医学界新聞

寄稿

2019.11.04



【寄稿】

米国の医師が取り組む患者エクスペリエンス(後編)

近本 洋介(Caring Accent主宰,Certified Patient Experience Professional)


前編よりつづく

 医療ケアに関する患者の主観的評価である患者エクスペリエンス(Patient Experience;PX)という比較的新しい視点は,医師のコミュニケーションの意義の深さと幅広さを改めて見いだす糸口を提供している。

 前編(3343号)では,経済的な誘因だけに振り回されるのではなく,医師のコミュニケーションの意義について医師一人ひとりが科学的知見や個人の経験値に基づいて理解・納得することの重要性について考察した。後編では,米国の医師がPXの向上をめざしてどういった側面に注意を払っているのか,さらに医師のコミュニケーション・スキル向上のために,医療機関はどのようなサポートを行っているかについて紹介する。

聴いているのにそれが患者に伝わっていないもどかしさ

 患者が非現実的な要求をする場合など,患者との対話で多くの医師が既に困難を感じている状況で使えるコミュニケーションの方法に関する知見は多く存在する。今回はそれらとは別に,患者の主観的評価が可視化されたことによって改めて課題となった,医師にとって「ミステリアスな」状況への対処策を概観したい。

 患者中心の医療をモットーに懸命に診療に携わっているプライマリ・ケア医の例を見てみよう。筆者はコミュニケーション・コーチとしてこの医師と患者とのやりとりを数時間にわたって観察する。診療後のコーチング・セッションではこの医師が,実際に患者の言ったことは細部にわたり全て明確に覚えていることが確認された。しかし,米国のPXサーベイであるCAHPSを用いて医師コミュニケーションの質問に対する患者のレスポンスを見ると,「いつも自分の言うことを注意深く聴いていた」と感じているのは75%にすぎなかった。これはこの医師にとって極めてショッキングな出来事であった。

 なぜ患者は「自分の話を聴いてくれていない」と感じてしまうのか。そういったミステリアスな状況に陥る理由を探ることが必要になる。

「診察室の第三者」が阻むコミュニケーション

 「あの医師はコンピュータばかり見ている」という不満の声を患者からよく聞く。電子カルテで病歴を調べたり,所見やオーダーを入力したりすることは今日の医療では欠かせない。しかし,電子カルテという「診察室に存在する第三者」の存在によって,患者とのアイコンタクトが難しくなる,もしくは相づちが欠けたりタイミングが遅れたりする場合がある。この状況は一般人からすると,スマートフォンを見ながら家族や友達と会話しているようなものである。画面に気を取られている最中に話しかけられ,「えっ,何?」と聞き返した経験がある人は少なくないだろう。そのような自身の経験に基づいて,患者は診療中の医師の「聴く」態度を判断してしまうのである。

 こうした課題を解決するために,電子カルテを使うタイミングや設置位置,さらにはコンピュータ上で行っている作業についての患者への説明の仕方など,PX向上に役立つコミュニケーション技法が数多く考案されるようになっている。

患者の話したことを復唱・要約する際の落とし穴

 米国の医師は,患者の話を復唱したり要約したりして,内容を確認すること(Reflective Listening)をよく行う。ただし,復唱する事項が選択的であった場合,PXに望ましくない影響を与えることがある。

 例えば,痛みの場所や頻度・種類など鑑別診断に大切な情報については復唱し確認するのに比較して,痛みに伴う患者の不安やフラストレーション,さらには仕事や生活全般に与える影響への懸念などに関して,積極的に復唱する医師は少ない。「鑑別診断に重要でない」「感情的なことを取り上げると診察時間が長くなる」といった理由から,このような話の聴き方(選択的 Reflective Listening)が自然と習慣化するのだろう。

 しかし患者にとっては,痛みの場所や頻度と同等もしくはそれ以上に,「痛みのせいで差し迫った仕事の締め切りに向けて集中できない」といった懸念も重大なのである。医師が復唱しなかっただけで,「話したけれども聴いてくれたかどうか確信がない」といった不安感を持ってしまうわけである。

 そこでPXを先導する米国の医師が提唱・実践するのは,聴いていることの明確化(Making Listening Visible)である。患者の疾病がもたらす私生活や仕事への影響などについても見過ごさずに復唱すること,特に,患者が経験している感情面の言語化(Naming the Emotion)については,その重要性が強調されている。

言いたいことが言えない患者からどう話を引き出すか

 PX向上の観点からさらに突き詰めると,患者の話を聴くだけでは十分でない。緊張していたり,質問をすると「難しい患者」だと思われてしまうのではないかという不安から,言いたいことが言えない患者も多い。

 過去に別の医師に質問をした時に邪険な扱いを受けたとしよう。その患者が自ら進んで情報を提供したり質問をしたりすることをためらう心境にあることは想像に難くない。そのような背景を持つ患者が「言いたくても言えないことがあった」という経験をしてしまうと,(たとえそれが前医のせいであるにしても)「十分に話を聴いてもらえなかった」という評価になってしまうわけである。

 そこで重要なのは,患者が内心抱いているかもしれない心配や不安,要求などをうまく引き出すことである。クリーブランド・クリニックが開発したREDEモデルと呼ばれるコミュニケーション技法では,VIEW(Vital Activities:日常生活への影響,Ideas:病気の原因などに関する考え,Expectations:要望・期待していること,Worries:心配していること)という頭字語を使って医師が覚えやすいようにしている1)。同様の技法は,カイザー・パーマネンテのFour Habitsモデル2)やAcademy on Communication in HealthcareのRelationship-centeredモデル3)でも取り上げられている。

ワークショップやコーチングで医師をサポート

 では効果が検証されたコミュニケーション技法を医師が習得するために,医療機関はどのような援助を行うのか。

 経営陣が医師に提供するサポートの定番はワークショップである。クリーブランド・クリニックをPXのメッカに育て上げたDr. Cosgroveは,CEOの立場から,クリニックの医師全員に8 時間にわたるワークショップ参加を義務付けた4)。カイザー・パーマネンテで筆者が担当していたワークショップの中には,4日間にわたるものもあった。

 ワークショップは効果的である一方で,医師を長時間拘束することによって診療に携わる時間が減ることは,経営陣・臨床医の双方にとって高いハードルになる。さらに,ワークショップではできるだけリアルなシナリオを入れたり,ロールプレイを用いたりするなどして即座に役立つスキルの習得を目標にするものの,あらゆる診療科の医師のニーズに沿う内容とすることは困難である。「ワークショップの内容は役立ったが,もっと短時間で良かった」などのフィードバックは,こうした事情を反映しているものと考えられる。

 もうひとつのアプローチとして注目を浴びているのが,臨床現場で行われる個別コーチングである。コーチングを受けることに躊躇していた医師も,Dr. Gawandeによるニューヨーカー誌への寄稿5)をきっかけに態度を変えつつある。優れた外科医・公衆衛生研究者であり作家としても著名なGawandeは,世界レベルのアスリートでコーチを付けない人はいないという事実や,手術室に同僚を招きコーチングを受けた自らの経験を基に,医師が成長し続けるためにはコーチングが重要であると説いている。他科の医師のコンサルティングを受けることが当たり前の医学界では今後,コミュニケーションに関してもその専門家からのコンサルティングまたはコーチングを受けることに対しての抵抗感が薄れると推測される。

 コミュニケーション・コーチングでは概して,コーチが診察室やベッドサイドで医師のシャドウィングを行うことが基本となる。各患者の診療終了の都度,もしくは昼休みや1日の診療が終わった時点にまとめて患者とのやりとりを振り返るコーチングセッションを行う。その際には医師が自分なりのアセスメントを行い,必要な場合には改善策を見いだしていくことをコーチがサポートする。具体的なコーチングの方法については紙面の都合上省略するが,実際の臨床現場に基づきコーチングを行うことによって,前述したワークショップの欠点を補うとともに,医師個別の事情にも配慮したコミュニケーション技法を考案できるのが,このアプローチの長所である。

 日本の医療現場や文化に即した形でのPXならびに医師のコミュニケーション・スキルの向上という課題解決に向けて,本稿がその一助となることを願ってやまない。

参考文献・URL
1)J Patient Exp. 2014[PMID:28725795]
2)Stein T, et al. Talking with Patients――Using the Four Habits Model. 2016.
3)Chou CL, Cooley L (Eds). Communication Rx: Transforming Healthcare Through Relationship-Centered Communication. Academy of Communication in Healthcare. McGraw-Hill Education;2018.
4)Cosgrove, T. The Cleveland Clinic Way. McGraw-Hill Education;2014.
5)Gawande, A. Personal Best. 2011.


ちかもと・ようすけ氏
獨協医大越谷病院(当時)の臨床心理担当を経て渡米。スタンフォード大,カリフォルニア州立大,アメリカン大に勤務の後,カリフォルニアの統合医療システムのカイザー・パーマネンテ,ニューヨークのマウント・サイナイ病院等にて医師のコミュニケーションスキルアップのプログラムを担当。2018年にシリコンバレーにて,ヘルスケア・コミュニケーションに特化したコンサルティング会社Caring Accentを創設。博士(健康教育学),Certified Patient Experience Professional。

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