医学界新聞

連載

2019.04.01



臨床研究の実践知

臨床現場で得た洞察や直感をどう検証すればよいか。臨床研究の実践知を,生物統計家と共に実例ベースで紹介します。JORTCの活動概要や臨床研究検討会議の開催予定などは,JORTCのウェブサイトFacebookを参照してください。

[第1回]臨床研究の実施と研究支援組織

前田 一石(JORTC外来研究員/ガラシア病院ホスピス)


臨床研究の開始までにすべきことは

 臨床現場で診療に当たっていると「この病態の患者さんにはこちらの治療法が良いのではないか?」と感じることがしばしばあると思います。このような臨床疑問(Clinical Question;CQ)を解決し,臨床現場で役立つエビデンスを創出する方法の一つが臨床研究です。しかし,製薬企業が行う治験など一部のものを除くと,CQの解決のためには研究者主導臨床研究(Investigator-initiated Clinical Research)を行わなければなりません。

 研究責任者(Principal Investigator;PI)として研究者主導臨床研究を行いたいと考えている臨床医は多いのではないでしょうか。ただ残念ながら,第3312号の座談会でもお話しした通り,臨床研究は一人では行えませんし,一人だけで行ってはいけません。と言うのも,臨床家は医学・医療の専門家ではあるものの,臨床研究の専門家ではないからです。

 臨床研究を行うには,既存のエビデンスのレビューに基づく適切な研究仮説(Research Question;RQ)を設定し,仮説の検証に適した研究デザインや対象集団を決定しなければなりません。適切なサンプルサイズや統計解析の方法を決めたり,ウェブでのデータ収集システム(Electronic Data Capture;EDC)を構築したりするためには専門家の手助けが必要になるでしょう。個人情報保護やモニタリング・監査,利益相反(Conflict of Interest;COI)管理などの法令順守への対応も欠かせません。

 これらの過程を経て出来上がったプロトコールは,倫理委員会や臨床研究審査委員会で審査・承認を受けて,初めて臨床研究の実施にこぎつけられるのです。実施に当たっては,プロトコールからの逸脱がないか,想定した通りに症例集積が進んでいるか,参加施設と連絡を取り合いながら常に確認する必要がありますし,有害事象が発生した場合は,第三者機関の評価を仰ぎ,試験治療との因果関係を評価して,研究の継続が可能かどうか判断しなければなりません。無事に症例登録が完了しても,データクリーニングやデータ固定を行い,事前に設定した解析計画に沿って研究仮説を検証して,その結果を論文・学会発表の形でまとめる必要があります(図1)。

図1 臨床疑問が検証されるまでの流れ
臨床研究者と研究支援組織の協働で進む

 このように臨床研究の計画から実施までにやらなければならないことは実にたくさんあり,中には複雑な手続きを要す作業もあります。臨床研究の専門家ではない臨床医が多忙な日常診療の傍ら,これら全てを一人でハンドリングできるでしょうか。不可能ですよね。そこで,PIとして臨床研究を進める臨床医と二人三脚で研究を作り上げていくパートナーが研究支援組織であり,そこに所属するのが生物統計家やデータマネジャーになります。

臨床医をサポートする研究支援組織

 研究支援組織とは文字通り「臨床研究の計画・実施を支援する組織」のことです。具体的には統計部門やデータマネジメント部門を備え,プロトコール審査委員会,独立データモニタリング委員会など,第三者による監視体制を有する組織です。プロトコール作成支援,臨床研究の品質管理のためのデータ管理,統計解析,臨床研究の事前評価および研究の進捗・安全性・有効性の評価・管理を行います(図2)。さまざまな組織が研究の計画段階から関与して,質の高い研究を遂行していくのが研究者主導臨床研究のイメージです。

図2 臨床研究に必要な組織(JORTCの例)
さまざまな組織が研究の計画段階から関与し,研究の質を担保する

 研究支援組織の歴史は古く,米国では1950年代から臨床+研究のサポートを目的とする組織が成立したとされています。わが国にも多数の研究支援組織があり,がん領域における日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group;JCOG)などがよく知られています1)

 研究支援組織は特定の領域の研究を重点的に支援することが多いため,当該領域の特性を把握しながらノウハウを蓄積し,より効率的な支援が実施できるようになります。またプロトコール,症例報告書(Case Report Form;CRF),データベースなどを共通化・標準化することで研究者の負担を軽減することも可能になります。

 本連載の共著者である生物統計家の小山田隼佑さん,データマネジャーの有吉恵介さんは,がんの支持療法・緩和ケア・補完代替治療などの研究を支援するNPO法人JORTC(Japanese Organisation for Research and Treatment of Cancer)のメンバーです。JORTCは,臨床研究の体制が未発達であった領域の支援活動を2012年から行ってきました。臨床研究検討会議が定期的に開催され,研究者とさまざまな領域の専門家との対話・ディスカッションを通じて,研究の計画・実施から解析・論文化に至るまでの各段階で得た多くの「実践知」を蓄えてきました。

本連載のスコープ

 本連載は,臨床研究をこれから始めようとする方,既に取り組んでいるがうまくいかず壁を感じている方を主な対象として進めていきます。そこで,臨床研究を計画・実施する上で考えておくべき内容である,研究デザイン,適切な患者選択,エンドポイントの設定,サンプルサイズの設計,診断・治療の標準化,欠測・経時的データの扱い,法令順守・臨床研究法への対応,研究ロジスティックスの構築などについて,実例ベースで学べる構成を予定しています。

 この連載を通して,教科書などで学ぶだけでは習得の難しい臨床研究の「実践知」を身につけていただければ幸いです。そして,読者の皆さんが日々の臨床現場で得た洞察を反映した質の高いエビデンスがたくさん発信されていくことを楽しみにしています。連載を通じてこれから一緒に学んでいきましょう。

今回のポイント

・研究責任者(PI)と二人三脚で研究を作り上げていくパートナーが,研究支援組織である。
・研究支援組織は当該領域の特性を把握し,ノウハウを蓄積していくことで,より効率的な支援が実施できる。

つづく

参考文献
1)福田治彦,他.がんの研究者主導臨床試験グループにおける臨床研究支援体制――データマネージメントと組織運営について(共同発表).臨研・生物統計研会誌.2009;29(1):1-9.

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