医学界新聞

対談・座談会

2017.05.29



【座談会】

全ての看護師が実践したい
意思決定支援の技法

杉江 礼子氏(市立大津市民病院 がん看護専門看護師)
川崎 優子氏(兵庫県立大学看護学部准教授)=司会
奥出 有香子氏(順天堂大学医学部附属練馬病院 がん看護専門看護師)


 患者の自己決定に基づく医療が推進されている昨今,治療方法の進歩や複雑化,治療を受けられる医療機関の多様化により,患者自身による意思決定は難しさを増している。医療者による意思決定支援の重要性は高く,中でも患者のケアを担う看護師に大きな役割が期待されていると言えるだろう。しかし,意思決定支援のプロセスや技術の体系化は難しく,現場で一人ひとりの看護師が試行錯誤しながら取り組んでいるのが現状ではないだろうか。

 本紙では,意思決定支援の技法とプロセスの体系化に取り組んでいる川崎氏,がん看護専門看護師として患者・家族の相談支援を行う奥出氏と杉江氏に,全ての看護師に知っておいてほしい意思決定支援の在り方についてお話しいただいた。


川崎 医療現場において意思決定支援は重要なテーマです。がん領域では相談支援体制の整備が重点的に行われる中で注目されています。奥出さんはこれまで主にがん相談支援センターで治療期の患者さんの治療選択にかかわり,杉江さんは緩和ケア病棟や患者相談支援室,緩和ケアチームでの意思決定支援に携わっています。まずは,それぞれの臨床現場における支援場面と,課題を教えていただけますか。

奥出 今,がん治療では外科手術,化学療法,放射線療法の三大治療に加えて,がん免疫療法が登場しています。インターネットが発達し,情報を得るのは容易になりました。その反面,選択はかえって難しくなっています。最近,化学療法では遺伝子診断による効果予測ができるものもあります。その結果をもとにした治療選択や,遺伝性疾患の患者さんの家族に検査をするかどうかという相談も増えてきました。

川崎 対応するために,看護師が知っておくべき情報量も増えてきているでしょうね。

奥出 はい。医学的情報に加え,近年は生存率の向上により,社会復帰を念頭に置いた情報収集の必要性が高まってきています。AYA世代の患者さんに対する就労支援では,常に患者さんの希望と社会の制度の両方にアンテナを張り,他職種と協働することの必要性を感じています。

川崎 杉江さんはいかがですか。

杉江 緩和ケア病棟では終末期の治療方針について患者さんや家族,医師,病棟看護師と話し合っています。がん相談では治療中止の判断や治療法の選択,療養生活に関する身近な相談にかかわることもあります。病期によって相談内容が違うので,緩和ケアでも情報を広く持っておく必要があります。

 意思決定者であると患者さん自身が自覚していない場合や,緩和ケアの開始を治療の中止だと誤解している方もまだ多いです。治療期での支援がもっと充実すれば,緩和ケアが中心となる時期の納得や満足につながるのではないかと感じています。

川崎 平均在院日数の短縮に伴い,患者さんは初期治療を終えると別の医療機関へ移ります。療養生活を送る中で,さまざまな局面に遭遇し意思決定を繰り返していかなければなりません。意向に見合った療養生活の実現に,看護師の連携と支援が求められています。

病棟看護師だからこそ聞けることがある

川崎 臨床では患者さんが抱えている療養上の課題を解決しながら,意思決定支援を進めていく必要があります。看護師に求められる支援は何だと思いますか。

杉江 看護師は患者さんの疾患のステージや状態から,「いつ,何が起こるか」をある程度予測できます。それを踏まえて,患者さんの送りたい生活を実現できるよう,一緒に考えていくことです。例えば緩和ケア病棟では,終末期の状態変化に応じて輸液や食事の調整,ADL介助の程度や方法など,細やかな相談に応えています。

奥出 その際には,患者さんがこれまで何を大切に生きてきて,これからどんな選択をして生きていくかを共に考えるという認識が重要です。治療期の患者さんの意思決定支援では,「仕事を続けたい」など,治療選択のポイントとなり得る価値観を探っています。そうした情報から一緒に考えられるのは看護師による支援の独自性でもあると思います。

川崎 重大な治療選択にかかわる意思決定支援において「患者さんの価値観の確認」は大切なことです。患者さんと接する機会が多い病棟のジェネラリスト看護師にこそ,その役目を果たしてもらいたいところです。

杉江 病棟看護師が入院時に聞く患者情報には,仕事や家族構成など生活背景も含まれます。これらはその後の意思決定支援の際に,患者さんが今後何を大切にどう過ごしたいか意向を確認する糸口として有用になるでしょう。

 現状では,患者さんの状態が悪くなり,重大な意思決定を迫られたときに聴こうと試みます。患者さんと看護師にとって,状態が悪化してから,さらに悪くなったらどうするかという話をするのは心理的に難しいものです。結果としてその後の意思決定支援が不十分になりかねません。早い段階からのかかわりの積み重ねが非常に大切になります。

川崎 これは意思決定支援における大きな問題です。がんの診断,治療開始,再発などの機会で患者さんの価値観を確認するようなかかわりをしていく必要があるでしょう。そのためには,看護師が価値観を聴き出す方法を身につけていくことが求められます。

 ところが臨床では,患者さんの価値観や意思決定プロセスの全体像があいまいなまま,一人ひとりの看護師が独自の方法で支援をしている現状があります。

杉江 「そもそも意思決定支援って何?」という疑問があるかもしれませんが,日々実践しているかかわりには意思決定支援も含まれています。臨床では「意思決定支援とは何か」を体系的に知る機会が限られているため,何を基に患者さんの話を聴き,どのように意思決定を支援していけばよいのかを臨床の看護師は知りたいのではないでしょうか。

意思決定支援のプロセスと技法を体系化した「NSSDM」

川崎 欧米ではさまざまな意思決定支援ツールが開発されています。しかし,日本人は周りとの関係性を重要視して意思決定しようとする傾向があるため,欧米のツールの適応には限界がありました。

 そこで,日本人の行動原理や価値観に合った,「感情の共有と価値観の重視」を根底に置いたモデルを考案しました。これは,看護師が患者さんの生活に焦点を合わせ,伴走者として支援するための技法を描写した「意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル(Nursing model for Supporting Shared Decision Making;NSSDM)」です。がん患者さん207事例の意思決定支援を通じて,看護療養相談技術を帰納的に抽出し,体系化して作成しました()。

 がん患者の意思決定場面における看護療養相談技術(『看護者が行う意思決定支援の技法30』より作成)(クリックで拡大)

杉江 相談場面ではNSSDMを活用しています。NSSDMは全体の流れとその時々に使う技法を示しているので,話の展開を俯瞰的に見て,意思決定のために今不足している部分と次に何をどう聴けばよいかの道しるべになっていると思います。

奥出 患者さんに合わせて話を展開する中で,相談の本来の目的を見失い,まとめるのに苦労することもありますよね。

杉江 患者さんの相談では,話の“入り口”と“真のニーズ”が違う場合も多くあります。真のニーズにたどり着かないと,患者さんが求める支援につながりません。NSSDMの「スキル2 相談内容の焦点化につきあう」 の部分を参考にすることで,限られた時間の中でも「患者さんが本当に相談したかった思いは何か」にたどり着くことができ,患者さんの満足につなげることができます。

川崎 患者さんに語ってもらうためには,画一的な問い掛けではなく「患者さんの生活や価値観に関心をもつ」という看護師の姿勢を患者さんに感じてもらうことが大切です。そのためには技術が必要ですよね。

奥出 はい。普段は自分のことを話さず支援が難しかった患者さんに,「初めて心の内を話せた」と言われ,治療選択ができたときには,意図的に話を展開することで信頼が得られるのだと実感しました。

 「看護師には自分の心の内を話してもいいんだ」という実感を患者さんに持ってもらえれば,看護師を相談相手として考えてくれるようになるでしょう。その経験を治療期で一度できれば,さらに後の治療決定や転院先でも同じように価値観を話してもらいやすくなり,意思決定支援がスムーズになるのではないでしょうか。病棟の看護師にもこのようなかかわりを持ってもらうことが理想です。

川崎 NSSDMに含まれる一つひとつの技法は看護師であれば誰もが習得してきたことです。それぞれの技法の適応の仕方,つまり意図性やタイミングを正確に理解すれば取り組めることだと思いますが,いかがでしょうか。

杉江 病棟で感じているジレンマに,患者さんの話をゆっくり聴く時間の確保が難しいことがあります。だからこそ検温時など,短時間でも意図的にかかわるという点でNSSDMを有効活用できる可能性があります。NSSDMを構成する技法の全てを実践しなくても,患者さんの状況に応じて必要な部分を活用することで,十分関係性を構築できると思います。

奥出 院内で看護師を指導するときには,患者さんに意図的に質問することを意識付ける教育ツールにもなっています。臨床での看護師教育の場合,言動の意味付けが大切です。“何気ない会話”が,全体の意思決定プロセスの中の一部分であると教える上で,本モデルは適していますね。

川崎 NSSDM自体はがん相談に特異的なものではなく,汎用性が高い意思決定支援モデルです。看護師が患者さんとの会話の中で真のニーズや価値観を引き出していくことの重要性に気付けば,意思決定支援全体の質は間違いなく高まると思います。

価値観を“ニュートラル”に

川崎 意思決定に至るプロセスを支援するには,患者さんの感情に寄り添っていく必要があります。がん患者さんとかかわる中で,意思決定支援に重要だと思うことは何ですか。

杉江 実践を通して感じるのは,自分の価値観を客観的に把握することの重要性です。自分の価値観を知り,それを“横に置いて”初めて,患者さんの話を相対化せずに,中立的に聴くことができます。言わば“ニュートラル”な状態です。自分の価値観にとらわれると,患者さんの“あるがまま”に寄り添えず,看護師の価値観による判断や評価になってしまう可能性があります。

川崎 自分の価値観を知ることを目的としたワークショップを開催すると,参加者は「自分の価値観を考える機会はなかった」と口をそろえるのです。臨床では患者さんを題材にした事例検討会はあっても,「そのとき看護師として何を考えていたか?」を振り返る機会はあまりないのかもしれません。

 “ニュートラル”な状態になれない人の特徴の一つには,経験年数の長さがあります。豊富な経験があるが故の落とし穴に気を付けたいですね。

奥出 長く経験していると,「こうあるべき」というフィルターができてしまうのかもしれません。自分の価値観を問う研修を行うことでニュートラルに話を聞くことができるようになるはずです。

杉江 そうですね。意思決定支援の院内研修で,テーマの一つとして取り入れてもいいかもしれません。

 意思決定を迫られた患者さんは,決定してからも迷いが続き,後悔することもあります。看護師に求められるのは,その迷いや後悔,決めたことの変更も想定しながら,揺れる感情を共有し,受け止めていくことです。意思決定の瞬間だけでなく,前後のプロセスにかかわり続けること自体が患者さんのケアにつながります。どの時期の場面であっても,看護師が意思決定支援の内容を理解し,自分の価値観にとらわれずに患者さんの思いを聴き,寄り添っていくことが大切です。

奥出 どんな局面においても,人間は希望なしに生きていくことは難しいですから,看護師が患者さんの思いを聞き,感情の表出から希望を共有できるようなかかわりが非常に重要です。例えば「家族を大事にしている」という感情を共有したら,子どもや孫の卒業式への出席を退院の目標にするなど,患者さんと一緒に取り組んでいく姿勢が必要だと思います。

川崎 患者さんが意思決定した“後”に,その方向へ進み続けられるかどうかは,実は医療者にかかっています。意思決定支援後のフォローとして,看護師が患者さんの希望を見いだすことの手伝いができれば,看護師による意思決定支援はよりよいものとなるでしょう。

(了)


かわさき・ゆうこ氏
埼玉県立衛生短大卒。国立名古屋病院の病棟看護師,兵庫県立大講師などを経て,2012年に兵庫県立大大学院看護学研究科博士後期課程修了(看護学博士)。同年より現職。教育研究活動の傍らがん診療連携拠点病院のがん相談支援センター相談員としてがん患者の療養相談に対応。当時の経験をもとに研究を重ね,『看護者が行う意思決定支援の技法30』(医学書院)を執筆。

おくで・ゆかこ氏
順天堂医療短大卒後,順天堂医院に勤務。2003年に兵庫県立大大学院看護学研究科修士課程を修了。04年にがん看護専門看護師を取得し,17年3月まで順天堂医院乳腺センター,がん治療センター,患者・看護相談室にて,主にがん患者の治療選択の支援にかかわり,17年4月より現職。

すぎえ・れいこ氏
大津市民病院付属看護専門学校卒後,大津市民病院(現・市立大津市民病院)に入職。2001年より緩和ケア病棟に勤務。05年緩和ケア認定看護師取得,11年兵庫県立大大学院看護学研究科修士課程を修了し,がん看護専門看護師取得。現在も緩和ケア病棟に所属し,緩和ケアチーム,がん相談など,組織横断的に緩和ケア領域の相談をサポートしている。

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