医療の質と安全のあいだ(井部俊子)
連載
2016.12.12
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学特任教授 |
(前回よりつづく)
第11回医療の質・安全学会学術集会(2016年11月19~20日,幕張メッセ国際会議場)の大会長を務めた。医療の質・安全学会は,「広く英知を集結して医療の質・安全の向上に資する科学的,実践的な研究を推進し,国内外における研究成果の交流・普及を促進することを通じて,医療の質・安全に関する学術基盤の確立と発展に寄与し,もって患者本位の質と安全を提供する新しい医療システムのあり方を実現することを目的」(定款第3条)として,2005年に設立された。本学会は,教育研究者や実務家など,学際的な医療チームのメンバーが参画していることが大きな特色であり,会員数はおよそ2800人である。今回の学術集会の事前登録者(1876人)の職種別構成をみると,看護師が1294人であり69%を占めている。次いで医師(178人),薬剤師(133人),教員・研究職(64人),医療機関等の事務職(54人),臨床工学技士(37人),企業(25人),診療放射線技師(22人),臨床検査技師(17人),理学療法士(12人),管理栄養士(4人),言語聴覚士(2人),社会福祉士(2人),学生(2人),介護福祉士(1人),弁護士(1人),その他(15人)となっている。
患者中心志向から離れていくわが国の安全対策
コングレスバッグ |
今回の学術集会のメインテーマは,「医療の質と安全のあいだ」とした。このテーマは,現代の医療現場では「安全(対策)」が増殖肥大化し,「質」を凌駕しているのではないかという私の問題認識が背景にある。そこで,これまでわが国の医療安全に影響を及ぼした2冊の本を読み返してみた。『人は誰でも間違える――より安全な医療システムを目指して』(日本評論社,2000年)では,安全とは,「事故による障害のない状況」と説明している。さらに,安全に関する<3つの領域>として,①患者の視点に立ったものであること,②患者個々の価値観と好みを最大限に尊重し,極度の個人化あるいは要望に合わせた医療サービスを提供すること,③現在の医学知識を反映した最善の医療サービスを提供することであり,医療実践の多様性を認めることとしている。
次に,『医療の質――谷間を越えて21世紀システムへ』(日本評論社,2002年)では,<21世紀の医療システムが達成すべき6つの改善目標>として,①安全性,②有効性,③患者中心志向,④適時性,⑤効率性,⑥公正性を提示する。私の問題認識は,わが国の安全対策が患者の視点や患者中心志向から離れていく傾向にあることから端を発しているのだと思い至ったのである。
「危ないから」禁止することで損なわれる患者の尊厳と安楽
ある座談会記事を引用したい(川島みどり,他.臨床実践能力をどう身につけるか. 看護実践の科学.2016;41(6):6-15.)。
【エピソード① 温罨法の全面禁止令】
学生が受け持ち患者に腰背部温罨法をしようと計画し,病棟スタッフに伝えたところ,「当院では温罨法は禁止しています」と言われた。看護部長が低温やけどのニュースを目にしたことがきっかけで,病院全体で温罨法や湯たんぽの使用が一切禁止されていた。
【エピソード② お湯の張れない浴槽】
ある病院で,高齢患者が浴槽で滑って転んでしまった。そこで看護部長は,「明日から浴槽にはお湯を張らないように」と通達を出した。
*
つまり,「個別性を大切にしなければならない看護」とは異質の解決策を看護管理者が行っている状況は,「看護専門職の存立危機事態」ではないかという指摘である。
入院患者の配膳時,朝・昼・晩,患者氏名と生年月日を本人に確認しなければならず,そうしないと食事一つ届けられない状況は果たして患者の視点に立っているのであろうか。医療安全一辺倒で,医療現場は疲弊の度合いを高めているという意見もあり,「安全」が本当に質を保証しているのであろうかと懐疑的にならざるを得ない。何かコトが起こるたびに注意項目が追加され,マニュアルが分厚くなり,看護師はそれらを習得しなければならない。
看護が患者の尊厳と安楽を保証することを根源的な価値とするならば,「危ないから」という理由で一律に禁止することによって,看護職が取り組まなければならないはずの患者の尊厳や安楽が損なわれているのではないかと立ち止まって考える必要がある。
学術集会で議論された応募企画24演題,一般演題389演題,教育セミナー8演題,そして4つの特別講演の中で,私は「医療の質と安全のあいだ」を考え続けた。ちなみに今回の学術集会のコングレスバッグには“To err is human, to forgive divine. Alexander Pope”とプリントした。「過つは人の常,許すは神の業」(1711年)である。
(つづく)
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