医学界新聞

寄稿

2019.04.29



【寄稿】

バイオシミラーを採用する意義と効果

石井 伊都子(千葉大学医学部附属病院薬剤部長/同大学薬学部教授)


 2019年度の日本の国家予算は歳出規模が101兆円に上り,社会保障関係費は34兆円を占める。そのうち医療関係は12兆円(社会保障関係費の35%)という数字をたたき出している。一方,歳入のうち33兆円(32%)が公債金であり,2019年10月に消費税が増税されても,借金をしなければ歳出を賄えない,いびつな予算計画が続く。果たして,日本が世界に誇るべき国民皆保険制度をこのままで維持できるのか。

 厳しい国家予算を反映し,診療報酬の伸びを抑えられている病院の立場は年々厳しくなっている。そのような状況の中で,個々の病院は診療報酬からやりくりしながら,病院施設や機器,システムの改善を行わなくてはならない。魅力を維持し,患者に選ばれる病院にするためには,人的要因と同様に物的要因の充実も不可欠な要素である。適切な節約の下に必要な投資を行わなければならない。

 そのための回答の一つがジェネリック医薬品やバイオシミラー(バイオ後続品)の導入である。厚労省は2018年度の事業としてバイオ医薬品・バイオシミラー講習会を各地で開催し,その理解と使用を推進してきた1)

バイオシミラーとは

 バイオシミラーの定義は「国内で既に新有効成分含有医薬品として承認されたバイオテクノロジー応用医薬品と同等/同質の品質,安全性,有効性を有する医薬品として,異なる製造販売業者により開発される医薬品」とされている2)

 対象となるのは,①目的有効成分を明確に規定することができ,高度に精製され,十分な品質特性解析が可能な遺伝子組み換えタンパク質,ポリペプチドおよびそれらの誘導体ならびにそれらを構成成分とする医薬品,②細胞培養技術により生産されるタンパク質医薬品や,組織および体液から精製される生体由来タンパク質である。したがって,従来型ワクチン,ヘパリンなどの多糖類,日本において審査経験・使用実績のない製品,バイオシミラーに対するバイオシミラーはその対象となり得ない。

 執筆時点で日本においては,インスリングラルギン,フィルグラスチム,アガルシダーゼベータ,リツキシマブ,トラスツズマブ,エタネルセプト,エポエチンカッパやソマトロピンなどが承認されている3)

バイオシミラーの品質管理

 先行バイオ医薬品に対してバイオシミラーの同等性/同質性を担保するために,バイオシミラーの開発にはさまざまな分析法が用いられている。開発は,物理的化学的特性や生物活性等における類似性の解析を中心に行う品質特性解析から始まり,不純物プロファイルの差異の影響を確認する毒性試験を含む非臨床試験,先行バイオ医薬品と薬物動態(PK),薬力学(PD)的な同等性/同質性を比較評価する臨床試験,先行バイオ医薬品との有効性の同等性や安全性を検証する第III相臨床試験へと進めていく。

 バイオシミラーの中で最も複雑な構造を持つ抗体医薬においても,その品質は厳密に管理されている。例えば,ADCC(Antibody Dependent Cellular Cytotoxicity;抗体依存性細胞傷害)活性のキーポイントとなる糖鎖構造に関しては,先行バイオ医薬品とバイオシミラーのどちらも,一定の範疇に収まるように製造されている。

 遺伝子組み換え技術で製造されるバイオ医薬品は,先行バイオ医薬品であっても,糖鎖プロファイルや不純物に多少の違いが生じるものである。先行バイオ医薬品であるハーセプチン®(トラスツズマブ)では,2018年半ばおよび2019年半ば,ロット間で糖鎖構造の変動が認められた。それに連動し,抗体が結合する受容体FcγR IIIaへの結合親和性およびADCC活性も変化した。しかし,これらのロットにおいて,有効性・安全性への影響は問題となっておらず,許容される品質特性の範囲とされた4)

 先行バイオ医薬品のほうがバイオシミラーよりもロット間のばらつきが少なく,副作用が少ないといった誤った解釈を耳にするが,承認されたバイオシミラーは,先行バイオ医薬品と同等性/同質性が科学的に認められていることに留意したい。

 また,昨今,先行バイオ医薬品と同じ製造方法・製造技術を利用したバイオセイム(biosame)も登場している。しかし,遺伝子組み換え技術を用いた製造過程を考えると,セイム(same)という言葉を使うことに疑問が残る。

先行品が高価なために,薬剤費削減効果が高い

 バイオシミラーの承認は,化学合成で製造されるジェネリック医薬品のように,生物学的同等性試験を行うだけでは済まされない。そこで,先発品の5割の薬価を基本とするジェネリック医薬品と異なり,バイオシミラーの薬価は先行バイオ医薬品の7割を基本としている。

 しかし,先行バイオ医薬品は高価であるため,金額で見ると医療費はかなり削減できる。例えば,関節リウマチの患者にエタネルセプト50 mg(1日1回)を,週に1回投与したと仮定する。2018年8月時点で,皮下注50 mgペン1.0 mL(1キット)の薬価は先行バイオ医薬品3万1252円,バイオシミラー1万8190円である。1年間投与した場合の薬剤費の負担軽減額は67万円以上となる()。高額療養費制度や付加給付等を用いた場合の患者負担は少なくなるものの,結局は保険料や税金から補填される。これらを考えると,同等/同質な医薬品として治療効果が得られるのであれば,より安価な製品を選ぶのが必然と言えよう。

 先行バイオ医薬品とバイオシミラーの年間薬剤費比較例(エタネルセプト,単位は万円)

千葉大病院における導入とその効果

 2010年以降,バイオ医薬品の承認は劇的に増え,20種類以上の抗体医薬が上市された。この傾向は今後も続くと考えられ,近未来に病院の支出における薬剤費率は右肩上がりとなり,病院経営をさらに圧迫すると予想される。すでに,当院では2014年度からジェネリック医薬品の導入に踏み切ったが,2014年度の終わりには費用抑制効果の高いバイオシミラーの本格的な導入を病院の方針として決定した。

 当院におけるバイオシミラーの導入は,病院執行部会の直下に置かれた「後発品・バイオシミラー選定ワーキンググループ」にてジェネリック医薬品の導入と同様に検討され,病院執行部会の承認をもって採用が決定される()。新薬と異なり,対象診療科が絞られることから薬事委員会での議論の対象とはしなかった。

 千葉大病院におけるバイオシミラー導入のプロセス

 薬剤部DI室の薬剤師がデータをまとめる過程では,添付文書,インタビューフォーム,審査報告書,臨床試験や他国における使用成績を論文で調べる他に,糖鎖プロファイルの詳細な分析結果,流通,安定供給に関する取り組みなど,私たちが独自に聞きたい情報を製薬企業に問い合わせる。

 バイオシミラーの効果や副作用は,先行バイオ医薬品と比べて現在のところ差がなく同等である。また,患者からも特段意見は出てきていない。したがって,安心して使用できると判断している。薬剤費は先行バイオ医薬品だけを使う場合と比べて,1年間で数億円を削減できている。

 一方,先行バイオ医薬品をバイオシミラーに完全に切り換えることができず,併採用せざるを得ない場合もある。主たる理由は先行バイオ医薬品だけに適応があり,バイオシミラーには適応がない疾患があるためだ。管理が複雑になり,医療安全上常に注意を払う必要があるのが現状である。バイオシミラーを導入し,継続的に使う体制を整えるには,情報収集・情報管理における薬剤部の役割を強化し,バイオ医薬品を使用する診療科と薬剤部の間で科学的根拠に基づく議論を進める必要があるだろう。

参考文献・URL
1)厚労省.バイオ医薬品・バイオシミラー講習会.
2)厚労省.バイオ後続品の品質・安全性・有効性確保のための指針.2009.
3)国立医薬品食品衛生研究所生物薬品部.バイオ後続品.
4)MAbs. 2017[PMID:28296619]


いしい・いつこ氏
1988年千葉大薬学部卒。同大薬学部生化学研究室の教務職員,助手を経て,99年米NIH博士研究員。2001年千葉大大学院薬学研究院,03年同大大学院病院薬学研究室准教授。12年9月より現職。

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