医学界新聞

対談・座談会

2017.06.19



【座談会】

医学部1年生から専門医までの
精神科教育の在り方

神庭 重信氏(九州大学大学院医学研究院 精神病態医学教授)
西村 勝治氏(東京女子医科大学医学部 精神医学教授・講座主任)
三村 將氏(慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室教授)=司会


 2010年の米国ECFMG(外国医学部卒業生のための教育委員会)の通告により,2023年以降は国際的な基準で評価を受けた医学部の卒業生しか米国の医師免許試験を受験できなくなる。このいわゆる“2023年問題”は日本の医学部教育に変化を生む一つの契機となっている。新専門医制度に向けた議論も進んでおり,医学部入学から専門医取得まで一連の医学教育システムは変革期にあると言えるだろう。

 本紙では,『精神科レジデントマニュアル』(医学書院)の編者を務め,日頃研修医教育にかかわっている三村氏を司会に,日本専門医機構理事の神庭氏,すでに国際認証下での医学部教育を行っている東女医大の西村氏の三氏による座談会を企画。医学部教育から専門医養成までの各ステップにおける精神科教育の在り方と目標についてお話しいただいた。


三村 近年,医学教育では制度の見直しが議論されています。この動きに合わせて,キャリアの過程で学生や研修医が「何を学んでいくべきか」を,われわれ指導者が考えていくことは非常に重要です。医師に対する社会的なニーズを踏まえ,臨床で求められる能力を身につけなければなりません。

神庭 精神科でも社会からの求めには変化が見られています。かつて精神科には閉鎖的で特殊な診療科というイメージがあったでしょう。しかし,近年はより軽症な患者さんへの介入の重要性が社会にも医療関係者にも認知されてきました。患者さんが自発的に精神科医療にアクセスしてきたり,他科の医師から紹介されてきたりすることも増えています。

三村 そうした変化もあり,今,精神科医療の対象疾患は多岐にわたります。発達障害から認知症,小児から超高齢者まで,ライフサイクルを通してかかわる診療科であることを感じています。

西村 私が注目しているのは他科との連携です。身体疾患に罹患するとうつ病などの精神疾患の発症率が上昇します。精神疾患の合併は直接QOLを低下させるだけでなく,「身体疾患の予後に悪影響を与える」ということが,近年報告されています1)。精神疾患と身体疾患の関係は,これまで考えられていた以上に密接だとわかってきました。

三村 西村先生は精神科リエゾンチームによる他科との連携に力を入れていますよね。

西村 はい。サイコオンコロジー領域など,精神科医が他科と連携する機会は増え続けており,いまや診療科を超えて病院全体の全人的・包括的医療を支える役割を担っています。精神科リエゾンチームは2016年度の診療報酬改定でそれ自体の算定点数が上がっただけでなく,総合病院における複数の加算の算定要件にもなりました。精神科と他科の協力は今後も加速するでしょう。

三村 これらの社会的ニーズの変化に対応した教育が求められているということになりそうです。

医学部教育は国際基準へ

三村 まず,医学部教育の変化について西村先生の考えをお聞かせください。

西村 2017年3月に6年ぶりに改定された医学教育モデル・コア・カリキュラム(コアカリ)はECFMG通告を意識した変更となりました。各大学に国際基準との整合性を図ることを強く求めています。国際認証を取得する動きは全国的に波及していくでしょう。

三村 東女医大は2013年から国際的に認定されたカリキュラムを運用していますね。

西村 2012年に,日本で初めて世界医学教育連盟(WFME)の国際外部評価団から,国際基準に適合するという高評価を受けました。そのときにはWFMEグローバルスタンダードを参考に講義と実習のカリキュラムを整備しました。

 2017年3月には日本医学教育評価機構(JACME)がWFMEから認定機関として認証されました。今後はWFMEではなく,各大学はJACMEから国際基準に適合するかどうかの評価を受けることになります。

三村 国内に認定機関ができたことにより,各大学でのカリキュラムの整備はますます進んでいくのではないかと思います。慶大でも国際認証を得るべくカリキュラムを詰めているところです。

神庭 九大でも検討を進めています。この流れを受けて,医学部教育は座学から臨床実習へのシフトがさらに明確になってきていますね。それも,見学型ではなく「診療参加型臨床実習」の強い求めがあります。

三村 コアカリには臨床実習で学生に求められるレベルがより具体的に示されました。鑑別診断を考えながら病歴聴取などを行うことが目標とされています。

西村 精神科に関しては,診療参加型臨床実習における位置付けが変わり,「臨床実習で必ず経験すべき診療科」の一つとして精神科が明記されました。これにより精神科実習は1~2週間の配属ではなく,原則4週間以上行われるようになります。

 精神疾患は実際に患者さんを見て初めて学ぶことが多い疾患ですから,この流れは良いことだと思います。

神庭 精神疾患を持つ患者さんをどのように診察すればよいかを知ることは,他科診療でも必要です。医学部教育では精神科の基礎知識に加えて,臨床現場でしっかりと体験することをめざしてほしいですね。

「行動科学」が入った新コアカリ

三村 では,医学部で精神医学を教えていく上で,コアカリの学修目標はどのように変わっているのでしょうか。

西村 症候・病態からのアプローチに「不安・抑うつ」「物忘れ」が追加され,「患者の死後の家族のケア」などが新たに加わっています。これらは精神科リエゾンチームや緩和ケアチームにおいて精神科医に求められるものです。

三村 近年重要性を増している領域であり,他科に進む人も全員理解していなければならないものです。人の行動と心理の仕組みを理解する基礎的な知識と考え方である「行動科学」が加わったこともポイントだと思います。

西村 はい。以前のコアカリにも要素は入っていたものの,整理して区分されたのは国際認証評価の中に入っているからでしょう。

 具体的には,人の行動や動機付け,コミュニケーション,行動変容における理論と技法などの学修目標が設定されました。これらには精神医学からの貢献が求められてくると想定しています。

三村 なるほど。どのような教育方法を取っていますか。

西村 医師としてのプロフェッショナリズムを育み,医師としての使命感,倫理観,態度などの習得をめざす「人間関係教育」というカリキュラムを組んでいます。行動科学はこれに含まれており,1年次から5年次までワークショップと実習を行っています()。

 東女医大における人間関係教育のワークショップと実習(クリックで拡大)
行動科学に関する具体的な学修目標がコアカリ中の「人の行動と心理」に定められた。東女医大の人間関係教育のカリキュラムには,行動科学に関連するものが多く含まれている。1年次から5年次までを通して,ワークショップと実習により医師として持つべき技能を身につける。

神庭 5年間をかけて教育するというのはすごいですね。

西村 年次に応じて段階的に進めていくようにしています。低学年の「人として」の教育から入り,徐々にレベルを上げながら高学年で「医師として」の在り方を徹底的に考えさせます。基礎医学から臨床医学まで多くの科の先生が協力しながら進めており,精神医学が貢献すべき内容も多いです。

三村 医師としての基本的な考え方を低学年から学生の成長に合わせて育むのは大切なことですね。精神医学は医療面接など,どのように患者さんと接していくかという部分を含めて指導にかかわれるのではないかと考えています。

初期研修は他科との連携の基盤を作ることを目標に

三村 卒後教育に話を移しましょう。初期研修制度は導入されてから10年以上が経過しました。神庭先生,これまでを振り返り,どのように評価していますか。

神庭 精神科医の立場からはメリットがありました。初期研修により,精神科医をめざす人が身体疾患を診るトレーニングを積んでいることはとても大きいと感じます。身体疾患と精神疾患を合併する患者さんは高齢化とともに増えています。身体疾患に変化があったとき,初期研修を受けてきた精神科医は基本的な対応がよりしっかりできています。

三村 近年の精神科医療の変化に合った能力を身につけているということですね。

 精神科は初期研修制度の導入当初は必修でしたが,2010年度からは選択必修となっています。

神庭 選択必修とはいえ,研修医を見ていると一昔前よりも精神科研修への関心は高まっているという実感があります。社会からのニーズの高まりや医学部での精神医学教育により,精神科医療の重要性の理解が進んでいるのでしょう。

西村 医学部教育における診療参加型臨床実習で,精神科が重視されたところです。初期研修でも重要な領域であることは間違いありません。初期研修の到達目標も2017年に改定が行われ,卒前から卒後にかけての一貫性を重視するという方向性が示されています。

三村 教育の連続性という観点では,医学部教育で学ぶ精神医学的アプローチや行動科学についても発展的に教育していきたいですね。

 初期研修は精神科をめざす人だけでなく,将来他科を専門としてキャリアを重ねる人への精神科教育の場でもあります。何をどこまで求め,教えていくかのバランスは難しいところです。

神庭 他科でも精神疾患を持つ患者さんを診療する機会は必ずあります。他科をめざす人は精神科初期研修で,医療面接の技法,精神症状の基本的な診立てと加療,適切に精神科へ紹介する能力の習得を目標とするのが良いと思います。

三村 他科に進む人にとって,初期研修は精神疾患に対する集中的なトレーニングを積む最後の機会だと思います。全員に精神科の教育機会を与えたいものです。

神庭 日本精神神経学会や精神科七者懇談会は,初期研修の5年ごとの見直しの中で,精神科医療の社会的インパクトの大きさから,必修科への復帰を訴えています。精神科初期研修を通じて他科の医師からの精神医学の理解が深まれば,お互いの診療の質も高まり,今後ますます求められる「身体もこころも診られる全人的な医療」につながるのではないかと思います。

後期研修は年次ごとの目標が示されるように

三村 精神科医としてキャリアを重ねていくとすれば,精神科専門医と精神保健指定医の2つの資格をめざすことがスタンダードです。専門医に関しては初期研修修了後に後期研修医として専門教育を受けていくことになるでしょう。後期研修医は何を目標にし,指導者はどのように教えていけばよいのでしょうか。

 神庭先生,日本専門医機構による専門医制度へ移行すると,研修にはどのような変化がありますか。

神庭 大きな変化は,原則として年次ごとに到達目標が定められるプログラム制が導入されることです。

三村 それは全ての科に共通する動きですか。

神庭 はい。ただ研修医や地域医療への配慮のために,カリキュラム制を含んだ柔軟な運用ができるようにしています。この点について,日本精神神経学会では各施設に対するプログラム認定のための整備基準を改訂しています。

三村 研修のプログラムは整備されつつありますね。精神科後期研修における具体的な目標はどのようなものでしょう。

神庭 モデルプログラムの一例では,1年目は「指導医と一緒に統合失調症の患者さんなどを受け持ち,面接の仕方,診断と治療計画,薬物療法及び精神療法の基本を学ぶ」としています。良好な治療関係構築のために,特に面接を重視すべきです。2年目は「指導医の指導を受けつつ自立する」こと。他科と協働したリエゾン精神医学や児童思春期の症例経験も求めています。3年目には「指導医から自立して診療できる」ことを目標に,地域医療の現場でソーシャルワーカーなど他職種との関係構築までをめざします。

三村 目標の細かい点は各研修先の状況に合わせたものとなるでしょう。しかし,1年目の面接重視と,3年目修了時に自立した精神科診療と地域医療への十分な理解が求められることは共通してくると思います。

西村 各施設でのプログラムの整備に関しては,目標到達までのロードマップを示していく方法が必要だと思います。医学部教育と初期研修の間と同様に,後期研修においても初期研修と目標の共通化が可能な部分もあるでしょう。シームレスな目標設定をすることで,より大きな効果を得られると考えています。

三村 目標を意識した教育のためには,指導法など,指導医への教育もポイントになりそうです。

神庭 そこが非常に大切だと私も思います。指導医は質の高い専門医を育てるキープレーヤーです。

西村 研修医からの逆評価など,今後は新しいシステムを取り入れていく議論が進むのではないでしょうか。

神庭 そうですね。指導医は自らが多様な精神疾患を診るトレーニングを積みつつ,獲得したスキルを後進に伝える方法を身につけることが重要だと思っています。

 新専門医制度の導入はゴールではなく,新たなスタートです。より良い精神科後期研修を提供するために,指導の仕組みを含めてさまざまな工夫ができると思います。

三村 指導者が精神科医療の変化を的確にとらえ,医学部入学から専門医までの教育をさらに連続性のあるものにしていけば,精神科医をめざす人も増えると思います。本日はありがとうございました。

(了)

参考文献
1)Lancet.2007[PMID:17804063]


かんば・しげのぶ氏
1980年慶大医学部卒,同大精神神経科入局。82年米国メイヨークリニック留学,87年同精神科レジデント修了後,アシスタント・プロフェッサー。慶大講師を経て,96年山梨大医学部精神神経医学講座教授。2003年より現職。日本専門医機構理事,日本精神神経学会副理事長などを務める。

みむら・まさる氏
1984年慶大医学部卒,同大精神神経科入局。92年より米ボストン大医学部行動神経学部門失語症研究センター,記憶障害研究センター研究員などを経て,2000年昭和大医学部精神医学教室助教授。11年より現職。『精神科レジデントマニュアル』(医学書院)編者。神経心理学,老年精神医学,認知リハビリテーションが専門。

にしむら・かつじ氏
1986年熊本大医学部卒。93年より独アーヘン工科大医学部精神科留学。帰国後,東女医大精神医学講座助手。同大臨床准教授を経て,2016年より現職。コンサルテーション・リエゾン精神医学を専門とする。日本総合病院精神医学会理事。

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