医学界新聞

取材記事

2017.08.28



【取材】

「教育の効果をもっと高めたい!」を叶える
ファシリテーションスキル


 看護基礎教育や臨床教育でシミュレーション研修を実施する施設は多い。しかし,教える側のスキルが伴わないと効果的な教育にはつながらない。そこで注目されるのが,学習者の主体的な学びを引き出すファシリテーターの存在だ。「具体的な役割は?」「どんな発問をすればいいの?」といった疑問もあがるのではないか。ファシリテーションスキルの向上も兼ねて行われている京大病院のシミュレーション研修を取材し,教え方のポイントやスキルアップのコツを探った。


 「10秒間で患者の迅速評価をやってみよう」。脈拍の有無を見るため模擬患者の手をおずおずと取ったところで時間切れになり,受講者は苦笑いを浮かべた。「キャッチできた情報をホワイトボードに書き出してみよう」「ショックの5徴候は見られた?」「何を意識すればもっと情報が得られるかな」。ファシリテーターが次々に質問を投げ掛けると,おとなしい様子だった受講者らも,互いに知識を出し合い答えを模索し始めた。

 7月,京大病院に勤務する2年目看護師を対象に同院総合臨床教育・研修センターでフィジカルアセスメントのシミュレーション研修が行われた。1日5~6人×6グループずつ,4日間に分けて計123人が受講する。急変対応の迅速評価,一次評価,二次評価を適切に行い,患者の全体像を踏まえSBARで状況報告ができることまでを目標に,2つの課題が午前と午後,それぞれ約3時間かけて実施された。

❶シミュレーションの様子。ファシリテーター(左端)は模擬患者の頭側に立ち,受講者一人ひとりの表情を見渡す。ホワイトボードは,デブリーフィングや知識の整理に重宝する。

新人看護師教育と同時にファシリテーターも学ぶ研修

 研修の特徴は,反転授業を取り入れ,ファシリテーターが学習者に寄り添って進める点にある。学習者には事前課題として,動画サイトにアップされた映像の視聴が課され,研修当日は10分間の小テストから始まる。忘れていた知識,苦手分野を短時間でおさらいし,シミュレーション研修にたっぷり時間が割かれる。ありがちな「講義→演習→テスト→宿題」の流れを,文字通り「反転」した構成になっている。研修の運営を担う同院看護部実践支援室の森三希子氏は,「知識は一人で学べても,態度や技術はロールモデルが必要。ファシリテーターは病棟の先輩でもあるので観察力を学んでほしい」と,研修の狙いを語った。研修後,受講者からは「患者さんのもとに何となく情報を取りに行っていた。確認すべき項目を頭に入れたことで,短時間でも情報を得られるようになった」「気づきの足りない点をファシリテーターに導いてもらえた」との感想が聞かれ,ファシリテーターの促しによる学びの深まりがうかがえた。

 今回の研修にはもう1つ目的がある。それは,中堅看護師の教育力向上だ。各グループ2人ずつ配置された指導者の1人はファシリテーターを初めて経験する中堅看護師で,経験豊富な看護師とのペアになっている。

 「うまく発問ができず,流れを作れなかった」。午前中の研修が終わりこうこぼしたのは,初めてファシリテーターを務める6年目の田岡江梨さん。病棟からの選出で参加した。ペアを組む宇野友美さん(宇治徳洲会病院)は発問のコツについて,受講者が呼吸の様子を見ていたら「いつもどこを注意して見ているの?」「胸郭? どんな動きが要注意かな」と,オープンクエスチョンで聞くようアドバイスした。自身の性格を「せっかち」と分析していた田岡さん。一日の研修を終えると,「答えを促してから一呼吸置くことで,午後は受講者からの発言が増えた」と笑顔を見せた。「後輩に教えることにこれまで不安があったが,発問の仕方は同じ。病棟でもすぐに活用できそう」と手応えを語った。

 2年目看護師だけでなく中堅看護師まで研修に出すことは,現場の負担になる。しかし,「未来への投資」として,同院看護部では教育への理解が広がりつつあるのだという。

❷受講者にアドバイスする内藤氏(右から2人目)。「ファシリテーションは,相手に声を掛けることから始まる。現場で活かせるので多くの看護師に身につけてほしいスキルです」。

スキルアップを図る要素は「仲間」「継続」「学びの場所」

 教育支援のニーズの高まりから注目されるファシリテーションスキル。研修の講師を務める内藤知佐子氏(同センター助教)は,指導者育成の観点から2015年より,「ファシリテーター育成コース」の本格的な運営を開始し,院内外の看護師と共にスキルの向上を図ってきた。ファシリテーターに必要なスキルは,①場づくり(関係構築力),②“きく”スキル(傾聴力と発問力),③デザインする力(構成力)の3つ。「特に学習者の主体性を引き出す発問力が重要」と指摘する。確かに,ファシリテーターによる研修後の振り返りでは,「口数の少ない人への声掛けが難しかった」「現場に引きつけた質問によって議論が活性化した」など,発問に関する声が多く聞かれた。

 一方で陥りがちなのが,発問一辺倒になってしまうことだという。学習者の知識が追いつかない中で質問を続けると,研修自体が前に進まなくなってしまうからだ。「状況に応じて,フィードバックやティーチングに切り替えることが大切。フィードバックは問題点をあぶり出す“ダメ出し”ではなく,“情報通知と立て直し”。感情的にならずに行うことがポイント」と内藤氏。研修では知識の整理に時間をかけるグループや,受講者同士が意見を出し合うことに重きを置くグループなど違いが見られた。研修全体の流れを見守っていた森氏は,「教育は相手のレディネス(学習の準備状態)によって変わるもの。それが教育の醍醐味」と指導者の臨機応変な展開が重要だと話した。

 指導者は,さまざまな研修や受講者に対応できるファシリテーションスキルをどう磨いていけばよいのか。内藤氏は,「研修後にファシリテーター同士で振り返りを行うことは必須。1人だけでスキルアップを図るには限界があるため,少人数でいいから仲間を作って研修の企画を」と述べ,さらに「研修の回数を重ねることがファシリテーション力を上げる何よりの近道になる」と力を込める。加えて「機会があれば,自宅と職場以外の第三の居場所である『サードプレイス』に飛び出して,ぜひ新たな学びを得てほしい」と「越境学習」を勧めた。今回の研修には,院外の看護師5人がボランティアで参加した。“新人ファシリテーター”の田岡さんにアドバイスをした宇野さんも府内の別の病院から参加した一人。「研修のノウハウを学ぶだけでなく,教え方の悩みや課題を共有する機会にもなっている」とメリットを口にする。内藤氏も「いろいろな人と一緒に学び,互いに教え合うことが自身の成長につながる」と他施設の看護師と交流する意義を強調した。

 「教えることは二度学ぶこと」。本研修の主役はあくまで2年目看護師だが,そこに中堅看護師や院外の看護師もかかわることで,教えるスキルも臨床現場へ還元されることが期待される。立場や年齢,経歴を超えた「学びの循環」をいかに生み出すか。これからの教育の大きなテーマになるだろう。

❸研修後に行われたファシリテーターの振り返り。意見を否定せず,安全・安心な場で行うことが大切になる。

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