大学院生との四季(井部俊子)
連載
2017.02.27
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学特任教授 |
(前回よりつづく)
大学院の年度末はこのように記述される。「今年もまた,大学院の修了生たちが巣立っていった。年末から年始にかけて,修士・博士論文の提出と審査が続き,怒涛のようなやり取りと審査,書類作成とプレゼンの“だめ出し”に追われた。その寒くて暗い日々は,晴れやかな修了式の笑顔で締めくくられた。その笑顔を支える論文の提出までには,本人も,そして指導する側も忘れている(忘れてしまいたいと願っている)修羅場の数々があった」(萱間真美著『質的研究のピットフォール』医学書院,2013年)。
私も大学院生を「指導する側」で10年余りを過ごした。振り返ってみると,大学院生と付き合う期間は特定のリズムがあることに気付いた。特に,修士課程の院生の多くは臨床家としての生活からアカデミズムの領域に初めて足を踏み入れてくるので,4月からの“新生活”に適応することから始めなければならない。そこで,「指導する側」が研究指導のピットフォールに「陥らないために/抜け出るために」(これは前出の本の副題である),私の経験則を記しておこうと思う。
アカデミアの作法を伝授する春,テーマを絞り適性を見極める冬
看護系大学院修士課程の標準年限は2年である。この2年間を四季に分けて書くことにしたい。
まず,1年目の春。修士課程1年生を迎える教員は,自分が担当する領域に入学してきた学生の背景と特徴,そして何を関心事としているのかを把握しようとする。このような事柄は大学院の入試や面接で既に問うているのだが,あらためて本人に会って関係性を築いていくプロセスである。
大学は,履修科目,履修単位,学内の教育環境などについてオリエンテーションを行う。学生は同僚となる顔触れを確認しネットワーク作りを始める。この時期に社交的でない学生は居場所をみつけるのに苦労する。
そして,じきに授業が始まる。学部の授業とは異なり,多くは必読文献が提示され,プレゼンテーションをするという方法で授業が進められる。教員は,学生の能力と特性を把握する時期であり,自然発生的にリーダー役が決まっていくことを知る。プレゼンテーションの資料をどのように作成したらよいかを知るために,研究室を訪れるかもしれない。教員は学生との接点を多く設け,アカデミアの作法を伝授する。
1年目の夏。学生は仲間作りを終え,勉学とアルバイトといった生活パターンを確立する。大学院生として吸収しつつある知識が新鮮であり悦びとなる。いわゆる知的興奮期である。教員は理論と現実を行ったり来たりしながら,学生の中に知識を定着させていかなければならない。
1年目の秋。そろそろ修士論文のテーマを決めて研究計画書を書かなければ,と学生たちがそわそわし始める。しかし,膨大な知識が頭の中で拡散している学生にとって,それらを収束して特定のテーマに絞ることは甚だ困難な作業となる。この段階は思考の拡散を十分にしておいてよいと私は思っている。教員はそのために適切な文献やチャンスを提供する。
1年目の冬。学生が入学時から引きずっている“関心事”を再び取り出して,学生の研究テーマとして絞る作業に教員は取り掛かる。一般的に,修士の学生は関心領域が漠然としていてすぐには研究テーマにはならない(ということは教員はわかるのだが,本人はなかなかわからない)。したがって,1年目の冬は,研究テーマを絞ることが重要である。研究は,このただ広い現実の中の,ある狭い領域を深く探ることであると理解してもらうよう,教員は学生と向き合う。
この時期に学生とやり取りしていて,この学生は質的研究に向いているか,量的研究のほうがよいかを私は判断していた。いわゆる“判断中止”ができない自己中心的な発想の学生は質的研究法の選択を避けたほうがよい,という経験則を持っている。いずれにしても,翌年の春に提出しなければならない研究計画書作成に向けた作業に着手する時期である。教員との面接機会が増える。不十分な箇所を指摘され落ち込む時期でもある。このようなとき,仲間との支え合いが効力を発揮することを学生は知る。
研究室の教員と学生との一対一の面接ではさまざまな事象が展開される。学生の不十分さをあげつらって指導に至らない教員,自分の悩みや愚痴を学生に聞かせて終わる教員もいる。このような面接は学生が困惑し,場合によっては学生のメンタルヘルスに影響を及ぼすことを教員は知っておく必要がある。一回の面接にどのくらいの時間を要すかは個人差があると思うが,私は1時間から2時間以内にしている。長すぎるとお互いに疲れてきて建設的になれないからである。次回の面接日程を決めて終わる。次回を設定することは,研究を進めていく上でペースメーカーとなる。
時期を見計らっての急ハンドル,能力と時間を踏まえた“だめ出し”
2年目の春,学生は研究計画書を完成させ提出する。最初の追い込みである。学生は,うまくやり遂げられるか不安が募る。教員は冷静に,サポーティブに学生と付き合う。自尊心を尊重し,この研究は面白いというメッセージを学生に頻繁に伝える。研究計画書の提出が近づき,残された時間が少ないときは,教員は急ハンドルを切って「研究テーマはこのようにしたらどうか」と提案する。この兼ね合いがポイントである。研究指導にはその時期に見合ったやり取りがある。
2年目の夏。研究計画書に基づいて,学生はデータ収集に精を出す時期である。教員は頃合いをみて,うまくいっているか声を掛ける。教員はフィールドの確保に力を貸すこともある。
2年目の秋。この時期はデータ分析と論文執筆の時期である。データ分析方法はあらかじめ研究計画で確定しているので自力でも比較的うまくいくのであるが,問題は「結果」と「考察」の記述である。教員は学生と面接する機会が増える。教員にも心身の安定が求められる。2回目の追い込みである。論文提出期日の直前に膨大な指摘と修正を学生に求めなくて済むように,教員は学生の能力と時間を考えた“だめ出し”を計画的にしなければならない。
こうして「寒くて暗い日々」は終わり,「晴れやかな修了式」を迎えることができる。論文の最後に書かれる「謝辞」で,私は学生の2年間の思いを知る。
(つづく)
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