医学界新聞

連載

2017.02.13



臨床医ならCASE REPORTを書きなさい

臨床医として勤務しながらfirst authorとして年10本以上の論文を執筆する筆者が,Case reportに焦点を当て,論文作成のコツを紹介します。

水野 篤(聖路加国際病院 循環器内科)

■第11回 Case Reportマイスターから学ぶ(前編) あらためて,Case Reportの意義


前回よりつづく

水野 今回と次回は,臨床医として多忙な中,どうやって自ら執筆し,後輩を指導しているのか,Case reportをバリバリ書いている3人の先生に座談会形式でお話を聞いていきます。

初めてのCase Report

水野 早速ですが,皆さんが初めて執筆したときのことを教えてください。何か指導は受けたのでしょうか。

志水 私が初めてCase reportを書いたのは,米エモリー大留学時でした。筆頭著者として500本以上論文を書いている山口正義先生に,「臨床から離れて時間がある今のうちに書け」と言われて,留学前に診てきた症例をまとめました。山口先生から教わったことは2つ。①若手のうちは,インパクトファクターの高い雑誌に送るより,とにかく数を打つこと,②研究費がないうちは,Case reportやReview,メタアナリシスなど,お金のかからない論文を書くことです。

 徳田安春先生も私の論文の重要なメンターの一人で,私が書いたものを丁寧に直した上で,「私の意見ですので,志水先生の考えを優先してください」と優しく指導してくださいました。

皿谷 私は,英国から帰国した当時の上司の和田裕雄先生に添削を受けた後,L. ティアニー先生と青木眞先生に指導していただきました。初めて書いた論文は,まさに英単語をつなげただけの文章でした(苦笑)。外勤先の外来がたまたま後藤元先生と一緒だったこともあり,午前の診察が終わる11時過ぎからお昼まで,短い時間ながら,毎週さまざまな添削指導を受けました。至福の時間でもあり,論文作成の楽しさを感じ始めた時期でした。ティアニー先生には,NEJMのCase Records of the Massachusetts General Hospitalに共著で発表することも提案していただいたのですが,とりあえずレターを執筆しました。

忽那 私の場合,1例目は市立奈良病院所属時に診た症例を当センターへの異動後に書いたので,奈良での恩師の笠原敬先生に連絡を取り,適宜コメントをいただきながら書きました。このときにディスカッションの進め方など,基本的なことを学びました。Original articleでは,早川佳代子先生に,統計などを中心にかなり指導を受けました。

水野 皆さん,やはり何らかの指導医との思い出がありますね。良き指導医との出会いが大切なことは,言うまでもありません。

診察能力向上から,臨床・エビデンスへの貢献まで

水野 とは言っても,良き指導医に恵まれる臨床医ばかりではないのも現実です。それでも忙しい毎日の中,Case Reportを書くモチベーションをどう保てばよいのか。皆さんはどのようなメリットがあるとお考えですか?

志水 Case Reportを書くようになると,診察の能力が明らかに上がります。「Case Reportになるような症例はないか」といつも考えているので,フィジカルも病歴聴取も丁寧になります

皿谷 通常と異なる所見の患者さんを探すのは楽しいし,勉強になりますよね。さらに,その症例をCase Reportとして残そうとする過程でも,1例1例気付きがありますし,そこから大きな研究につながることもあります。

志水 患者さんから学んだことをかみ砕いて消化する過程は,教育という観点でも役立ちますよね。

皿谷 症例から生じた疑問を解き明かす中では,いろいろな人の助言,技術的な助けを受けます。それによってできる横のつながりも財産になります。

 また,私たちが苦労した症例には,他の方もおそらく苦労します。臨床への貢献という意味でも意義があります。

忽那 エビデンスとして残すという意義も大きいです。例えば私が出会った,日本初の輸入ジカ熱症例[PMID:24507466]。当初デング熱かと思って検尿したところ,遺伝子が血液からは出ずに,尿から出ました。ジカウイルスを尿中から検出して診断したのは世界初でした。この報告の後,ジカウイルス感染症の診断には尿PCRが用いられるようになりました。症例報告でも知見に寄与できると学んだ症例です。

水野 忽那先生ならではのお話ですね。“世界初”そして,世の中を変えるというのはモチベーションにつながりそうです。

忽那 新興・再興感染症をはじめ,まだよくわかっていない疾患の臨床像はとりあえず早く報告しておくと,自分が「初」と言い張れるので積極的に書くことをお勧めします(笑)。逆に言うと,論文として報告しないと初の症例とは認定されない。例えば,私の後輩が日本人症例を初めて報告したサルマラリア感染[PMID:23587117]は,議事録レベルではその前にも例がありました。しかし,そちらは論文化されていなかったため,後輩の例が日本初として認定されています。

志水 学会発表だけでは形に残りませんから,論文化することは大事ですね。

水野 当院でも学会発表をしたら後で必ず論文化するように指導しています。学会発表がゴールじゃないよと。

 ……とは言え,書いたもののAcceptまでいかず,お蔵入りしてしまう論文もありますよね。

志水 そうですね(苦笑)。私の場合は半分くらいがそうです。

皿谷 採択率は雑誌によります。私の場合,「とにかく形に残しておきたい症例」は,インパクトファクターの低い雑誌でも良いので,どこかに掲載されるまで出すようにしています。

忽那 最初はNEJM,そこから流れ流れて~というやつですね(笑)。必要とする人が読めるよう,まずは報告することが重要です。

水野 形に残ると,後々まで皆が読んでくれるという点もうれしいですよね。

Caseから生まれるキャリア

忽那 Case Reportには,自身の専門性を作り上げるという面もあります。「この人,この症例を書いてるから,きっと詳しいに違いない」と。私の場合,デング熱,ジカ熱,回帰熱などを報告していたら,いつの間にか輸入感染症の人になっていました。その疾患の専門家として周囲から認識されるという意味でも,価値があると思います。

水野 忽那先生は,初めてCase Reportを書いた症例に出会うまで,論文執筆にはあまり興味がなかったそうですね。

忽那 全くありませんでした。でもあるとき,「これは形に残したほうがいい」と思い,書き始めました。輸入感染症に興味を持ち,当センターに来るきっかけにもなった症例なので,今でも時々読み返しては「いいケースだなぁ」と自画自賛しています(笑)。

水野 人生を変えた症例ですね。そうしたCase Reportを書けるように,臨床医として日々研鑽したいものです。

 次回は指導する際の話を聞きたいと思います。お楽しみに!

ゲストのマイスターたちにこんなことを聞いてみました

❶略歴
❷初めて書いたCase Report
❸これまで,あるいは年間の執筆本数
❹最も印象に残っているCase Report,それから得た学び

左から,皿谷氏,志水氏,忽那氏,水野氏


皿谷健氏(杏林大学医学部付属病院呼吸器内科講師)

❶1998年順大卒。都立広尾病院,都立駒込病院で研修。杏林大第一内科を経て,2014年より現職。10年から論文係として医局のほぼ全ての臨床論文指導を担う。

❷卒後8年目。HIV患者が帯状疱疹ウイルスの血管感染を起こし,多発脳動脈瘤を生じた世界初の症例[PMID:16585673]。

❸現在は年間25~30本。

❹DIHSにおけるHHV-6再活性化のリンパ節からの直接検出[PMID:23536404]や,空洞性病変を呈したホジキンリンパ腫の肺病変の組織学的検討[PMID:23509306],ベバシズマブ使用下での肺腺がんの腫瘍崩壊症候群による魚鱗癬合併[PMID:22042943]など世界初の症例。自分の目の前にも世界初の症例がくることがあると経験し,1例1例気をつけて診察するようになった。黒色胸水の新たな診断方法を提唱した症例[PMID:22315123]は,胸水の鑑別診断の神様R. Light先生とのReviewやOriginal article[PMID:23591042]作成にもつながった。


忽那賢志氏(国立国際医療研究センター病院国際感染症センター)

❶2004年山口大卒。関門医療センター,山口大病院で研修。同院高度救命救急センター,奈良県立医大病院感染症センター,市立奈良病院感染制御内科医長を経て,12年より現職。

❷卒後9年目。ウズベキスタン帰りの患者さんによる日本初の回帰熱例[PMID:23857020]。

❸筆頭著者としてはこれまでに19本。書き始めた年は1年で10本執筆。

❹日本初の輸入ジカ熱例(本文参照)のほか,NEJMのClinical Pictureに掲載された風疹症例[PMID:23924006]。日本では風疹がはやっていたので珍しくない症例だったが,世界的には珍しく,掲載となった。場所によって受け取られ方が違う点も,疫学の面白さだと学んだ。


志水太郎氏(獨協医大病院総合診療科・総合診療教育センター診療部長/センター長)

❶2005年愛媛大卒。江東病院,市立堺病院で研修。米エモリー大ロリンス公衆衛生大学院,豪ボンド大経営大学院,カザフスタン共和国ナザルバイエフ大客員教授,練馬光が丘病院総合内科,米ハワイ大内科,東京城東病院総合内科を経て,16年より現職。

❷卒後5年目。留学前に救急科で診た,腹痛を訴える高齢女性の,抗ヒスタミン薬による薬剤性尿閉[PMID:21963757]。

❸年間5~10本。

❹❷の症例。日常的に診ているようなありふれた症例でも,フィジカルの細部を強調するなど,見せ方次第で重要な報告になると学んだ。

続く

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