医学界新聞

寄稿

2018.09.24



【視点】

大学院進学を目指す看護師の会

廣瀬 直紀(東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻 臨床疫学・経済学 修士課程1年)


 「ほんとはもっと勉強したいんだけどさ。私,難しいことわからないし,それに大学出てないから」

 私が病院で働いていたころ,一緒に看護研究を進めていた先輩がボソリとつぶやいた言葉であった。その言葉は,どこか諦念を響かせていたようにも思える。

 しかし私は,その諦念の裏に一筋の光を感じた。看護師の学ぼうとする気持ちは強い。ヘトヘトに疲れた勤務の後にも,勉強会,勉強会。問題があるとするならば,学び方だ。もし,看護師の学びたい気持ちをすくい上げ,各人に望ましい学びの場へとつなげることができたならば,看護の可能性はさらに広がるのではないか? そして立ち上げたFacebookグループが「大学院進学を目指す看護師の会」である。

 看護師が大学院進学を考えるとき,乗り越えるべき壁は高い。

 まず,周りに院進者が少ないため,情報が手に入りにくい。志望校の決め方,教授へのアポイントメントの取り方,研究計画書の書き方,入学後の生活スタイル,アルバイトの可否,卒後の進路,決めねばならぬことばかり。

 次に,病院の管理者や家族の理解が得にくい。師長や看護部長に院進を相談したところ,「臨床が未熟なのに,まだ早い」「いま辞められたら困る」と止められたという声はよく耳にすることだろう。また,看護師の大部分を占める女性においては,パートナーの仕事,子育てとの兼ね合いにおいて親族から寂しい言葉をぶつけられることもあるかもしれない。

 さらには,受験における学力に不安を感じる。入試で課され得る英語,統計,疫学。「そんなの今さら聞かれても」という方も少なくはないだろう。

 皆で知恵を出し合い,この壁を打ち破ることが,グループの目的だ。

 早速今年の7月にTwitterでメンバーの募集をかけたところ,参加希望の声でダイレクトメール欄があふれた。無名の私が思いついた実績のないグループにもかかわらず,約1か月で会員数は120人に。この反応は,まさに埋もれていた看護師の学びたい気持ちそのものであるように感じる。各人が志望校,研究テーマを添えて自己紹介し,「その先生はもうご退職されたらしいよ」「私,そこの学部出身だけど,そのテーマなら○○研究室がいいかも」と会話が広がった。

 メンバーの中には既に大学院に所属する看護師もおり,近しい専門を目指す者がいれば,個別に連絡を取り合い,メンターとして相談に乗っているようだ。できたばかりのグループで,メンター側のマンパワー不足は否めないが,今後グループの中から院進者が増えてくれば,それも補えるだろう。

 本グループの強みは,①無料であること,②メンバーには地方在住の看護師が多く,首都圏以外の大学院の情報も蓄積され得ること,③臨床看護師,院生間での交流のため,特定校の教員による情報のようなバイアスが入りにくいこと,④受験対策や大学院の選び方,進学費用など,実践的な情報の提供に力を入れていること,の4点である。

 加えて,「大学院看護師たちの語り」というポータルサイトを立ち上げた。全国の大学院看護師が自身の院進経験を執筆する。特徴は病院との退職交渉や資金のやり繰り,家庭生活との両立など,プライベートを赤裸々に語ることにある。表面的に大学院を紹介するのみでは院進に苦労する看護師の参考にはならない,と判断したからだ。

 生まれたばかりの未熟なグループであるが,いずれは看護師の自己実現の一助となり,結果として病む人々の癒える力を支え得るグループになれば良いなと,恥ずかしながら願っている。


ひろせ・なおき氏
2009年東大入学。文学部進学後,3年間の役者活動を経て,医学部健康総合科学科へ転学。卒後に佐久総合病院で看護師および劇団部員として活動。18年4月より東大大学院修士課程に在籍している。連絡はnaoki.hirose70@gmail.com(メールを送る際,@は半角にしてご記入ください) またはTwitter:@_vol_de_nuitまで。

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