歩と走,足と脚(福武敏夫)
連載
2019.04.15
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第10回]歩と走,足と脚
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
「歩」という漢字の由来を「止まるのが少ない」ことだと演説する人が時々いますが,これは全くの俗説です。「歩」は止+少と分解でき,止も少も左右の足跡(「YY」のような形)を表します。結局「歩」は4歩歩く様子の象形です。ちなみに,すくないことを表す「少」は小+一であり「歩」とは全然違う成り立ちですが,「走」は夭(走る姿)+止(左右の足跡)に由来します。
しかし,先の俗説も馬鹿にできないと思われる話があります。『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書,1992年)で有名な本川達雄先生が近著『ウニはすごい バッタもすごい』(中公新書,2017年)の中で,歩くというのは重心を前に移動して倒れないように進むことだと喝破しておられます。歩くのは止まらないためかもしれません。
さて,パーキンソン病の小刻み歩行は有名ですが,初期には一側の腕振りが小さくなるだけで,歩行障害とは感じられません。進行すると小歩(~1足長)になり,さらに進行すると高度小歩(<1足長)ですり足になりますが,それでも「小刻み」にはなりません。重症になって,前傾姿勢から速歩の要素が加わると,小刻み歩行になります。このように歩行の様相は変化しますので,「パーキンソン歩行」とひとくくりにするのは不適切です。
「すり足」や「速足」の「足」は解剖的部位ではなく,歩行の様子を表しています。「足」は口+止からなり,口はここでは膝頭(あるいは下腿)のことです。結局「足」は膝以下を指していて,footと同義の足首以遠ではありません。なお,足りるの「足」は中国で昔から使われていた当て字のようで,『論語』に登場する「足」は18回中15回が足りるの意味であり,解剖学的な意味は1回,歩行の意味は2回だけです。
「脚」のほうは「却」が折れ曲がるの意味で膝関節を表していますので,下肢全体のことです。ついでに「踝(くるぶし)」は足+果で,果はクルミを表し,なるほどです。「踵(かかと)」は足+重で,重みのかかる様子で,これもなるほどです。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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