医学界新聞

寄稿

2018.11.19



【寄稿】

災害後のエコノミークラス症候群対策
相次ぐ災害で得た教訓と必要な備えとは

榛沢 和彦(新潟大学大学院医歯学総合研究科先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授)


 災害後のエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症,venous thromboembolism;VTE)による死者が出たのは新潟県中越地震(2004年)と熊本地震(2016年)である。また,東日本大震災(2011年)などでも深部静脈血栓症(deep venous thrombosis;DVT)の増加が報告された。相次ぐ災害から,災害後のVTE増加には2つの時間的ピークがあるとわかってきた。

発災直後の肺塞栓症に警戒を

 新潟県中越地震では約10万人が一時的に避難し,うち半数が車中泊した。われわれと肺塞栓症研究会が調査した結果,肺塞栓症(pulmonary embolism;PE)による死亡が大きく報じられた発災8日後まで,PE発症者は増え続けていた。搬送された14人は全て女性で,多くが被災前は健康だった。PEによる死者7人は全員女性で6人は50歳以下,3人が睡眠導入薬を服用しており,7人全員が夜間にトイレに行っていなかった。

 震度7の地震が2度発生した熊本地震では,約20万人が一時的に避難し,車中泊は8万人を超えたと推測されている。本震発生の2日後までに少なくとも18人がPEを発症し,全員が車中泊していた。発症者は本震4日後,PEによる死亡がマスコミによって報道されるまで増え続けた。本震当日および翌日に済生会熊本病院に搬送された10人の重症PE患者は30代~70代で,平均56歳,うち女性が8人を占めた。また,報告されている発症者の中に重篤な疾患を合併していた人はいなかった。

 これらの報告ではPE発症の危険因子は車中泊,女性で,発災翌日~5日後が発症のピークだった。比較的若い40代~60代で多く発症し,疾患はほとんど合併していないこともわかった。また,マスコミ報道による注意喚起で発症が減少することも明らかだ。

長引く避難生活でリスク高まる深部静脈血栓症

 次にDVTについて災害ごとに述べる。新潟県中越地震でわれわれは,PEによる死亡が報道された直後から被災地でのDVT検診(写真❶)を開始した。主に車中泊の避難者を対象にエコー検査でDVTを検索し,弾性ストッキング着用を指導した。その結果,発災14日後までに受診した車中泊避難者の69人のうち19人(27.5%)に下腿DVTを認めた。

写真❶ 被災地でのDVT検診(右は筆者)

 東日本大震災では津波被害が広範囲にわたった。地域によって復旧の程度に差があったこと,また遠隔地避難所も多かったことから,下腿DVTの陽性率には各地で差があった。われわれが発災5日後に始めたDVT検診で最大陽性率を記録したのは発災11日後であり,避難者人数が最大となった発災2日後とは約10日間の差を認めた。DVTが地震と直接関係したものであるなら早い時期に最大陽性率を記録するはずだが,避難した約10日後に最大を記録したことから,DVT発症は長引く避難生活の影響による可能性が高い。

 熊本地震では熊本大,熊本市民病院のチームが中心となり日本臨床衛生検査技師会の協力もあって,大規模なDVT検診が行われた。PEの新規発症者は前述のように本震4日後頃から減少に転じたが,DVTは本震12日後まで増え続けた。

対策は発症ピークに合わせて

 以上のように災害後のVTE発症には,発災翌日~5日後までのPEのピークと,発災10日~2週間後までのDVTのピークがある。発災翌日~5日後までは,ライフライン途絶による水・食料不足からの脱水,余震の恐怖による交感神経刺激亢進に伴う血液凝固能亢進,車中泊による静脈うっ滞などで生じたDVTが増悪してPEを引き起こすと考えられる。この時期に発生するPEについてリスクがある人を特定するのは時間的に難しいため,術後PE予防と同様に,被災者で40歳以上であれば誰でも危険性があると考えて予防すべきだ。その際に,弾性ストッキング着用も有用である。車中泊では下肢下垂して寝る場合があるため,夜間の着用指導も必要だ。

 新潟県中越地震,熊本地震ではマスコミ報道によりPE発症が減少したことから,発災後はなるべく早く,被災者,特に車中泊避難者に向けてのような注意喚起が必要である。

 被災者にすべき注意喚起
  • なるべく車中泊しない
  • 車中泊する場合は足を下げず,できるだけフラットにして寝る
  • 数時間おきに外に出て歩く
  • 下腿をマッサージする
  • 水分を十分に取る
  • 衣服で体を締め付けない

 行政や避難所運営者は車中泊を認めた場合,トイレの数を十分に準備する,ペットボトルの水などを目につく場所に置いて供給する,食事を車中泊の人にも行きわたるよう避難所の定員よりも多く準備するなどの対応が必要だ。

 医療従事者は車中泊の危険性を周知するとともに,車中泊避難者に弾性ストッキングの着用指導を行う。避難所内でもVTEの予防活動を行い,下肢腫脹,6か月以内に手術や出産を経験,VTEの既往がある者などには弾性ストッキングの着用指導を行う。避難が2週間以上にわたる場合には高齢者の不活発によるDVT発生が予測されることから,運動指導も必要となる。

直近の災害で見えた段ボールベッドの有効性

 欧米人は日本人よりもPEが5~10倍以上多いことが知られているが,災害後のPE多発の報告はほとんどない。唯一あるのは1940年,第二次世界大戦時のロンドン大空襲だ。当時ロンドンには大きな防空壕がなかったため,大勢の市民が地下鉄の駅構内に逃げ込んだ。その数は最大17万7000人に及んだ。駅構内では混み合っての雑魚寝が6か月以上続いた結果,PEによる死亡が前年の6倍に増加したことが報告された。これを重視した英国政府が簡易ベッド20万台を駅構内に設置したところ,肺塞栓症の増加はなくなった。これは避難所でのPE予防に簡易ベッドが有効であることを如実に示唆している。

 われわれがDVT検診を実施した能登半島地震(2007年),新潟県中越沖地震(2007年),岩手・宮城内陸地震(2008年)の避難所では,運動指導や飲水指導がなされていたにもかかわらず多くのDVTが見つかった。欧米の避難所との比較から,簡易ベッドの使用がDVT予防になるのではないかとの結論に至った。そこで,東日本大震災で避難所の寒さ対策として開発された段ボールベッド(写真❷)を,環境改善とDVT予防のために使用することを提唱し,発災後の速やかな段ボールベッド導入を推進してきた。

写真❷ 避難所に設置された段ボールベッド

 広島土砂災害(2014年)と関東・東北豪雨災害(2015年)では避難所における段ボールベッドの使用率とDVT陽性率が逆相関していたことを突き止め,「避難所運営ガイドライン」(内閣府,2016年)に簡易ベッドの確保が明記された理由のひとつになった。

 2018年に発生した西日本豪雨災害と北海道胆振東部地震においては,早期から避難所への段ボールベッド導入が試みられた。しかし西日本豪雨災害では備蓄がなかったため,比較的要請の早かった愛媛県西予市でも避難者全員が段ボールベッドを使えたのは発災7日後,倉敷市真備町で9日後であった。一方,北海道胆振東部地震では日本赤十字北海道看護大に段ボールベッドの備蓄が400台あったこと,厚真町からの要請が早かったことなどから,発災3日後には厚真町の避難所で段ボールベッドが使えた。

 DVT検診は,西予市では発災21日後,厚真町など北海道胆振東部地震の被災地では発災5日後,11日後,18日後に実施された。段ボールベッドの導入により,今までの災害被災地よりも総じてDVT陽性率は低かったが,特に厚真町の避難所で陽性率が他よりも低かった。この差は段ボールベッドの導入時期による可能性が高い。というのも欧米では発災後3日以内に避難所への簡易ベッド設置を義務付ける国が多いこと,また入院患者では3日以上ベッド上安静とするとDVTが多く発生することなどからである。

 日本では避難所への簡易ベッド設置の優先順位はまだ低く,導入まで時間がかかるのが実情だ。しかし災害時のDVT予防には簡易ベッドは発災後3日以内に設置すること,それも避難者全員が使用できることが望ましい。そのためには欧米と同様,ある程度の数の簡易ベッドを国や自治体などが備蓄しておく必要があろう。


はんざわ・かずひこ氏
1989年新潟大医学部卒。東日本循環器病院心臓血管センター心臓血管外科,新潟大大学院医歯学総合研究科講師などを経て,2018年より現職。避難所・避難生活学会代表理事。04年に発生した新潟県中越地震の被災地にてエコノミークラス症候群の無料検診を行う。以来,相次ぐ災害の被災地で検診を行うほか,避難所への簡易ベッド設置の必要性を訴える活動を続けている。

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