重いと軽い(福武敏夫)
連載
2019.11.18
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第17回]重いと軽い
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
重症筋無力症(myasthenia gravis)の脱力は日内変動するので,古くは1681年に「ウィリス動脈輪」に名を残す,解剖学のT. Willisによってparalysis spuria(まがい物の麻痺)という名で記載され,19世紀にはErb-Golflam症状複合とかWillis-Golflam病と呼ばれました。さらに1895年に至ってもF. Jollyによってmyasthenia gravis pseudoparalytica(偽性麻痺性~)が使用されましたが,4年後のベルリン精神神経学会において最後の語が外されました。ただし,ドイツでは1973年まで最後の語を省かない臨床論文も出されています。
Gravisは物理学用語のgravity(重力)からの類推と眼瞼下垂の様相により,重力性の意味だという意見がありますが,実際は単に重いとか重症の意味を表します。1961年に本疾患の歴史を詳述したG. Keynesは,全ての患者が重症ではなく,眼瞼下垂など軽症のまま長年とどまることもあるので,gravisは「不適切な用語だろう」 と述べています。誤解を招く用語だと私も考え,数年前の日本神経学会のポスター発表において「自己免疫性筋無力症」という名称を提案しました。小さな丸シールを用いて賛否を調査したところ,賛成37人,反対2人でした。
ところで,重は壬+東から成り,ここでの壬は人が突っ立っている形で,東はフクロに入れた荷物の象形であり,併せて「人が荷物を背負うさま」から,重いの意味を表します。これに対し,軽(輕)は車+巠から成り,「戦車がまっすぐ軽やかに走るさま」から,軽いを表します。これでは重いほう(戦車)が軽いほう(人)より軽い気がしますね!?
重症筋無力症の中国語は重症肌无力とされ,筋の簡体字として,なんと肌が用いられています。おそらく,発音(Jī)に由来するのだと思います。とすると,平安時代の「よをろ筋(すぢ)(膕筋)」(下腿三頭筋腱)にさかのぼる訓読みに影響している気がします。なお,肌の中国語は皮肤とされ,肤は膚の簡体字です。
(つづく)
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漢字から見る神経学(終了)
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