医学界新聞

2018.11.12



日本で高まるMPH活躍への期待


 2000年に日本初の公衆衛生大学院が京大に設置されて以来,公衆衛生大学院の数は増えている。2017年に国内5校目の公衆衛生大学院を設置した聖路加国際大は2018年10月21日,公衆衛生学修士(MPH)に関心を持つ人を対象に,公開シンポジウム「公衆衛生学修士のキャリア」を開催した。MPHで医療経済学・医療政策学が専門の津川友介氏(米カリフォルニア大ロサンゼルス校)による基調講演と,MPHの活躍を期待する4人が登壇したパネルディスカッションの模様を報告する。


持続可能な医療の達成にはMPHの役割が不可欠

津川友介氏
 アフリカでのエボラ出血熱の流行,地球温暖化が関与する豪雨災害,増加する医療費,世界的に注目される医師のバーンアウト――。津川氏は講演の冒頭,MPH課程で学ぶ公衆衛生学を,こうした問題を探究する疫学や国際保健学,環境衛生学,医療政策学(医療経済学),医療管理学などを含む分野横断的な学問と位置付けた。

 公衆衛生と医療の違いは何か。両者の目的は健康な社会の実現をめざす点で重なるものの,公衆衛生は集団を対象に環境・行動変容的介入を,医療は個人を対象に医学的ケアを提供するという差がある。医学教育で公衆衛生学を十分に扱うことは難しいため,集団の健康対策に必要な学問を専門に教える公衆衛生大学院の役割は大きい。氏は,「公衆衛生大学院で学んだ専門家が公衆衛生を担うのが世界的潮流で,日本もいずれそうなる」と分析した。

 講演の後半は,専門の医療経済学を紹介した。「総医療費=P(医療行為の単価)×Q(量)」という分析の基本式と,「予防医療のうち医療費抑制に有効なのは2割」など医療費に関するエビデンスを話した。社会保障費の在り方や働き方改革などの社会問題に対して,エビデンス創出と政策に関与する変革者が必要と訴え,「日本が『持続可能な医療』を達成するには,公衆衛生大学院とMPHが不可欠」と結んだ。

現場から国際保健,政策まで

 パネルディスカッション「MPH取得者を採用する立場から」では,病院の人材開発,国際保健,国際共同治験,医療政策を担う4人が登壇。それぞれの場でMPHに期待する役割が紹介された。

 病院の人材採用にかかわる福岡敏雄氏(倉敷中央病院)は,1990年代から同院が研修体制を整えられた理由と,近年同院内で抗菌薬の適正使用が進んだ背景に,人材の適切な配置を挙げた。病院の価値を高めるため,MPHには定量的,確率的,分析的視点からの改革を期待し,MPHが臨床家の視点を研究や教育,政策に反映させる必要性を提言した。

 小児科医でWHOガイドライン作成にかかわるクララ・ファン・ヒューリック氏(インターナショナル・ガイドライン・プロダクション/国境なき医師団)は国際保健の現場での経験を交え,MPHの活躍の場を紹介した。開発途上国での診療だけでなく,各国の状況を踏まえたガイドライン作成にも,MPHが持つ疫学や国際保健学の知見が大きな強みになると述べた。

 国際共同治験を進める飯山達雄氏(国立国際医療研究センター)は,世界の臨床ニーズを踏まえた医薬品・医療機器の研究開発におけるMPHのかかわりを発表した。各国の規制やリソースの制限がある中での国際共同治験の推進には,学際的な戦略が必要となる。国際感染症対策の例を挙げ,開発戦略や試験デザイン,データ解析に幅広い見識を生かしてほしいと語った。

 「MPHにはエビデンスに基づく厳正な議論を提供してほしい」と話したのは,医療政策の立場から登壇した小野崎耕平氏(日本医療政策機構)。食生活や雇用環境,アルコール摂取状況など,疾患の発症以前に原因がある患者は少なくない。氏は,自動車運転免許制度・信号機設置等の政策により死亡者数を減らした交通安全分野のように,医療政策の枠組み作りへのMPHの活躍に期待を寄せた。

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