医学界新聞

連載

2018.04.23


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第160回〉
人生の最終段階における意思決定

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 私の同僚であったAが先日亡くなった。がんの転移による疼痛が激しく歩くこともままならぬ状態になっても,車椅子で出勤していた。痛みのコントロールのため入院したと聞いた数日後に,訃報が届いた。

 Aは彼女の親友であったBに,「人生の最終段階」について話していた。地方に住む高齢の親に連絡を取ろうとしたBを制し,都会の病院の病室で冬の日の早朝,息を引き取った。「生き抜いたと(親に)伝えてほしい」とBに言い残したという。Aの生前の希望により,東京で荼毘に付され故郷に帰った。

 Aと共に会議をした場所に行くと,「生き抜いて」死んだ彼女の穏やかな面影が今も現れる。そして,どうしてあのような強靭な意思決定ができたのだろうかと思う。

ガイドラインで示された医療・ケアの決定プロセス

 厚労省は,2018年3月に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」改訂版(以下ガイドラインと略す)を公表した。名称は「終末期医療」(2007年)が「人生の最終段階における医療」(2015年)に,さらに今回は「医療」が「医療・ケア」に変更された。

 この検討は,「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」にて行われた。近年の高齢多死社会の進行に伴って在宅や施設における療養や看取りの需要が増大したこと,地域包括ケアシステムの構築が進められていること,諸外国で普及しつつあるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の概念を盛り込み,医療・介護の現場における普及を図ることを目的として改訂したと説明されている。

 ガイドラインには,「人生の最終段階における医療・ケアに従事する医療・介護従事者が,人生の最終段階を迎える本人及び家族等を支えるために活用するものであるという位置づけや,本人・家族等の意見を繰り返し聞きながら,本人の尊厳を追求し,自分らしく最期まで生き,より良い最期を迎えるために人生の最終段階における医療・ケアを進めていくことが重要であることを改めて確認しました」と記されている。

 ガイドラインは,「1.人生の最終段階における医療・ケアの在り方」と「2.人生の最終段階における医療・ケアの方針の決定手続」から構成され,本編と解説編がある。

 「1.人生の最終段階における医療・ケアの在り方」では,「十分な情報と説明を得たうえでの本人の決定こそが重要」と述べた上で,医療・ケアとしての医学的妥当性・適切性の確保が必要であること,本人の意思は変化し得るのであるから本人が自らの意思をその都度示すことができるよう支援するチームが重要であることが示される。また,本人が自ら意思を伝えられない状態になる可能性があるため,家族等の信頼できる者も含めて本人との話し合いが繰り返し行われることが重要であるとしている。

 さらに,「人生の最終段階における医療・ケアについて,医療・ケア行為の開始・不開始,医療・ケア内容の変更,医療・ケア行為の中止等は,医療・ケアチームによって,医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである」と続く。ここでは,医療・ケアチームについての2つの懸念が解説される。1つは,結局,強い医師の考えを追認するだけのものになるという懸念。もう1つは,逆に,責任の所在が曖昧になるという懸念である。これらの懸念に対して,医療・介護従事者が協力関係を築くことや専門家としての貢献が期待されること,あくまでも人生の最終段階の本人に対し医療・ケアを行う立場からチーム形成をしなければならないことが強調される。

 その他,可能な限り疼痛やその他不快な症状の緩和と,本人・家族等の精神的・社会的な援助を含めた総合的な医療・ケアを行うことが必要であること,積極的安楽死は本ガイドラインの対象としないことが明記される。

 「2.人生の最終段階における医療・ケアの方針の決定手続」では,①本人の意思の確認ができる場合,②本人の意思の確認ができない場合,③複数の専門家からなる話し合いの場の設置に分けて記述される。中でも「家族等」の解説では,法的な意味での親族関係のみを意味せず,より広い範囲の人(親しい友人等)を含む,と解説している。

 「あなたの娘は生き抜いた,と伝えてほしい」と語って亡くなったAの生き様を反すうすると,医療・ケアチームには医学的妥当性と適切性を超えて,本人のプライドや価値観を支持することのできる寛容さが求められる。Aの亡き今,彼女がこの世にいないという寂寥感よりも,苦痛から解放されたことへの安堵感が私の救いである。

つづく

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