医学界新聞

インタビュー

2016.11.21



【interview】

高齢がん患者に適切な医療を

長島 文夫氏(杏林大学医学部内科学腫瘍内科 准教授/JCOG高齢者研究委員会 委員長)に聞く


 超高齢社会を迎えた日本では高齢がん患者が増加し続けているが,高齢がん患者を対象とした臨床研究(以下,高齢者研究)は少なく,治療選択の際のエビデンスは乏しい。高齢者研究を進める機運は高まりつつあるものの,その方法論は十分に確立されているとは言い難いのが現状である。

 こうした現状を踏まえ,日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group;JCOG)は2016年に「JCOG高齢者研究ポリシー」1)を発表した。本紙では,同ポリシーを作成したJCOG高齢者研究委員会の委員長である長島氏に,高齢者研究の現状と課題を聞いた。


――高齢がん患者の治療に悩む医療者は多いと聞きます。高齢者と非高齢者とでは何が違うのでしょうか。

長島 高齢者は身体的・精神的・社会的に機能低下を来しやすいため,非高齢者と比較して脆弱な患者の割合が高いことがポイントです。例えば,併存症の多さや常用薬数の増加によって生じる諸問題,他病死リスクの高さ,発がんリスクの上昇,経済状況の悪さなど,さまざまな要素が複雑にからんでくる。また,身体機能や認知機能の維持が患者のベネフィットとなり得ることから,治療の目的は予後の延長以外にも配慮すべき要素が多岐にわたると考えられます。したがって,高齢者特有の対応が求められます。

焦点は“vulnerable”な高齢者

――しかしながら,高齢者に対しては治療選択の際の明確な根拠は乏しいように思います。

長島 高齢がん患者はその特徴ゆえに,通常の臨床研究では対象から外されてしまうことも多く,標準治療の一般化が難しいという問題があります。現場の医師の経験に基づいて対応しているのが現状でしょう。以前はそれでも問題なかったかもしれませんが,新たな治療法や新薬の登場で選択肢が増えた今,高齢がん患者にどこまで治療を行うべきかは非常に悩ましい問題になりました。高齢がん患者に適切な医療を提供するために,エビデンス創出のニーズが増しているわけです。ところが,日本でも海外でも高齢者に特化した臨床研究の方法論については議論が多く,さまざまな意見があります。そこで,JCOGとしての基本的な考え方を共有することをめざし,今回「JCOG高齢者研究ポリシー」1)を作成することになったのです。

――そもそも,何歳以上の方を高齢者として想定しているのですか。

長島 実際には暦年齢だけでは判断できません。しかし,加齢に伴う変化の適切な評価方法が定まっていないため,ポリシーでは65歳以上を対象とする研究を高齢者研究と定義し,実際の研究の対象については個々の臨床研究において規定することとしています。

 その上で概念的な分類として,標準治療を受けられる元気な状態の患者を“fit”,少なくとも標準治療は導入できない患者を“unfit”と大別しました。“unfit”をさらに2つに分け,積極的な治療の対象にならない,つまり対症療法などが適切であろう患者を“frail”としました()。本ポリシーにおける高齢者研究の主な対象は,fitとfrailの間に存在する“vulnerable”な患者,標準治療は導入できないものの治療強度を弱めれば何らかの治療が可能な患者です()。

 高齢者研究の対象となる患者集団を設定する際の概念的な区分1)

――fitとvulnerable,vulnerableとfrailの線引きはどう行うのでしょうか。

長島 その定義も非常に難しいので,現時点では暦年齢とPS(Performance Status)などで対象を設定しているケースが多いです。治療の毒性や疾患の特性に応じて,研究ごとにvulnerableな高齢者とする条件を設定すべきだと考えています。

腫瘍学と老年医学のクロスを

――今後は,研究によっては適格規準の設定に高齢者機能評価(Geriatric Assesment;GA)などを用いることも想定しているのでしょうか。

長島 はい。まずは通常の臨床研究の付随研究として,機能評価なども採録する予定です。データを蓄積していき,適格規準やアウトカム指標として本当に組み込めるのかどうか議論していくことになると思います。

――機能評価は時間を要する印象があります。かなり手間がかかるのではないですか。

長島 重要なら大変でもやろうという意見もあれば,日常診療で高齢者全員に行うのは厳しいという意見もあるでしょう。1つの方法としては,数分で行える簡便なスクリーニングツールなどでまず拾い上げを行い,機能低下が疑われた場合には詳細な評価を進めるという方法です。さらに重要なことは,機能低下がわかったときに実際にどのように介入すべきかです。単にリスクを把握するだけでは患者さんのメリットにつながらない可能性があります。この点に関しては,機能評価に基づく介入の効果についての検証試験が米国でも進行しています。

――老年医学の考え方も重要になりそうです。

長島 一般に,われわれ腫瘍医は身体機能や認知機能,抑うつなどを日常的に詳細にチェックしているわけではありませんし,老年医学的な考え方になじみがありません。機能評価を導入する際はトレーニングも必要になるでしょう。米国は同様の状況の中,そうした評価を看護師に担ってもらおうという意見があり,老年医学の考え方をがん看護専門看護師の教育に取り入れるプログラムが展開されています。

――老年医との協働は難しいのですか。

長島 腫瘍学と老年医学が協働できるのであれば,職種にこだわることはありません。国際老年腫瘍学会(International Society of Geriatric Oncology;SIOG)は,老年医が腫瘍学,腫瘍医が老年医学を学ぶためのプログラムを提供しています。国際学会がそうした体制を10年以上かけて築き上げてきたのに対し,日本ではこれからの工夫が求められており,腫瘍医および老年医のみならず,日本の状況に合った仕組みを構築することが重要です。

将来を見据えた体制を地域の実情に合わせて構築する

――他にどのような課題がありますか。

長島 医療者だけでなく,市民への啓発・教育も急務です。今後高齢患者を支えるには医療者だけでは十分とは言えません。日本は今でも多くの人が病院で亡くなっており,在宅での介護・看取りに拒絶感を示す方も多い。「老化と死」という問題をどうすれば地域で受け止めていけるのか,議論していく場が必要だと感じています。また,製薬会社や健康関連産業などの民間企業と積極的にタイアップしていくことも重要になります。

――限られたリソースを活用し,新たな体制を構築していくことが求められているのですね。

長島 ええ。社会全体で10年後,20年後も機能する体制を,各地域の実情に合わせてどう構築していくかが,今問われている。特に大変なのは都心部です。地方は高齢化がかなり進んでいる上にリソースが限られているので,連携や情報共有をせざるを得ません。一方,都心部は関係者が多く,かつ複雑に絡み合うため対策が進みにくい側面があるように思います。社会全体で高齢がん患者を支える基盤を築いていくには,国がある程度方針を示し,司令塔となる存在の下,地域ごとの体制基盤作りも必要だと感じています。

――今後の進展に期待したいです。

長島 最近学会などでもようやく高齢がん患者の問題が取り上げられるようになってきました。ただ,老年腫瘍学という学問領域が今後発展できるかどうかは研究者の育成にかかっていると言っても過言ではありません。エビデンスを創る医学研究とサービスデリバリーの医学研究の両方がうまく協調しなければ,医療としては齟齬を来す可能性があります。老年腫瘍学の研究者不足は非常に深刻な問題なので,若手の皆さんにぜひ参加してもらいたいのです。そして研究者の育成を進めていく中で,医療・研究・教育環境も整えていければ,と考えています。

(了)

:日本老年医学会では,「しかるべき介入により再び健常な状態に戻る」状態を「フレイル」と定義しており,ここでの“frail”とは別の概念。「フレイル」はむしろ“vulnerable”に近い概念である。

参考文献・URL
1)日本臨床腫瘍研究グループ 高齢者研究委員会.JCOG高齢者研究ポリシー.2016.
http://www.jcog.jp/basic/policy/A_020_0010_39.pdf


ながしま・ふみお氏
1991年東北大医学部卒。98年同大大学院消化器病態学分野修了(医学博士)。同年より国立がんセンター東病院内視鏡部消化器科医員。埼玉医大臨床腫瘍科講師,米南カリフォルニア大腫瘍内科リサーチフェローを経て,2009年より現職。日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)高齢者研究委員会委員長,日本医療研究開発機構「高齢がんを対象とした臨床研究の標準化とその普及に関する研究」主任研究者などを務める。

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