医学界新聞

連載

2018.08.06

 高齢者の「風邪」の診かた
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ

風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。

[第八回]早期内服治療,早期帰宅の戦略 標準治療から“治療しない”まで

岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道科学大学薬学部客員教授)


前回よりつづく

 前回(第3279号)は,新しい感染症治療戦略として「エンピリックから抗菌薬をややnarrowに攻め,EscalationとDe-escalationを上手に組み合わせる」について解説しました。common diseaseではDe-escalationが難しい場合が意外にも多いこと,高齢者は耐性菌のすみかとなっていることが多く培養結果だけでは菌の真の関与の判断は難しいこと,そして,「その菌を治療の対象としなくても良くなったという経過」だけがその菌が関与していなかったと判断できる唯一の方法だという難しさを確認しました。培養で出てきた微生物の全滅治療戦略では人間に到底勝ち目がないことは,現在の薬剤耐性菌の拡大・新薬製造の難しさからも容易に予測可能です。そのためにも重症度評価とその予測が重要となりますが,ここがクリアカットには表現しにくいです。全てを「高齢者だから重症化しやすい」とせず,点ではなく時間軸でとらえ,狭域抗菌薬で注意深く経過を診る戦略が大切です

 さて,今回は「早期内服治療,早期帰宅の戦略」について解説します。自分も日々の高齢者診療で,「どこのラインの感染症治療をめざすか?」を患者さんごとに判断しています。特に高齢者感染症でその落としどころを考えるときには,この戦略はとても重要であると日々感じます。

CASE

高度認知症があるが,日常生活は軽介助で施設入所中の78歳女性。人工股関節置換術の既往あり。2日前からの発熱,本日から様子がおかしくなり救急受診。X線撮影で肺炎像認めず。明らかな症状はなかったが,尿検査で膿尿を認めたため尿路感染症(UTI)の診断でセフォチアム投与を開始した。翌日には解熱。3日目に血液培養と尿培養から感受性が同じ大腸菌が検出されたため,アンピシリンにDe-escalationとなった。しかし,入院後からせん妄が強く,不穏になりベッドから転倒しそうになった。また食事も拒否し,全くとらなくなった。

高齢者では標準治療が理想の治療とは限らない

 高齢者ではいわゆる「標準治療」がベストな治療ではないことが多々あります。というのも,いわゆる標準治療の土台となる質の高いエビデンスは非高齢者を対象とした臨床研究が多く,高齢者の大規模RCTは多くありません。さらに高齢者は患者ごとにさまざまな基礎疾患があり,ADL低下や認知症などの加齢性変化の程度はさまざまで,極めて多様性があります。このような多様性が高い高齢者では,質の高い臨床研究自体に難しさがあるでしょう。つまり,多くのエビデンスは目の前の高齢者には対応していません。よって,高齢者診療ではいわゆる標準治療をめざしすぎると,弊害ともいえるさまざまな事象が起こってしまいます。

 これは感染症診療でも同じだと感じます。高齢者の治療ではのように,「標準治療」から「治療しない」までのどこのラインで治療するか? を患者ごとに決めることになります。ここで注意したいのは,高齢者だからはなから標準治療はしないであろうと,標準治療を知らなくてもいいのではありません。また,「治療しない」とは「何もしない」ことではありません。積極的な緩和治療を忘れないようにしましょう。

 「標準治療」から「治療しない」まで,どのラインで治療をするか

 全てのラインのエビデンス,特にそれぞれのラインのメリット・デメリットに精通していなくては,高齢者診療の落としどころは判断できません。高齢者診療ほど医師の力量が問われる領域はないでしょう。

common diseaseでの感染症診療における落としどころ

 例えば,クラシカルには,菌血症を伴う場合は原則10~14日間は抗菌薬の点滴治療とされています1)。しかし,急性期病院に高齢者を2週間入院させると日に日にADLが低下し,認知症も進行します。このようなことが起こり得るパターンで最も多いのはCaseのようなUTIです。これを防ぐためにも早期に帰宅としたいところです。しかし,非劣性試験はあっても,点滴治療よりも優れている内服抗菌薬治療は原則存在しません。バイオアベイラビリティに注目すれば,点滴も内服も変わらないと考えられる抗菌薬は存在します2)。しかし内服抗菌薬を用いる場合には,バイオアベイラビリティ以外の相互作用により吸収率が落ちるという問題があります。加えて,内服抗菌薬の多くはドーズダウンすることを忘れないようにしましょう。

 さらに,高齢者では,「治療しない戦略」もあり得ます。高度認知症高齢者の肺炎では,抗菌薬治療により生存期間は延びるが,その代償として症状緩和が犠牲になるという報告3)だけではなく,UTIでも「治療しない選択肢」と「治療する選択肢」の予後が大きく変わらないというデータもあります4)。このように,積極的な治療をしない選択肢もあることを考えると,質の高いエビデンスがないからと言って「早期に内服抗菌薬治療とする戦略をとってはいけない」とはならないと感じます。実際,高齢者治療では内服治療への積極的なスイッチが患者さんのためになることを日々実感します。ただし,そのような戦略をとる場合には①病態により注意する点,②患者・家族への説明で注意する点があると忘れないようにしましょう。

内服スイッチ注意点:①病態

 まず,①病態で注意する点を確認します。のような病態の場合は,内服治療にするとしても,可能な限り点滴治療を長めにしたいところです。菌は微量でも,人工物にバイオフィルムを形成し定着しやすいです。エキスパートオピニオンとして,人工物がある場合の菌血症では4週間の点滴治療を推奨する声も聞きますが,長期抗菌薬使用による薬剤耐性菌の出現やクロストリジウム感染症の懸念などから,内服治療でもそこまでやるかはとても悩ましいと言わざるを得ません。血管親和性が高い微生物も注意が必要です。心臓など他部位への感染リスクも高まります。

 早期内服戦略の際に注意する病態

 このような病態で早期内服にした場合は,基本的には点滴治療からカウントして「標準治療×1.5~2」の治療期間を検討しても良いでしょう。しかし,血管内に人工物がある場合には,4週間治療を検討しても良いと考えます。

内服スイッチ注意点:②患者・家族への説明

 高齢者診療では積極的な内服治療戦略をとるメリットをたくさん感じます。しかし,それは標準治療ではありません。よって,患者・家族へはデメリットの丁寧な説明が重要です。

 まず,高齢者で菌血症を伴う感染症での早期内服治療に対する明確な答えはありません。嘘をつかずにそう伝えます。入院して身体拘束された状態で点滴治療を長期間すると,ADLが低下し認知症などが進行すること,また,環境の変化だけでも不穏や食欲低下の原因となることも説明しましょう。そして,点滴治療が標準治療ではあるが,内服治療へと早期に変更し,もといた環境に帰ることこそ患者にとってベストな治療の一つであることを説明し,患者・家族がその方針で良いとすれば,リスクはゼロではないがこのような戦略をとることが大切であると確認しましょう。高齢者診療では患者・家族と医療者で,標準治療以外の治療方針に関して良好な関係を築けるか? のコミュニケーションこそ大切です。

 改めて繰り返しますが,「高齢者だから早期内服治療」ではありません。ADLに問題がなく認知症でもなければ,基本的には標準治療をめざす姿勢は忘れないようにしましょう。

CASEへの対応

菌血症を伴うUTIだが,不穏・食事拒否もあり,内服治療へスイッチし退院とした。キノロン系抗菌薬の短期間治療(7日間)の選択肢5)もあるが,UTIを今後も繰り返す際に耐性菌関与が懸念されることや,経過が良いUTIだったこともあり,アモキシシリン1回500 mgを1日4回へと変更。人工関節も入っていたため,人工関節への感染の可能性も説明した上で,点滴治療から内服治療まで合わせて2週間しっかりとった。

今回のまとめ

■「標準治療」から「治療しない」のどこで落とすか? は全てのラインの治療におけるメリット,デメリットを知っているから決断できる
■ADL低下,認知症の悪化などが懸念される場合は,早期の内服治療で早期にもといた環境へ
■点滴治療を長めにとりたい病態:人工物のある患者(特に血管内),膿瘍性病変,血管親和性が高い微生物の感染症
■ADLに問題がなく認知症もなければ,基本的には標準治療をめざす姿勢は高齢者診療でも変わらない

つづく

参考文献
1)Trials. 2015[PMID:25903783]
2)岸田直樹.誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた.医学書院;2012.
3)Arch Intern Med. 2010[PMID:20625013]
4)J Am Geriatr Soc.2015[PMID:26613981]
5)Lancet. 2012[PMID:22726802]

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