医学界新聞

連載

2017.08.07



ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第17回]サルコペニアとフレイル,評価と治療法は?

許 智栄(アドベンチストメディカルセンター 家庭医療科)


前回よりつづく

症例

 高血圧および両膝変形性関節症の79歳女性。最近やや体重減少があり,体力の衰えを訴えるようになっていた。検診にて乳がんがみつかり,専門医に手術を勧められたが,手術に耐えられるのか心配でかかりつけ医のあなたに相談。「手術やその後の合併症など,大丈夫でしょうか?」と。


ディスカッション

◎臨床でも注目したい,サルコペニアとフレイル
◎どう評価する? 治療方法は?

 先進国で実現した長寿は喜ばしい一方で,日本では65歳以上高齢者が全入院患者の71%を占めており(厚労省平成26年患者調査の概況より著者算出),同じ傾向は世界各国で認められている。健康長寿の実現は世界的な問題であり,2016年にはWHOが「Healthy Ageing」を実現する戦略的な取り組みを求める提言をした。このような中で,高齢者の機能低下に大きく影響を与える2つの症候群,サルコペニアとフレイルが着目されている1))。

機能予後に深くかかわるサルコペニアとフレイル

 まだまだ理論的なことで,実臨床で役に立つのか疑問に思う人もいるかもしれない。しかし,臨床医も見過ごしてはいけない大切な概念であることは昨今のエビデンスが証明している。

 まずは機能予後との関連である。シンガポールにおける研究2)では,サルコペニアおよびフレイルの高齢者はそうでない高齢者と比較して,介護必要率およびポリファーマシー率は2倍以上,1年間に2回以上入院する率は3倍に近かった。サルコペニアやフレイルは高齢者の転倒と深くかかわっており2, 3),患者のQOLを考えたい臨床医にとっては見逃せない症候群であることは間違いない。

 外科手術においても,術前のフレイル状態が術後の合併症と深くかかわるという報告が多数ある4, 5)。65歳以上の外科手術入院患者594人で検討した研究では,術前にフレイルである場合,フレイルでない高齢者と比較して,術後合併症が約2.5倍,介護施設への退院が約20倍にもなったという結果であった5)

 高血圧診療においても,重要性が示唆されている。高齢者の高血圧治療では過度な収縮期・拡張期血圧の低下により,死亡率が上がる可能性がこれまでも指摘されている6, 7)が,その原因の一つにフレイルが考えられることを示す結果が,米国の研究で得られた。この研究では,高血圧と死亡率の相関はフレイルでない高齢者においてのみ認められ,フレイルな高齢者においては,相関は認められなかった8)。ここから,治療による過度な血圧低下での死亡率上昇は,フレイル患者をフレイルでない患者と同じように治療していることが原因の一つではないかと推測される。

臨床ではSARC-FやCHS,SOFによる評価が実用的

 サルコペニアは「加齢に伴う筋肉の量と質の低下」と定義される1)。検査や評価方法のカットオフ値は残念ながら国際的な統一が得られていない。表1に各組織の推奨する基準をまとめるが,やはり実臨床での筋肉量測定は現実的でない。そこで,参考にしたいのが香港で行われた研究で,サルコペニアのさまざまな診断基準を,機能予後の予測能力で比較検討したものである9)。結果,それぞれの診断基準に大差は認められず,スクリーニングとして提唱されているSARC-F(表2)とも変わりなかった。筋肉量測定が一般的でない現状では,検査のいらないSARC-Fを使用して評価するのが実用的であると考えられる。

表1 サルコペニアの診断基準

表2 SARC-F(4点以上でサルコペニア陽性)

 フレイルでも同じようにさまざまな診断・スクリーニング方法が提唱されおり,臨床医がどれを使用すべきか悩ましいところである。Rockwoodらの提唱しているFrailty Indexは詳細な評価方法で精度も高いが,20~30分程度かかるために実用的ではない10)。これと同程度の精度で簡便にできるものとしてCardiovascular Health Study(CHS) Frailty IndexとStudy of Osteoporotic Fractures(SOF)を表3にまとめる。これらは臨床現場での検証もされており10),現時点では最も実用的であると言える。

表3 CHS Frailty IndexとSOF

運動療法が第一。今後は栄養や薬物による治療の可能性も

 進行を抑えるないし改善させる方法は運動が第一であることは当然であり,根気強い取り組みが必要である11, 12)。有酸素・バランス・筋力運動を組み合わせ,グループかつ/ないし個人での運動継続が要となる。

 日常の工夫で改善できる栄養素で注目されているのはタンパク質とビタミンDである13, 14)。これらの補給が改善をもたらす可能性は示唆されているが,補給量や適応などはまだ不明な点が多い。現時点では合併症に問題がなければタンパク質は1日1.2~1.5 g/kgの摂取を心掛け13),ビタミンDは800 IUの補給を考慮する14)。これら運動と栄養を組み合わせた治療効果を検討するランダム化比較試験が現在進行中であり,結果に注目してほしい15)

 薬剤に関しては,確立した治療薬は現段階ではない13)。成長ホルモンやテストステロンは筋肉量の増加が得られるが,機能予後改善効果や安全性についてまだ不確かなところが残されている。日常よく使用する薬剤で注目されているものはACE阻害薬である。機能障害のある高齢者で6 m歩行速度が改善したり,内服患者で股関節骨折が減少したりということが確認されており,今後の研究結果に注目したい。

症例その後

 SARC-F陽性,CHSおよびSOF基準は陰性。サルコペニアではあるが,フレイルではない状態だと判明。手術予後への影響を不確実な点も含めて話し合い,有酸素・筋力負荷運動に取り組みつつ,タンパク質量改善のため食事指導を行い,手術に臨むこととなった。

クリニカルパール

✓高齢者診療のさまざまな状況でサルコペニアとフレイルは予後に影響をもたらしている。加齢のせいにして放置することは避けよう。
✓SARC-FやCHS,SOFといった簡単な方法の評価が現実的であり,積極的に活用しよう。
✓運動および栄養の改善が治療・予防の鍵である。薬剤は今後の研究結果に注目しよう。


一言アドバイス

●日常診療で診察室に呼び込んでから着席までに時間を要する,あるいは体重計に素早く乗れない患者はフレイルの可能性が高いと推測している。(玉井 杏奈/台東区立台東病院)

●SPRINT試験で75歳以上(約30%がフレイル)16)の収縮期血圧120 mmHg未満で心血管イベントが少ないとされたが,血圧測定法が特殊な上,糖尿病や認知症を含まない。臨床への適用は慎重に。(関口 健二/信州大病院)

つづく

参考文献
1)Proc Nutr Soc. 2015[PMID:26004622]
2)J Am Med Dir Assoc. 2017[PMID:28242192]
3)J Am Med Dir Assoc. 2015[PMID:26255098]
4)Am J Surg. 2011[PMID:21890098]
5)J Am Coll Surg. 2010[PMID:20510798]
6)Hypertension. 2014[PMID:24324042]
7)J Am Geriatr Soc. 2017[PMID:28039870]
8)Arch Intern Med. 2012[PMID:22801930]
9)J Am Med Dir Assoc. 2015[PMID:25548028]
10)Eur J Intern Med. 2016[PMID:27039014]
11)JAMA. 2014[PMID:24866862]
12)J Am Med Dir Assoc. 2012[PMID:22169509]
13)Clin Med (Lond). 2016[PMID:27697810]
14)J Am Med Dir Assoc. 2015[PMID:26170041]
15)Aging Clin Exp Res. 2017[PMID:28144914]
16)JAMA.2016[PMID:27195814]

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