医学界新聞

寄稿

2018.09.17



【寄稿】

人工知能を用いた医療機器の現状と日本の国際競争戦略

三宅 正裕(京都大学大学院医学研究科眼科学教室 特定助教)


 数年前からさまざまな分野で流行し,ここ1~2年で本邦の医療界においてもバズワードとなったのが人工知能(AI)である。

 現在のAIブームの基幹技術であるディープラーニングの台頭は,ブロックチェーンやInternet of Things(IoT)の台頭と併せて,第4次産業革命と呼ばれるほど歴史的に見ても大きなうねりであり,全世界的に競争が繰り広げられている。この結果,この分野は週単位(あるいは日単位)で進展しており,最も難しいボードゲームとされる囲碁において,Googleのアルファ碁が,人類最強の棋士と呼ばれた柯潔を3連勝で下したセンセーショナルな事例は,たった1年前であるにもかかわらずはるか昔の出来事のように思われる。

 医学領域においてもそのスピードは例外ではない。厚労省で行われた「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」の報告書がまとまったのは2017年6月末のことで,その時点では画像診断AIが当局の承認を受けて実用化されるのはまだ先と見込まれていた。しかし,米国食品医薬品局(FDA)はこの分野に非常に意欲的で,2018年4月にはディープラーニングを用いたAI診断医療機器プログラムを初めて承認した。

 当該プログラムの用途は眼底写真からの糖尿病網膜症判定に限られ,感度・特異度とも90%前後と,プログラムの性能自体は十分とは言い難い。それでも,FDAがこの分野にスピード感を持って対処していくことを世界に示した点には大きな意味があるし,リスクが許容可能なレベルであればまずdeployしてみるという考え方もこの分野においては合理的だろう。

ここ数年で続々と上梓された画像診断AIに関する重要論文

 このような流れの背景として,ここ1~2年で上梓されたAI/ディープラーニングに関する種々の医学系学術論文がある。本稿では,いくつかをピックアップして流れを追うことにする。

 まず挙げられるのは,2016年12月にJAMA誌に発表された糖尿病網膜症グレード分類の論文だろう〔PMID:27898976〕。ここでは12万8175枚の眼底写真を学習させてAUC 0.990以上を達成し,一部の眼科医には劣るものの遜色ないパフォーマンスを出せることが示された。

 2017年2月のNature誌では12万9450枚の皮膚病変を学習させて角化細胞癌や悪性黒色腫を判定させたところ,AUC 0.91~0.96を達成し,ほとんどの皮膚科医を上回ったと報告された〔PMID:28117445〕。また,同年12月のJAMA誌では,乳癌のリンパ節転移の有無についてwhole slide imagingからの判定をAIと病理医で競わせた結果,時間制限がある場合はAIのほうが大幅に精度が高く(AUC 0.994 vs. 0.810),時間制限を設けない場合でも同程度という結果であった〔PMID:29234806〕。

 この他の重要な論文としては,2018年2月のNature Biomedical Engineering誌とCell誌への報告がある。詳細は割愛するが,前者は眼底写真から年齢・性別・心血管イベント発症など,人間の医師では判定できないものが一定の精度で判別できたとする報告〔Ryan Poplin, et al. Prediction of cardiovascular risk factors from retinal fundus photographs via deep learning. Nat Biomed Eng. 2018;2:158-64.〕。後者は転移学習の手法を用いることで,少ない学習データから高精度のAIを作成することができたとする報告である〔PMID:29474911〕。

勝負の土俵は既に変化,後れを取る日本が進むべき道は?

 こういった流れの中,FDAは実臨床での応用を加速するため,プログラム医療機器の承認プロセスを現状に合わせて大胆に見直す施策を実施している。

 Digital Health Software Precertification Pilot Program(通称Pre-Cert Pilot program)と名付けられたこの施策では,プログラムの設計・検証・モニタリングの手法等に関して企業ごとに事前に審査し,「FDAの定めるPre-Cert水準を満たす」と認定された企業が申請するプログラム医療機器については承認にかかる手続きを簡略化することをめざす。Pre-Cert水準を定めるためのこのパイロットプログラムには,Apple社,Fitbit社,Johnson & Johnson社,Pear Therapeutics社,Phosphorus社,Tidepool社,Verily社,Roche社(スイス),Samsung Electronics社(韓国)の9社が選定されており,残念ながらここに日本企業の名前はない。

 日本の研究開発動向に目を向けると,ニュースで表に出ているものだけでも多数のプロジェクトが見つけられることから,小さいものまで含めたプロジェクト数としてはそれなりの数が動いていると思われる。しかし,ここで日本企業が留意しなければならないのは,既に国際的には勝負の土俵が変わりつつあるという点である。つまり,ここ1~2年に上梓された論文によって,データさえあれば一般的なディープラーニングの手法を用いるだけでかなりの精度を出すことが可能であることが示されたことから,種々のAIを実験的に作成するフェーズは概ね終了し,実用化・持続性・質の高いデータ収集のための,ルール作りおよびプラットフォーム作りのフェーズに入っている。

 本邦はAI開発に関して世界に後れを取っているが,今後世界に伍して国際展開を図るために今やるべきことは,個別のAIを作り上げることではないだろう(もちろんそれも重要ではあるが)。データさえあれば高性能のAIが作れてしまう現在,よほどのプレミアムがないと他国のAIを輸入しようというインセンティブが働かないため,企業・行政・アカデミアが協力してルール作りおよびプラットフォーム作りを進め,より得難い教師データ(例えば長期予後等)を,信頼性・透明性を確保しつつ収集・実用化していくことが重要である。

 国民皆保険下で蓄積された本邦のデータには刮目すべき点が多く,ルールとプラットフォームを早急に固めることで現在の後れを取り戻すことができると筆者は考えている。

AIでの活用を見据え,学会主導でプラットフォームを構築

 ユニークなデータを収集するためのプラットフォーム作りには,各企業がそれぞれの製品ネットワークを用いること(アプリを通じたデータ収集,検査機器からのオンライン収集等)が有効であるが,柔軟に構築できる反面,その他の臨床情報の取得に手間がかかるという問題がある。

 一方,一般的に診療で用いられるデータを収集するためのプラットフォームについては,2016年度より日本医療研究開発機構(AMED)の支援の下,学会主導で画像等データベース構築が行われている。当初は日本病理学会,日本医学放射線学会および日本消化器内視鏡学会の3学会で開始され,現在は日本眼科学会,日本皮膚科学会および日本超音波医学会が加わったことで,計6学会がAI作成への活用を見据えたデータベースを構築中である。

 学会ごとに実施内容はやや異なるが,筆者の所属する日本眼科学会のプロジェクトにおいては,眼科部門カルテのベンダー大手4社と協力し,人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に基づき各施設の部門カルテから日本眼科学会クラウドデータサーバーへと自動的にデータを収集するシステムを構築しているほか,日本眼科医療機器協会(※ほとんどの眼科関連医療機器メーカーが所属)と密に連携してデータ出力の標準化を行っている。

 眼科医療機器は国内メーカーのシェアが世界的に高いものが多く,一部のデータ出力形式は既に本邦主導での国際標準化(ISO)規格制定を進めている。さらには,病院情報システムからの情報も収集するため,日本医療情報学会との連携を開始したところである。

 プラットフォームの完成にはまだ少し時間を要するが,可能な部分から研究者への提供や企業での利活用を進めていけるよう各種課題を解決していきたい。

 以上はあくまで現時点での見解であり,今後の技術の進展により短期間で見解が変わる可能性がある。例えば転移学習の進展やアルゴリズム進展に伴う学習効率の向上等により,必要な学習データがむしろ少なくなる可能性がある。その一方で,アノテーション付与の自動化やアルゴリズム進展による学習速度の向上,コンピュータパワーの増大等のスピードが速ければ,さらに大量のデータで学習させる動機付けとなるかもしれない。

 随時情報をアップデートし,来るべき未来に備えたい。


みやけ・まさひろ氏
2006年阪市大医学部卒。神戸市立中央市民病院初期研修医,京大病院眼科修練医などを経て,米ハーバード公衆衛生大学院修了。15~17年には厚労省にて先進医療や診療報酬,AMEDにて医療研究開発に携わった。17年より現職。近視・黄斑疾患・網膜硝子体等を専門として診療に従事。研究面では臨床研究,ゲノム・疫学研究,AIを主とする。日本眼科学会戦略企画会議(次世代医療)委員。Twitter:@eyemiyake

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