行動変容の基本的考え方 わかっているけど変えられない(平井啓)
連載
2017.12.11
行動経済学×医療
なぜ私たちの意思決定は不合理なのか?患者の意思決定や行動変容の支援に困難を感じる医療者は少なくない。
本連載では,問題解決のヒントとして,患者の思考の枠組みを行動経済学の視点から紹介する。
[第5回]行動変容の基本的考え方 わかっているけど変えられない
平井 啓(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
(前回よりつづく)
「今年こそはやる」長年主治医として診ている患者さんの定期通院のとき。 医師 最近の調子はどうですか?
一年後 看護師 最近どうですか。去年より太ったんじゃないですか? がん検診は受けられましたか?
さらに1年後も,同じやりとりが繰り返される。 |
学習理論で行動を構造化してとらえる
保健医療分野でも「行動変容」という言葉が多く使われるようになってきました。しかし,行動が変容するとはどういうことなのでしょうか? どんな理論なのかを知る機会は少ないのではないかと思います。
「行動変容」は,本連載のテーマである「行動経済学」の上位カテゴリーとなる「行動科学」のメインキーワードの一つです。保健医療分野における「行動変容」は,不健康な状態を導いている行動を,健康な状態の実現のために望ましい行動に変容するとき,もしくは変容させるときに用いられることがほとんどです1)。
行動が変わることのメカニズムは,行動科学・心理学の古典的基盤理論であるB.F. スキナー(1904~90年)の学習理論を用いて説明できます。スキナーの学習理論では,何らかの状況と先行刺激(A:Antecedents)に対して,具体的な行動(B:Behavior)が起こり,その結果(C:Consequence)となる状態が生じることを行動の一つの単位として構造化していきます。それぞれの頭文字を取ってABCモデルと呼んだり,問題となる行動をこの構造に基づいて分析することをABC分析と呼んだりします。
ある社会人の喫煙行動を例に挙げると,「A:職場でストレスを感じる」,「B:タバコを吸う(喫煙)」,「C:ストレス解消,発がんリスクが上がる」と構造化できます(図)。これに対して,「禁煙」という「行動変容」を生じさせるためには,「C:発がんリスクが上がる」という,望ましくない結果を導く行動「B:タバコを吸う」をやめることが必要です。しかしながら,この人にとって,「B:タバコを吸う」という行動は,「A:職場でストレスを感じる」という状況と先行刺激に対して生じており,もう一つのCである「C:ストレス解消」によって,「強化(reinforcement)」されています。すなわち,「A:職場でストレスを感じる」という状況があり,その解消を望んでいる限り,「B:タバコを吸う」をやめることができません。よって,健康指導などで「タバコを吸うことは将来の健康に良くないのでやめましょう」と繰り返し話をして理解してもらうだけでは,「わかりました。やめます」という約束をしたとしても,実際の患者の行動を変えることはとても難しいのです。
図 学習理論と行動変容 |
ABCを再構築する
ではこのような場合,どうやって行動変容を導けばよいでしょうか。
「A:職場でストレスを感じる」という状況下で「C:ストレス解消」をもたらし,かつ「C:発がんリスクを上げる」を生じさせない別の行動,例えば「B:運動」に置き換え,ABCを再構築することが必要となります。ここで注意すべきは,代替となる行動が,本当にその人が継続できるものか,すなわち望ましい結果「C:ストレス解消」を導くかどうかです。人によって異なるため,適切なBを見つけるために何回か新しい行動を試してみる必要があります。より専門的にこの原理を用いて問題行動の修正を行う方法を行動療法といいます。
また,行動の結果Cは,その行動が継続している場合は「強化子」と呼ばれます。経済学の「インセンティブ」に対応する概念です。わかっているけど変えられない行動には,何らかの強化子(インセンティブ)があります。それを特定することが必要です。逆に,冒頭の例で挙げた「がん検診を定期的に受ける」のように,望ましい行動がなかなか始められない場合は,行動の結果Cが強化子として不十分な場合が多いです。別の強化子を見つけることが必要となります。
行動変容の原理を考慮したコミュニケーションの方法
医療者はついつい,がん検診の受診が将来の健康のために必要なことや,体重増加が良くないことを,繰り返し何度も説明することで患者に理解させようとしてしまいます。一方それを言われる側の患者さんは,自身の健康にとって望ましくない行動を望ましい行動に変えなければいけないこと自体は理解しています。そこで医療者は,なぜその人は正しいこと,健康にとって良いことを理解しているのに行動が変えられないのか,それを阻害している理由や,どんな環境でその人が暮らしているかについて想像を巡らせ,情報収集する必要があります。
重要なのは,患者が言う「仕事が忙しい」という状況がどのような状況か,どんなストレス(先行刺激)を抱えているのかを詳細に聞き出し,行動の結果との対応関係を明らかにし,解決する方法を具体的に話し合っていくことです。その上で,それを解決できる保健師や管理栄養士,心理士などの専門家へ紹介したり,そのような専門家とチームを組んだりして,その解決に取り組んでもらうように患者と粘り強く話をし,問題解決への動機付けをすることが必要です。
今回のポイント●「行動」は,何らかの状況と先行刺激(A:Antecedents)に対して,具体的な行動(B:Behavior)が起こり,その結果(C:Consequence)となる状態が生じることを一つの単位として構造化できる。
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(つづく)
参考文献
1)Glanz K,et al.曽根智史,他 訳. 健康行動と健康教育――理論,研究,実践.医学書院;2006.
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