医学界新聞

連載

2017.06.26



院内研修の作り方・考え方

臨床現場で行われる研修会や勉強会をより効果・効率・魅力的な内容にするために,インストラクショナルデザインを用いた研修設計をご紹介します。初めて教育委員を任された「はじめさん」,頼れるベテラン看護師「ゆう先輩」と一緒に,教育を専門に学んでいなくても自信を持って教えられるスキルを学びましょう。

【第3回】研修事例①フィジカルアセスメント 研修は「出口」から考える

政岡 祐輝(国立循環器病研究センター副看護師長/熊本大学教授システム学研究センター連携研究員)


前回よりつづく

(はじめさん) 先月,フィジカルアセスメントの研修を担当しました。でも,やっぱり教えたことが実践で生かされていないんです。
(ゆう先輩) 研修の学習目標は何?
(はじめさん) 「フィジカルアセスメントができる」です。
(ゆう先輩) 何ができたら“できる”と言えるんだろう?
(はじめさん) えっと……。

 今回からは,研修事例をもとに研修の作り方を解説していきます。第2回(第3225号)ではインストラクショナルデザイン(ID)を紹介し,5つの重要な視点を示しました。特に重要なのが出口(学習目標の設定と評価方法の妥当性)と入口(成人学習理論とターゲット層)でしたね。

 はじめさんが担当した研修の学習目標は「フィジカルアセスメントができる」です。「研修で与えられた患者の身体情報を基に,健康上の問題を査定・評価できる」「自分で患者の身体情報が収集でき,その情報を基に健康上の問題を査定・評価できる」のどちらの“できる”も,「与えられた情報」「自分で収集した情報」の合格条件によって違いますね。さらに研修終了時の評価では,「健康上の問題を全て列挙できる」や「健康上の問題を3つ挙げられる」など,どの程度“できる”ようになったかの評価基準を明確にしなければなりません。

 今回の学習目標を別の視点で見ると,フィジカルアセスメントに関する知識,身体情報から問題を査定する思考,学んだことを臨床に生かそうとする態度などに分けられます。さらに,フィジカルイグザミネーションができていない実状があれば,それに関する知識,色・温度・音の正常と異常の区別,聴診器の使い方など手技を学ぶ学習目標(下位目標)の設定が必要です。

 現場スタッフの現状と,組織・現場のニーズとのギャップを埋めることが研修のゴールとなりますが,このゴール設定が明瞭でなければ,「教えたつもり」が生じてしまいます。研修では,「何ができるようになったのか」「どの程度理解できたのか」をしっかりと評価する必要があるのです。

(はじめさん) 学習目標も分けて考えないといけないんですね。
(ゆう先輩) そう。明瞭なゴール(学習目標)設定と,ゴールを「行動」と「評価可能」な形で示すのがポイントだよ。
(はじめさん) ゴールに分類はあるんですか?

 学習心理学者のガニェは5つの分類を提唱しています1)。目標達成のための評価方法と教え方が示されている点が特徴です。それに準拠しフィジカルアセスメントの目標例をに示しました。

 ガニェの学習成果の5分類を基に検討した,フィジカルアセスメント研修の事例(クリックで拡大)

(はじめさん) 学習成果を分類すると,教えることが整理できそうですね。でも,時間内で教えるのは難しそう。
(ゆう先輩) いいところに気付いたね。「出口」が決まったら,研修対象者(入口)の分析と研修時間・場所などの条件から,研修で扱う範囲を決めないと。

 よく見られるのが,限られた時間に教えたいことを無理に詰め込んだ研修です。参加者を出口(学習目標)まで引き上げられるかは,参加者(学習者)の状態2)や時間・場所といった所与の条件から調整が必要です()。

 研修の出入口(文献2 p.32 図3-1より筆者作成)
①求められるパフォーマンスから出口(学習目標)を設定,②研修対象者(入口)の分析,③研修で使える時間や場所等の所与の条件を確認し,学習目標における到達可能な目標到達度を検討,④学習方法の工夫で目標到達度を引き上げられそうか検討,⑤出口(学習目標)の調整

 研修は希望者なら誰でも受講でき,経年別に実施する組織が多いと思います。でも,ここで問題となるのは受講の前提条件(=学習の準備性・レディネス)のバラツキです。フィジカルイグザミネーションから取り扱おうとすると,フィジカルアセスメントの学習時間が十分に取れないことは容易に想像できますね。その場合は,研修を段階分けする,事前にテストを課してクリアした上で研修に参加してもらう,現場の看護師に対象者の知識を確認してもらうなどの工夫も一考に値します。自分が研修を受けるべきかわからない看護師には,研修の学習目標と同等レベルの練習問題を用意し,これが「できない・解けない人」が研修の対象になると提示すれば,受講の要不要を判断できます。

(はじめさん) 今までの研修は,かなり詰め込みでした。出入口を踏まえ,研修で扱う範囲を定めないといけませんね。
(ゆう先輩) 出入口が決まったら,いよいよ学習方法の検討だけど,ここでもポイントがあるよ。

 学習成果ごとの目標を達成に導くには,個々の学習目標の構成要素とそれらの前後関係を明らかにする必要があります。改めて表を見てみましょう。

 言語情報「フィジカルイグザミネーションの項目が記述できる」であれば,問診・視診・触診・打診・聴診,それぞれの診察方法で収集できる身体所見などに関する言語情報を記載できること。知的技能「身体情報の正常と異常を区別できる」では,脈拍を触知し,脈拍数,強さ,整・不整から正常・異常を判断したり,呼吸音の聴診で副雑音の有無の判断や音を聞き分け特定したりすること。運動技能「手や聴診器を使った身体診察ができる」では,触診での手の当て方,聴診器の持ち方・当て方,聴診の順番などの手技ができること。以上のようなことが構成要素となります。構成要素を明らかにするには,時間や労力を要します。でも,ここをしっかり丁寧に行うことで,学習内容のムダを省き,現場に生かされない研修を防ぐことにつながります。

 スライドや教材作成,学習活動,評価方法は,学習目標の構成要素を考えてから,あるいは考えながら進めます。

 学習活動には,一斉講義やグループワーク,シミュレーション学習などがありますが,フィジカルアセスメント研修を現場で生かせる内容にするには,①触覚・視覚・聴覚の感覚を使ったトレーニングをすること,②患者の健康上の問題を評価・査定する思考のトレーニングを何度も行うことの2点が重要です。①では,実際に遭遇する色・温度・音などまで,しっかり体感させられるとよいでしょう。②は,さまざまな事例を示し,何度もトレーニングさせることです。一度やったら現場ですぐできるなんてことはありませんね。評価方法は,学習目標の構成要素が明確になっていればそれが評価内容となります。

教え方のポイント

→研修前に,「何が“できる”ようになるか」ゴール設定を明確に。
→学習目標の構成要素とそれらの前後関係を明らかにしよう。

つづく

[参考文献]
1)鈴木克明.研修設計マニュアル――人材育成のためのインストラクショナルデザイン.北大路書房;2015.p107.
2)稲葉忠,他.授業設計マニュアルVer. 2――教師のためのインストラクショナルデザイン.北大路書房;2015.

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