医学界新聞

インタビュー

2019.06.17



【interview】

精神障害リハビリテーションで
当事者の人生を支援する

池淵 恵美氏(帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授)に聞く


 ノーマライゼーションの考えが医療・福祉関係者の間に浸透してきたことで,統合失調症の人たちは病院で保護されるだけではなく,地域で自分らしく生活することを目標にするようになった。現実と相反した自己認識により「生きづらさ」を抱える統合失調症の人たちが社会復帰をめざすに当たり,必要とされる精神障害リハビリテーション(以下,精神障害リハ)が注目されている。本紙では,第一線で精神障害リハに携わってきた自身の経験から当事者を取り巻く背景や現状を『こころの回復を支える 精神障害リハビリテーション』(医学書院)に著した池淵恵美氏に,その取り組みと展望を聞いた。


――池淵先生が精神障害リハに携わるようになったきっかけは何ですか。

池淵 医学部を卒業し東大病院の精神神経科で研修中,統合失調症の人たちへの診療の実態を知ったのがきっかけです。私が入局した1978年当時,東大病院精神神経科は外来と入院病棟の場所が分かれており,研修は外来診療とデイケアがメインでした。

――その当時,当事者と実際に接してみてどう感じましたか。

池淵 一般的に統合失調症の人たちはネガティブなイメージを抱かれがちですが,デイケアの場で活動に取り組む人たちは皆生きることに懸命で,周囲とのかかわりに意欲的でした。ポジティブな一面や,精神的にもろい一面など,外来の診察だけでは見られない当事者の本来の姿を知ることができたのです。統合失調症の人たちへの就労支援が今と比べ不十分だった当時,早く仕事に復帰したいと話す方たちのために,近くの商店街で仕事を提供してくれるお店を探すための名刺配りをしたのは思い出です。

――当時から社会復帰をめざした取り組みをされていたのですね。

池淵 他にもご家族と一緒に住むことが困難な方のために住み込みで働ける新聞配達の仕事を探すなど,地道な活動に数多く取り組みました。当事者が元気になって社会に生き生きと戻っていく姿を目の当たりにし,精神疾患を抱える方に向き合うことへのやりがいを感じ,社会復帰を支える精神障害リハにのめりこんでいきました。

治療方針の転換に伴う社会での「生きづらさ」とは

――精神障害リハに取り組まれてきた間,統合失調症の人を取り巻く環境はどう変化したのでしょう。

池淵 精神障害の人たちへの治療は入院と外来診療,デイケア中心だった時代から,地域ケアへと変化し,福祉事業所がたくさんできました。障害者雇用の制度も整備されたことで地域でその人なりに生きていくための支援を重視するようになったのです。私がこの道に進んだ40年前は,10年単位で入院することが当たり前でした。障害の有無にかかわらず,誰もが地域の中で自分らしく生活する権利を持つというノーマライゼーションの考えが1990年代頃から社会に浸透してきたことで,精神障害の治療方針が大きく転換しました。

 今は障害を抱える方への就労支援も進み,支援付きの働く場を提供できるソーシャルファームが増加しました。一般の職場で就職が難しい状態の方でも,医療機関以外で健常者と一緒に働きその人なりの収入を得る場が増えたと思います。

――地域で自分らしく生活することを目標とするようになった中で,当事者はどのような課題を抱えているとお考えですか。

池淵 統合失調症の人たちは,障害とともに現実と相反した自己認識を持つことが多いため,社会での生きづらさを常に抱えています。原因の1つに,幻聴や妄想といった症状により,世界が自分に阻害的であるように誤認識することが挙げられます。あるいは,病気の影響で脳機能が低下し,集中,記憶,思考などが困難になることで,周囲に合わせた行動が困難となり,生きづらさが形成されてしまいます。

――生きづらさは当事者の生活にどのような影響を及ぼすのでしょう。

池淵 社会から引きこもってしまう場合が多く,今まで通りの生活が送れなくなることで,自分の進むべき道がわからなくなりがちです。そのためにますます社会的な知識が乏しくなり,年齢に見合った社会性や社会で生きる術を身につけられないといった負のスパイラルが生じます。

社会での生活へ向けて自信をつけるかかわりを

――生きづらさを抱える当事者にリハビリテーションを行う意義はどこにあるのでしょうか。

池淵 地域ケアが重要視されるようになった精神科領域では,障害があってもその人なりに社会で生きる方法を探し,支援することを目的としています。

 そもそもリハビリテーションの目的はその人なりの生き方や権利を取り戻すことです。リハビリテーションは障害を取り去り,不自由な部分を良くすることだと考えられていることがありますが,その人なりの生き方ができるようになるために,障害による不自由さがあったとしてもできることを増やそうとの考えがリハビリテーションの正しい位置付けです。

――当事者が生き方を取り戻すために,精神障害リハはどのようにアプローチするのでしょうか。

池淵 生きづらさを抱えた方たちに自信を持ってもらうため,介入初期はいつでも医療者の支援を受けられるような安心できる居場所を提供します。「リハビリ」と称していきなり過度な負担がかかる実際の社会生活を送らせることも,入院病棟のような社会とのかかわりが希薄すぎる環境で過ごすことも,本人が自信をつける体験をするには不向きです。リハビリテーションを通じて,安全な場でありながらやりがいや刺激もある環境を提供します。当事者は社会とのかかわり方を学び,その人なりの新しい社会参加をめざします。

――介入の中で専門家は具体的にどのようなかかわりをするのですか。

池淵 障害を抱えた方たちが社会体験を重ねて経験知を増やせるようサポートします。並行して,苦しかったことやつらかったことを専門家と共に話す中で,本人が自分の生育体験や気持ちを整理し,自分なりの成長を伴った社会で生きていくための価値観を見つけていくことも重要となります。

 リハビリテーションのプログラム活動や実際の社会での体験を通して自信をつけ,少しずつステップアップすることで,生きづらさを抱えていた人が実際の社会でその人らしく生きられるように支援していくのです。

「できたこと」を評価する周囲の存在が大切に

――当事者がめざすゴールはどのように決めるのでしょうか。

池淵 自分らしい元気な状態である「パーソナル・リカバリー」と,しっかり症状がなくなり生活が継続できる状態である「客観的リカバリー」の両方のバランスがとれた状態をめざします。病気を悲観的にとらえるのではなく,本人が自分の価値観や視野を広げ,前向きに困難を乗り越えて行けるよう私たちもサポートしたいですね。

――精神障害リハの場面で心掛けていることを教えてください。

池淵 本人は自分自身のことや生き方を簡単には学べません。これまでの診療経験から少し先が読める私たちが情報を提供し,本人がどのように生きていくか自分で選択できるようにすることが重要です。

――そのためにはどのような支援が必要なのでしょうか。

池淵 小さなことであっても達成できたことに気付いて褒めてくれる,専門家や職場の仲間,家族の存在が大切です。また,統合失調症の影響で意欲が出ずにどうすれば良いかわからない方に対し,背中を押してサポートすべき場面があります。精神障害リハを通して自信がついてくると,最終的に自分のやりたいことを見つけられるようになるのです。

――精神障害リハの今後について,どのようなことを期待しますか。

池淵 統合失調症の人の生きづらさをより軽減できるよう発展してほしいですね。現在は社会に戻るのには年単位の時間がかかり,本人が希望する「明日から社会参加」とはいきません。

 統合失調症の客観的な回復には脳機能の回復が必要不可欠なものの,今の医学では統合失調症の原因や,障害改善への介入手段なども解明できていません。ただし,基礎研究の段階ではありますが,手掛かりとなる研究は数多く存在します。これらの研究がさらに発展し,統合失調症の客観的な回復が進めば,精神障害リハの効果も増し,本人が自分の生活を取り戻していくことがもっとやりやすくなると考えます。

 しかし,これらは10年,20年先の話です。まずは今まさに社会参加をめざす目の前の人の背中を押してあげられるような支援を,精神障害リハを通じて行っていきたいです。

(了)


いけぶち・えみ氏
1978年東大医学部卒。同大病院精神神経科,帝京大精神神経科学講座講師,教授を経て2012年に同主任教授に就任。19年4月より現職。博士(医学)。帝京大名誉教授。統合失調症の精神障害リハビリテーションに長きにわたり携わる。現在は日本医療研究開発機構(AMED)プログラムオフィサー,国立精神・神経医療研究センター理事も務める。近著に『こころの回復を支える 精神障害リハビリテーション』(医学書院)。

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