医学界新聞

寄稿

2018.11.12



【寄稿】

余命に関するコミュニケーションをどう行うか(後編)
信頼関係を築くコミュニケーションとは

大須賀 覚(米国エモリー大学ウィンシップ癌研究所)


 前編(第3292号)では,余命宣告はなぜ不正確になるのかを解説しました。後編では,余命宣告はなぜ問題を起こすのかについて,特に医療者と一般の方のデータのとらえ方の違いを踏まえて解説します。その上で,余命に関するコミュニケーションをどのようにとるべきかを考えます。

コミュニケーションの失敗が余命宣告のトラブルを生む

 余命宣告はさまざまな問題を起こします。これは医師側と患者側の余命推定データのとらえ方の違いから起こります。どのようなトラブルが起こるのか,いくつかの例を挙げます。

 多いのは,伝えた余命と実際の死亡時期が異なり,患者の家族とトラブルになることです。余命を約1年と伝えたのに1か月で亡くなり,治療が不適切だったのではと糾弾されることがあります。

 逆のパターンもあります。余命6か月と伝えたのに,3年たっても存命であったような場合です。本来は喜ばしい状況ですが,患者さんは余命6か月と聞き,もうダメだからと財産などを処分。その後の生活資金がなくなり途方に暮れ,医師を訴えるケースが実際に起こっています。これらの事実をよく知る必要があります。

 トラブルの多くは,医師・患者間のコミュニケーションの失敗から起こっています。医師側はもちろん,データに基づいて予想される値を丁寧に伝えます。しかしそれでは不十分です。 患者側の余命のとらえ方を無視したために,認識の乖離が生まれてしまっているのです。

患者・家族のデータのとらえ方を理解する

 余命宣告に関するトラブルが起こる原因は多々ありますが,重要な原因の一つは医師側と患者側の“数値”のとらえ方の乖離です。前編でも触れましたが,癌患者の予後データは正規分布せずに,広範にバラけることが多いです。

 ここに例を示します。図に黒線で示した生存曲線を見てください。このデータは,一般的によく見られる進行癌患者における生存データを模して私が作成した生存曲線です。中央値(50%の患者さんが亡くなるとき)は12か月です。ただ,この中央値周辺に死亡時期が極端に集まるわけではなく,最初の6か月時点で40%近くが亡くなり,逆に24か月を過ぎても20%以上が生存しています。医師はこのような現実を頭に描き,中央値を使って,「平均的には12か月前後ですが,とても早く亡くなってしまう方も,逆に長期に生きられる方もいます」と説明します。

 患者側の余命推定値の受け取り方
実際の生存曲線では,中央値12か月の前後に亡くなるタイミングは集中していない。しかし,患者側は「12か月前後で多くの人が亡くなる」ととらえる人が多く,医師・患者間の余命のとらえ方に乖離が生じる。

 では,患者側はこの説明をどう受け取るでしょうか? 緑色で示した生存曲線が,多くの患者がこの説明で想像するものです。先ほどの医師の説明に対して,「ほとんどの人は12か月の前後数か月で亡くなってしまうであろう」,「余命宣告されたということは生き残る人は一人もいないであろう」と感じてしまいます。

 一般の方は,医師が触れる生存曲線のように広範なバラつきを持つデータに実社会で出会う機会は少なく,研究などにかかわった経験がなければ,緑色で示したような分布をするものと想像してしまうのです。ここに医師・患者間で大きな認識の乖離が生まれます。

 一般の方は日常生活で多くのデータに触れます。「この携帯の電池はフル充電すると18時間持ちます」とか,「この食品の賞味期限は10日間です」などです。これらの多くは特定の値の周辺に極端に分布したデータです。携帯の電池は18時間の前後数時間で切れるでしょう。1時間で切れてしまうのが20%もあるはずはありませんし,30時間以上持つものが20%もあるはずはありません。一般の人が触れるデータは電化製品などに見られる極めて均一なものが多く,バラつきがあまり存在しません。一方で医療のデータは,人という極めて個人差の大きい集団に対して,多数の因子(治療・腫瘍組織・局在)が複雑に絡んだものですので,特殊なデータ分布となります。

 このようなとらえ方の違いがあるため,実際の生存曲線にはバラつきがあることを説明しても,患者はまさかそんなに異なるとは思いません。宣告された余命より極端に早く亡くなってしまえば治療がおかしかったと感じ,極端に長くなることなどあり得ないと思ってしまいます。

 患者側のとらえ方の違いを理解せず,「私はちゃんと説明したのに患者側が理解していなかった」と怒るのは不適切です。癌の生存期間のように特殊なデータを数値だけで理解しろというのは,あまりに乱暴なのです。

「余命を伝えない」という選択

 では,余命に関する情報はどのように患者に伝えるべきでしょうか? そもそも余命を宣告すべきなのでしょうか? シンプルで完璧な答えは存在しません。癌の種類,治療オプションの数,患者・家族の考え方・感情,医師側の考え方などの複雑な要素が絡みますので,個人個人,状況に合わせて考えていくべきだと思います。

 何かの参考になればと思い,私が行っていたやり方の一例を紹介します。これは,進行癌の患者さんで,まだいくつか有効な治療オプションがある状況での説明です。全ての癌患者に適したものではないことにご注意ください。

 私は,何らかの数値を出す余命宣告は基本的にすべきではないと思っています。その理由は,このような特殊な分布をするデータを,一つの(もしくは幅を持たせた)数値を使うことだけで正確に理解させることはとても難しいからです。データ自体を見せても,進行癌の診断で動揺した患者・家族に正確に理解してもらうことは難しく,何らかの誤解を必ず生みます。また,余命宣告は患者・家族にとっての精神的負担も著しく重く,死刑宣告のようにすら感じる人もいます。そのような重い宣告を不正確な情報でわざわざ行うべきではないと思います。

 しかし,医師側は進行癌の患者に対して,厳しい予後を何らかの方法で伝える必要はあります。それは余命という不確実な数値ではなくて,もっと正確な情報で行うべきです。

真に伝えるべきことは治療の全体像

 余命の代わりに,医師は何を伝えるべきなのでしょう。進行癌と診断された患者さんに対して正確に伝えるべきなのは,予想される今後の治療の全体像です。治療の大事な分岐点(再発・合併症発生・追加治療など)がどのようなもので,どのようなタイミングで起こるかの予想です。

 例えば,最初の標準治療を受けてその後再発が起こるのは何%くらいの人なのか,それはいつごろ起こるのか,もし再発が起きたらどのような治療手段があり,どのような効果があるのか,どのくらいの期間安定した状態を保てるのかなどを伝えます。つまり,今後に広がる治療の分岐点や起こってしまうかもしれない悪いシナリオなどを丁寧に説明し,全体像をしっかりと伝えるのです。その説明の際は,正確に予想できるところがあれば,時間的な見通しも少し付け加えても良いかもしれません。

 しっかり説明すると,最初は「あとどのくらい生きられるのでしょうか?」と聞いていた患者さんや家族にも,「そんなにいろいろなパターンがあるのなら,今の時点ではどのくらい生きられるか予想できないですね」と,余命宣告にほとんど意味がないという本質をわかってもらえます。また,われわれ医師側が多くの経験をして,多数の知識・データに基づいて治療していることも理解してもらえ,信頼関係を築けるようになります。その後に続く難しい治療を共に歩んでいくスタートラインに一緒に立つことにつながるのです。

 医師と患者が進行癌という難しい病気に臨む場合に大事なのは信頼関係です。良い信頼関係を築くために最も必要なのはコミュニケーションです。進行癌と診断された患者さんに予後をお伝えするというとても難しい場面では,情報を正確に,ちゃんと理解できる形で伝えることが何より重要です。患者が誤解する可能性のある一つの数値を伝える余命宣告ではなく,もっと正確な情報に基づいて,全体像を丁寧に伝えるべきです。そうすることが医師と患者のしっかりとした信頼関係を築くことにつながります。

 今回の解説を若い医師たちが生かし,医師・患者ともに安心して治療を行えるようになることを祈っています。


おおすか・さとる氏
癌研究者。医学博士。2003年筑波大医学専門学群卒。かつては日本で脳腫瘍患者の手術・治療に従事。その後,基礎研究の面白さに魅了されて癌研究者に。14年より,米国で難治性脳腫瘍に対する薬剤開発を行う。臨床と基礎研究の両面を知る背景を生かし,一般向けに癌治療を解説する活動も行っている。ブログ:http://satoru-blog.com/

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook