医学界新聞

2017.07.31



Medical Library 書評・新刊案内


BRAIN and NERVE-神経研究の進歩
2017年04月号(増大号)(Vol.69 No.4)
増大特集 ブロードマン領野の現在地

《評 者》水野 美邦(順大名誉教授)

ブロードマン領野の現在地を知る

 このたびは『BRAIN and NERVE』誌の増大特集において「ブロードマン領野の現在地」というテーマが取り上げられた。これは昭和大で長年教鞭を執られ,高次脳機能を専門とされ,さらに神経学の古典に詳しい河村満・現奥沢病院名誉院長の発案による特集である。河村先生は,高次脳機能の分野で次々に新しい業績を発表なさるだけでなく,神経学の古典の知識についても一流で,昔のモノグラフ,教科書などを広く持っておいでになる。それだけでなく,オーボエも名手で,オーケストラに所属しておられる。一人でよくこれだけのことができると感心して拝見している次第である。

 この河村先生が企画された特集であるから読み応えのある特集であるに違いないと思ってページをめくると,まさに先生ならではの特集であった。最初に本特集のイントロダクションとしてブロードマンの人となり,生い立ち,脳地図をめぐる種々の問題などを河村先生ご自身が解説しておられる。その記述は詳しく,正確である。

 また先生はブロードマンの脳地図を,インフォグラフィックスの一つとしてとらえているが,これは実にユニークな発想である。インフォグラフィックスは情報,データ,知識を視覚的に表現したもので,標識,広告,地図,報道,教育,学術発表などで広く用いられ,わかりやすく大勢の人に広報できる特徴を持っている。脳という複雑な構造物をわかりやすく伝えるという点ではまさにインフォグラフィックスである。さらにブロードマンの数字による脳地図,エコノモによる脳地図の記号,中心後回中間部などの解剖名を対比した表は研究者,臨床家の役に立つことであろう。

 ブロードマンは,1868年に生まれ,医師・研究者として偉大な足跡を残すが,1909年にその有名な脳地図をモノグラフで発表している。1901年から研究を開始し,9つの論文を書いている。この間の経緯は先生の解説で詳しく述べられている。ブロードマンは,大脳皮質の層構造に基づいて分類した。例えば第V層の神経細胞が発達している領域は4野とか,第IV層の神経細胞が発達している領域は17野とかである。このように層構造からの分類ではあるが,神経細胞の特徴に基づいているので機能的分類とよく一致することが紹介されている。

 ブロードマンは,脳全体を52の領野に分けているが,なぜ52なのかについても面白い記事がある。またブロードマンは52に分けたが,12~16野,48~51野が欠損していることも紹介されている。最後には,先生がブロードマンの生家を訪れた記事が載っている。彼の生家が博物館となり,ブロードマンの勤めた病院の写真などが飾られていることが紹介されている。

 イントロダクションに続く17の項目では,動作制御,注意,学習,記憶,情動,味覚,社会性,視覚野,ウェルニッケ野,辺縁葉,海馬など現在話題になっていることが,第一線の研究者により発表されている。各項目の最初のページにはブロードマンの脳地図が描かれ,これから解説する領野が色とりどりに塗られ明示されている。なお100年経っても彼の脳地図は古びない。このことを先生は広く知らしめたかったのではないかと思われる。

 ベッツ細胞がいつ発見されたとか,機能的分類がいつ始まったとか,この時代に活躍した他の神経学者など知りたいことはまだまだある。次の機会にブロードマンの脳地図が現在に生きる過程を解説いただきたいと思っている。

一部定価:本体3,800円+税 医学書院


脊椎手術解剖アトラス

菊地 臣一 編

《評 者》松本 守雄(慶大教授・整形外科学)

脊椎手術に携わる外科医必携の「実学」の書

 脊椎・脊髄外科の手術手技は,新規の手術機器やインプラントの開発に伴って,近年,長足の進歩を遂げており,多くの脊椎疾患を従来と比較してより低侵襲に治療することが可能となった。一方で,手術解剖に関する理解が不十分なまま行われた低侵襲手術や新規手術手技による合併症の報告が相次いでいるのも残念ながら事実である。解剖の知識を持たずに手術を行うことは,海図も持たずに荒波に漕ぎ出すようなもので,いかに新しいインプラントや手術機器を用いたとしても無謀な冒険以外のなにものでもない。われわれ外科医は常に手術解剖という基本に基づいた手術を心掛ける必要がある。

 このたび,菊地臣一先生とその門下の先生方が編集・執筆された『脊椎手術解剖アトラス』が上梓された。本書は菊地先生のライフワークである脊椎の肉眼的解剖学に裏打ちされた手術解剖書である。頚椎から仙椎まで脊椎のあらゆる部位の詳細な局所解剖が,実際のカラーの解剖写真およびシェーマによりわかりやすく示され,手術のアプローチや手技と有機的にひも付けられている。本書を読むと,われわれが何気なく行っていた手術手技が,解剖学的あるいは病態論的にどのような意義があるのかをあらためて思い知らされて,目から鱗が落ちる思いがする。既存の脊椎手術解剖書は臨床的観点からのartの要素が不十分であり,一方,既存の手術手技書もともすれば技術論が先行してscienceの視点に欠けている。菊地先生をはじめとする著者の先生方は本書を「科学(science)としての解剖」そして「臨床(art)解剖」を統合させた過去に例を見ない斬新な手術解剖書に仕上げられている。

 本書のさらなる特徴は,各部位の手術解剖に関連して,その分野のエキスパートが手術手技のコツを明快に解説していることであり,本書をより実用的・実践的なものにしている。また本書の後半には内視鏡下手術やインストゥルメンテーション手術などに関連した手術解剖と手技に関する詳細な解説が行われている。これらの比較的新しい手術手技こそ,安全に行う上で手術解剖の熟知が必要であり,本書にはこれらの手術に取り組む際に必読の内容が含まれている。

 慶應義塾の創始者である福澤諭吉は「実学」という言葉にサイヤンスというルビをふり,単に実際に役立つ学問という意味だけではなく,「事象の真理を実証的に解明し問題を解決していく科学」という意味を込めたといわれている。本書は肉眼的解剖学により手術手技の背景にある真理を明らかにし,脊椎手術に資するまさに「実学」の書である。脊椎手術に携わる外科医は座右におくべき書であると自信を持ってお勧めしたい。

A4・頁196 定価:本体16,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03044-1


症候別“見逃してはならない疾患”の
除外ポイント
The 診断エラー学

徳田 安春 編

《評 者》小泉 俊三(東光会七条診療所所長)

「疾患の見逃し」――臨床医の“後悔”をどう科学するか?

 近年,あらためて診断学への関心が高まっている。解説書の多くは臨床疫学やEBMを背景に合理的推論を推奨しているが,著名な臨床教育家の手によるパール集の人気も高い。

 本書の基となったのは『JIM』誌(現『総合診療』誌)の特集である。数ある“実践的”診断学書の中でも,“見逃し”に焦点を当てている点に特に注目したい。本書の各項は,“見逃してはならない疾患のリスト”に始まり,各疾患の“除外ポイント”へと続く。なかでもユニークなのは,“見逃すとどの程度危険か?”の一項である。診察を始める前にこの項に目を通すことによって読者の皆さんも身が引き締まる思いをされるに違いない。研修指導医としては,各診察室に本書を1冊ずつ常備し,研修医が患者の診療を終了する前に,症状ごとに記載されているこの項に必ず目を通すことをルールとするのも一案であろう。

 ところで,“疾患見逃し体験”は,臨床医に強い後悔の念を引き起こす。その最大の理由は,患者の死を含む深刻な事態に結び付く可能性であるが,加えて知識の不足や想起できなかったことで自尊心に傷が付く。その結果,認知心理学でいう後悔回避バイアス(regret-aversion bias)に陥ることが少なくない。

 実際,多くの医師は,見逃しを避けたいとの思いから過剰な検査に傾きがちであり,2012年に米国で始まった“Choosing Wiselyキャンペーン”でも,診断に当たって医師は賢明に補助検査法を選択すべきことを力説している。本書の“除外ポイント”の項には,見逃しを避けるための思考プロセスが理路整然と示されているが,そのこと自体が過剰な検査への戒めとなっている。

 診断仮説の生成/検証に当たっては「4つのP」〔Prevalence(有病率),Presentation(症状・徴候),Pathology(病理学・病態生理学),Prognosis(予後ないしは結果の重大性)〕に留意すべきである。この4つのPのうち前3者については知識の体系化が進んでいるが,4つ目のPについての科学的検討は十分でない。

 医療の質改善をめざす観点からは,本書の「総論:『診断エラー学』のすすめ」でも紹介されているSociety to Improve Diagnosis in Medicine(SIDM)の活動やNAS(National Academy of Sciences)が2015年に公開した提言書『Improving Diagnosis in Health Care』などの新しい動向に期待したい。特にこの領域では,2002年にノーベル経済学賞を受賞したDaniel Kahnemanらの経済心理学領域の業績が注目される。その著書『Thinking, Fast and Slow』1)は米国でベストセラーとなったが,邦訳2)もあるので,関心のある方には併せて一読されることをお勧めする。

1)Daniel Kahneman.Thinking,Fast and Slow.Farrar Straus & Giroux;2011.
2)ダニエル・カーネマン(著),村井章子(訳).ファスト&スロー(上)(下)――あなたの意見はどのように決まるか?.早川書房;2014.

A5・頁352 定価:本体4,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02468-6


PT・OTのための
これで安心 コミュニケーション実践ガイド
第2版

山口 美和 著

《評 者》小川 克巳(日本理学療法士協会前副会長/参議院議員)

自己を肯定し,コミュニケーション力を身につけるために必要な内容を具体的に記述

 本書は,理学療法士や作業療法士が職務上求められるコミュニケーション力,すなわち療法士と患者や利用者,そのご家族など,またはスタッフ間における人間間コミュニケーションに焦点を当てており,それを習得するための導入から実践場面を想定した意思疎通の在り方までを具体的に解説しています。

 私は33年間,養成施設で後進の育成に携わってきましたが,入学後の学生の課題は,以前の基礎学力や学習力から,人間関係や信頼関係の構築へと変わってきました。特に学びの最終段階である臨床実習という対人スキルがその成否を左右する場面では,そうした課題が顕在化するため,学生指導上,教員や臨床実習指導者の悩みの種となっています。コミュニケーション力は良好な対人関係構築に大きくかかわってくるため,特に医療職にとっては極めて重要な基本的資質とされます。

 私たちはさまざまな身体的・精神的不調に悩む方々を対象とし,その方々から生身の,また時には声にならない「声」を引き出し,それを専門職として解釈した上で対応しなければなりません。病める方々の真の訴えを引き出し,十二分に理解する力が求められます。相手を理解し受け止めた上で,自分は何をどう伝えるかを意識化するには,著者が指摘する通り,まず自己の確立が必要となります。

 教員は教員で,学生は学生で真剣に悩み,苦しむのが,コミュニケーション力の指導であり習得ですが,本書第2版の発行はそうした学生をはじめ,現場の教員や臨床実習指導者にとっても大きな福音となることでしょう。

 本書の著者である理学療法士の山口美和氏は,初版(2012年)の「はじめに」で,「本書の内容は(略),自己成長を最大のテーマとしています」と単にスキルではなく自己の成長が鍵であると記しています。また,「こうした課題に必要なのは,自己を肯定し自ら進んで取り組む力を涵養する教育であり,実際に役立つコミュニケーション力を具体的に身につけていくことである」と,コミュニケーション力の修得に向けて果たすべき教育の在り方についても鋭い指摘をしています。

 こうした確たる信念の下で,コミュニケーションに悩む学生や新人療法士に対する深い情愛を持ちつつ記された第2版では,マイナーチェンジとはいえ,多くの追加や試みがなされています。「感情管理」が新たに加えられ,「非言語コミュニケーション」「傾聴」「敬語」などの充実化が図られています。また,学ぶ上で何とも巧妙な構成は第2版にそのまま引き継がれ,本文の奇数ページのヘッダー部分には「自分を成長させる言葉」があります。さらに第2版では「論語」からの章句を引用するなど,読者がコミュニケーション力を身につけるために必要な自己の成長のために本書を何とか役立ててほしいと願う,著者の並々ならぬ愛情をひしひしと感じさせられます。

 本書は,「あなたに出会えてよかった」と病める方々から言っていただける,そういう関係を構築するための大きな助けになるものと信じます。

B5・頁240 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02787-8


ENGアトラス
めまい・平衡機能障害診断のために

小松崎 篤 著

《評 者》加我 君孝(東大名誉教授)

著者の熱い思いが伝わる随一の解説書

 著者の小松崎篤先生(東医歯大名誉教授)は,半世紀にわたりめまい・平衡障害の基礎と臨床に取り組んでこられた,わが国の神経耳科学の大家であり,小生が研修医の頃からの師でもある。小生は小松崎先生よりかねて本書を構想していることを伺っていたが,A4判448ページの大冊の本書を手にして感慨深いものがある。

 脳波は100年,電気眼振検査(ENG)は50年の歴史がある。脳波によりてんかんの大脳皮質の電気現象がわかるようになった。ENGは眼振の記録や異常眼球運動の記録により半規管,脳幹,小脳,大脳の病巣を眼球運動の電気現象として記録することで診断に大きな貢献をしてきた。

 本書の構成はENGの「歴史」「原理」「利点と欠点」「記録の実際」「眼振の記録と検査法」「各疾患におけるENG記録所見」に分けて,小松崎先生の豊富なENGコレクションを例に出して“考えさせる”べく記述している。本書は症例のENG記録を例示し,どのような病態生理が背後にあるか解説しており,その“語り”は“白熱授業”的であり,著者の思いが熱く伝わってくる。

 1971年,医学部を卒業するや否や小生は東大耳鼻科に入局し,毎週金曜日のめまい外来に参加して勉強した。午後に患者の診察を行い,フレンツェル眼鏡で眼振を観察し,神経学的チェックの後,夕方の6時頃から鈴木淳一先生(帝京大名誉教授)を中心とした症例検討会が全員でENGを見ながら行われた。その時,小松崎先生はENGを誰よりも細かく読み,口角泡を飛ばすという表現がぴったりの熱心さであった。夜10時になっても終わることのない検討会であった。

 その後小松崎先生はニューヨークのMount Sinai医大に留学し,サルを用いて橋部のPPRFが急速眼球運動の中枢であることを発見した。先生は特にめまいの中枢の病態の電気生理に詳しく,その解説は魅力に富んでいる。今後,本書のような深読みのENGの解説書を超えるものを得るのは難しいであろう。耳鼻咽喉科専門医試験にはENGがしばしば問題として出されるので,腰を据えて勉強するのにうってつけの質の高い最新のテキストである。ただし,大脳の局在病巣のENG記録と幼小児の回転検査の記録は今回は掲載されていないので続編を期待したい。

A4・頁448 定価:本体8,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02131-9

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