも多くのNPが誕生するようにもなりました。わざわざ2倍のコストをかけて養成されたプライマリ・ケア医が軽症者の診療を行う必要はありませんので,現在プライマリ・ケア医にはNPとの業務の差別化が求められています。研修の場面では,複雑な病態の患者を診なければならないことを研修医に自覚させ,NPをはじめとした多職種チームをまとめるリーダーへと育成することも重要な課題です。

ロールモデルとなる指導医にも支援の手を

加藤 先ほどブランチャード先生から「内科の知識を学ぶには多くの患者を診察すること」との発言がありました。私が研修医だった頃の内科研修は入院患者対応が中心で,外来患者対応はほとんどありませんでした。にもかかわらず,最近の米国では外来患者対応の研修に注力していると聞いています。これはなぜでしょう。

ブランチャード 政府の方針が影響しています。外来患者対応に重心が置かれたのは,医療費削減のために入院期間の短縮がめざされているからです。そのため通院治療に切り替わった患者に対して外来で適切な医療を提供できるようACGMEがカリキュラムを変更しました。この介入により,内科における外来診療の割合は明らかに増えました。

ジョンソン 当大学の研修プログラムでも特別なプライマリ・ケアコースをレジデント向けに用意し,外来診療能力の強化を図っています。また,こうした取り組みは,専門領域選択時に,プライマリ・ケアを候補にしてもらう狙いもあります。そのためには,プライマリ・ケア医のロールモデルを明確に示すことが重要ですね。

加藤 どのような医師が理想なのでしょう。

ジョンソン 仕事に対する幸福感に満ちた医師です。レジデントたちは,指導医の働き方をよく見ています。指導医が仕事に対しての喜びや意義を見いだせていないと,自分の将来の姿を投影できません。指導医がロールモデル足り得るためにも,指導医が自身の診療時間と研修医教育に充てる時間をバランス良く取れる支援策を設けています。

加藤 指導医支援も不可欠なのですね。ところで,佐々江先生は英国で医学部を卒業し,7年間家庭医(GP)として診療されてきました。英国ではそもそもGPをめざす方が大変多いと聞きますが,その理由はどこにあると考えますか。

佐々江 古くは1945年からGPによる診療が始まったという英国の歴史的な事情が影響していると思います。GPは,地域の総合診療医として長い間専門性を磨く傍ら,GPの存在意義自体を学問として深めてきました。そうした流れのおかげでGPが人々の生活に根付き,ロールモデルとなるようなGPが身近に増えたことで,若い世代の中にも明確な医師像が見えるようになったのです。

加藤 現在はGPになるのに何年かかるのですか。

佐々江 5年もしくは6年制の医学部を卒業後,2年間の卒後研修で一般的な診療技術を学び,さらに3年間のGP養成のための特別プログラムで診療業務を行います。近年,GP養成プログラムを4年もしくは5年まで延長するとの議論もありますが,コストの問題やGP不足の背景もあり,議論は暗礁に乗り上げています。

加藤 どれくらいの人がGPの研修プログラムに進むのでしょうか。

佐々江 だいたい3分の1の医師がGPに進みます。

青木 日本では,ジェネラリストよりもスペシャリストになりたがる医師が多い印象です。分野を狭くすればするほど,医師として優れているとの認識が根底にある気がします。

ブランチャード それはジェネラリストの存在をどうとらえるかを議論すべきでしょう。スペシャリストは範囲が狭くても,深い知識を持っています。他方,幅広い知識を持ったジェネラリストは,どこまで自分で診て,いつ適切なスペシャリストに紹介すべきかを判断する術に長けています。こうした長所をうまく組み合わせるシステムの構築が不可欠です。

佐々江 おっしゃる通りです。しかし,日本の現状は多くのプライマリ・ケア医がもともと何らかのスペシャリストであり,現代のような体系化された内科専門研修を受けていません。そのためプライマリ・ケア医から紹介を受けるとき,紹介基準に明らかに満たないような患者を経験します。ここは英国と比べて違和感を覚えました。ですので,日本でプライマリ・ケア医をめざす若い医師を増やすためには,明確な医師像を見せ,彼らに役目を与えることが重要だと思います。現行の新専門医制度を修了した医師が増えていく今後に期待したいですね。

加藤 これから医学教育の道に進む若い医師へのメッセージをお願いします。

ジョンソン 私が医学教育に携わるモチベーションは,どんな医療政策よりも重要な仕事だと思っているからです。われわれが教育する医師は,何年にもわたって修練し続け,多くの患者を救い,さらに次世代を担う医師を育てるからです。われわれの仕事は,そうした持続可能な教育体制を支援することであり,最善の指導ができる環境整備に携われることに誇りを持っています。皆さんもわれわれと共に医学教育をより良いものにできるよう力を貸していただければと思います。

ブランチャード 医学教育者の重要な使命は,専門性を存続させることでもあります。診療の技術を伝え,変化し続ける医療に対応し続けることはこれからも必要なはずです。ぜひその点にやりがいを見いだしてもらいたいです。

加藤 本日は貴重なお話ありがとうございました。

(了)

座談会を終えて

座談会を通して感じたのは,ブランチャード先生,ジョンソン先生の医学教育に対する深い思い入れです。その思いの根底には,医学教育が,「最終的には患者のために存在する」と考えるブレない観点と,「目の前の患者だけでなく,未来の患者をも救う手段」ととらえて発展に尽力する信念があると感じました。お2人のような素晴らしい教育者に対して,医学部でポジションを作るにとどまらず,さまざまなアワードを用意する点も米国の魅力です。また,医学教育を個人の能力に委ねるのみでなく,システムとして組み込む点も大切です。米国では次のブランチャード先生,ジョンソン先生が登場し続ける土壌があり,そうした土壌は長年の議論と検証によって育まれてきたものです。まずは,日本でも医学教育そのものについての徹底的な議論から始める必要があります。今回,日本の医学教育を長年支えてくださっている青木先生,これからの日本の医学教育界を担う南郷先生,そして英国の観点を紹介してくださった佐々江先生から,数々の貴重なコメントがうかがえたことは誠に幸いでした。本座談会が日本の医学教育のさらなる発展の一助となることを祈念します。

(加藤良太朗)


Melvin Blanchard氏
1994年テネシー大医学部卒。ワシントン大での内科レジデントおよびチーフレジデントを経て,98年よりセントルイス退役軍人病院プライマリ・ケア部長。2006年よりワシントン大内科研修プログラム責任者を務め,19年より医学教育担当の内科副主任教授に就任。同年11月より現職。現在は,5つの内科教育団体から成る米国内科教育連合の副議長も務める。

Erica Nicole Johnson氏
2003年メリーランド大医学部卒。ウォルター・リード陸軍病院での内科研修,ブルック陸軍病院での感染症専門研修を経て,09年より同院感染症指導医。14年より現職を務めながら,ジョンズ・ホプキンス大系列のベイビュー病院で内科研修プログラム責任者にも就任。医学教育や社会貢献に関連した数々の賞の受賞経験あり。

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