医学界新聞

連載

2017.11.20



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第18回]固形腫瘍と感染症② 免疫チェックポイント阻害薬と感染症

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)


前回からつづく

 前回は固形腫瘍と感染症の総論をお話ししました。固形腫瘍では「バリアの破綻」,中でも「解剖学的異常」に伴う感染症に注意する必要があることを強調しました。さて,今回はがん治療市場を席巻しつつある免疫チェックポイント阻害薬について概説するとともに,どのような副作用や感染症を引き起こし得るのかをわかりやすく説明したいと思います。

症例
 52歳男性。左頭部原発の悪性黒色腫(メラノーマ)に対して切除術施行歴あり。半年後に肺転移が見つかったため,イピリムマブ[細胞傷害性Tリンパ球抗原(Cytotoxic T-lymphocyte antigen;CTLA)-4阻害薬]が開始された。現在イピリムマブ4コースが終了している。今回は4コース目施行中であった3週間前から頭痛と嘔気を自覚し徐々に増悪。頭痛は動作により増悪し,外出時にはサングラスが必要なほど羞明を感じている。その他,以前から季節性鼻炎および軽度の湿性咳嗽があるが,呼吸困難や胸痛はない。発熱,悪寒,発汗もない。髄膜炎の疑いにて感染症科コンサルトとなる。
 Review of System(ROS)では上記以外,頸部痛なし,咳嗽,喀痰,呼吸困難,嘔吐,腹痛,下痢,排尿時痛,排尿困難,頻尿,関節痛,筋肉痛,皮疹なし。
 来院時意識清明,血圧100/58 mmHg,脈拍数57/分,呼吸数18/分,体温36.6℃,SpO2 99%(RA)。身体所見上,左頭部に手術痕あり。眼瞼結膜に貧血あるも眼球結膜の黄染や点状出血なし。副鼻腔叩打痛なし。咽頭扁桃に異常なし。項部硬直なし。胸部,腹部,背部,四肢,皮膚に異常なし。神経学的所見としては,羞明の他は,脳神経,運動神経,感覚神経,小脳症状などに明らかな異常なし。

血液検査:WBC 3.6/μL(ANC 1.69,ALC 1.43),Hb 11 g/dL,Plt 152×103/μL,Cr 0.74 mg/dL,BUN 14 mg/dL,Na 126 mEq/L,K 4.4 mEq/L,テストステロン低値,黄体ホルモン低値,プロラクチン低値,TSH低値,ACTH低値
髄液所見:初圧16 cm H2O,細胞数3個/μL,総タンパク28 mg/dL,グルコース80 mg/dL(血糖120 mg/dL)
頭部MRI所見:下垂体腫大および漏斗部の肥厚あり,その他脳実質に異常なし

 さて,この症例では一体何が起きたのでしょうか。「あーあれでしょ」と一発でわかる読者もいれば,チンプンカンプンな方もいるでしょう。これは,イピリムマブに伴う一連の副作用を見ています。まずは頭痛や羞明,全身倦怠感,そして低ナトリウム血症が見られ,血液検査ではさらに汎下垂体機能低下症の所見がありますね。頭部MRIで下垂体の腫大と漏斗部の肥厚が見られており,下垂体の炎症を呈しています。そう,イピリムマブに伴う典型的な下垂体炎(hypophysitis)です。本症例ではステロイド投与により比較的速やかに症状の改善が見られました。

免疫チェックポイント阻害薬とは

 免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitors;ICIs)の詳細は成書に譲りますが,概念は以下の通りです。がん細胞を排除するものはT細胞ですね。ただしがん細胞はT細胞からの攻撃を逃れる術を備えています。T細胞を不活化させてしまうのです。では一体どのように行うのでしょうか。まず,免疫の司令塔である樹状細胞(dendritic cell;DC)ががん細胞を見つけるとT細胞に対して抗原提示します1)。重要なのがT細胞の表面に発現するCTLA-4やPD-1(プログラム細胞死;programmed death-1)といった免疫チェックポイント分子です。これらにスイッチが入るとT細胞の活性化が抑えられ,がん細胞を排除することができなくなってしまうのです。

 まずはCTLA-4から説明しましょう。通常T細胞はその表面にあるCD 28とDCからのCD 80/86が結合することで活性化しますが,CTLA-4がCD 28よりも強くCD 80/86と結合しCTLA-4のスイッチが入ります2)。するとT細胞が不活化されてしまう。CTLA-4阻害薬であるイピリムマブはCTLA-4と結合することで,CD 80/86が結合するのを阻害しているのです3)。またがん細胞中には制御性T細胞(regulatory T cell;Treg)がおり,抑制性サイトカインを放出することでT細胞を不活化するとともに,TregはCTLA-4を発現しておりDCを抑制することでT細胞を不活化しています。イピリムマブは抗体依存性細胞傷害(antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity;ADCC)活性によりこのTregをも除去することで効果を発揮するのです4)

 次にPD-1についてです。がん細胞表面に発現したPD-L1はT細胞表面のPD-1と結合することでやはりT細胞を不活化します。PD-1阻害薬はPD-L1よりも先にPD-1に結合することでT細胞を活性化させるのです。PD-1阻害薬で市場を席巻しているのがニボルマブですね。

免疫関連有害事象にご注意を!

 ICIsはその有効性が高い一方で,免疫関連有害事象(immune-related adverse events;irAEs)という特有の有害事象を引き起こします。irAEsは皮膚,消化管,肝臓,肺,内分泌系など実に多彩な臓器で多彩な症状を呈します。ICIsがそもそも「免疫へのブレーキを解除することで免疫を賦活化する」という性質のものですので,それに類縁する症状ととらえるとわかりやすいかもしれません。MDアンダーソンがんセンターでの上司が「移植後の移植片対宿主病(GVHD)のような症状を呈するよね」と言っていましたが,まさに的を射た例えです。ただし一口にICIsによるirAEsといっても,CTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬とでは少し異なります(5)

 CTLA-4阻害薬では,本症例でもあったように下垂体炎がよく見られるほか,腸炎や皮疹なども特徴的です。一方,PD-1阻害薬では肺臓炎や筋肉痛,関節痛が多いことがわかります。

 CTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬で異なる免疫関連有害事象(文献5より改変)(クリックで拡大)

ICIsと感染症

 では最後に,ICIsではどのような感染症が起きやすいのでしょうか。まず上述の通り皮疹や腸炎などが起こりますので多少なりとも「バリアの破綻」が起こり得ます。一方で,細胞傷害性の化学療法と異なり骨髄抑制が起きませんので「好中球減少」は問題となりません。またICIsによる液性免疫低下および細胞性免疫低下は起こらないと考えられています。つまり「ICIsそのもの」による感染症はあまり大したことはないかもしれません。

 一方,irAEsが起きると状況が一変します。つまり,本症例でもあったように,下垂体炎などのirAEsに対してはしばしばステロイドや抗TNF-α抗体であるインフリキシマブを投与します。当然これらによる「細胞性免疫低下」の感染症リスクが上昇するわけです。

 最近,米国からの報告ではICIsによる治療を受けた740人のうち重症感染症は54人(7.3%)に見られました6)。特にirAEsを起こしてステロイド投与を受けた患者(OR 7.71,95% CI 3.71-16.18;p<.0001)やインフリキシマブを使用した患者(OR 4.74,95% CI 2.27-9.45;p<.0001)では有意に重症感染症が多いことがわかっています。ただし,興味深いことにCTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬を併用した群でも有意に重症感染症が見られています(OR 3.26,95% CI 1.70-6.27;p=.0017)ので今後注意が必要です。

 今回はICIsと感染症について概説しました。ICIsはirAEsという有害事象を起こしますが,CTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬で異なることを強調しました。CTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬を併用した場合やirAEsに対してステロイドやインフリキシマブが投与された場合には重症感染症が起こり得ることを説明しました。

つづく

[参考文献]
1)Nat Rev Immunol. 2013[PMID:23470321]
2)Immunity. 1994[PMID:7882171]
3)Clin Cancer Res. 2011[PMID:21900389]
4)Proc Natl Acad Sci U S A. 2015[PMID:25918390]
5)Ann Oncol. 2017[PMID: 28945858]
6)Clin Infect Dis. 2016[PMID:27501841]

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