医学界新聞

2016.11.14



Medical Library 書評・新刊案内


基礎から学ぶ楽しい保健統計

中村 好一 著

《評 者》村上 義孝(東邦大教授・医療統計学)

保健,臨床を問わず,統計に悩んでいる全ての人に薦めたい

 待ちに待った中村好一先生の《基礎から学ぶ楽しい》シリーズの第3弾が出版された。既刊のベストセラー『基礎から学ぶ楽しい疫学』(第3版,医学書院,2013)と同様,まったくの初学者でもわかりやすく「楽しく学ぶ」をコンセプトに,欄外の注釈で読者の関心を引きながら,重要な部分はしっかり教えるストロングスタイルは健在である。今回のテーマは統計。ちまたの教科書では「正規分布はこういう式です。検定はこうします」と,説明は天下り的,内容は無味乾燥になりがちであるが,そこは中村先生である。簡潔にして要を得た説明には,筆者の長年にわたる教育のエッセンスが詰め込まれている。本書を読み進めるうちに,中村先生の名講義を聴いているような,そんな気分にさせてくれる名著である。

 本書の内容であるが,統計とは,データの種類と記述的解析,統計グラフの作成,統計学的推論,交絡因子の調整,一致性の観察の6章に分かれている。保健医療分野で用いられる従来の保健統計の教科書の構成を踏襲しつつも,近年コメディカルの研究でも使用される,カッパ統計量やクローンバックのα係数などの信頼性指標,臨床研究でおなじみの生存時間解析や統計モデルについても触れられており,大学院講義にも十分耐えられる内容となっている。

 本書の特徴の一つとして,第2章のデータ入力・データチェック,第3章の図表作成といった,通常の教科書に載っていない重要な点がしっかり説明されている点がある。臨床研究の不正事件に端を発しデータ管理の重要性が声高に叫ばれている中,データ解析前のデータ入力・データチェックは極めて重要であり,大変参考になるパートである。

 また実際の論文指導や査読では,図表の不出来のせいで論文の主張があいまいになるケースが多く,せっかく面白いリサーチクエスチョンであっても,論文掲載の障害になることも多い。図表という「論文の肝」となる部分についての丁寧な説明を読むだけでも,本書を購入する価値があると言っても過言ではない。

 ここ数年,医療統計学の分野ではさまざまな本が出版されているが,その多くは臨床研究,臨床試験を念頭に置いたものである。一方で公衆衛生分野,特に保健所の実務に携わる保健師や,保健医療系の大学生・大学院生を対象とした本は少ないのが悩みであった。本書では学習効果を高めるため,著者が作成した演習用Excelシートが用意されている。医療統計学は実践的な学問であり,実際に手を動かして学ぶことで初めて「わかる」ことが多い。ただ市販の統計パッケージは高価であり,昨今の大学で教育用に購入するのは非常に難しい。本書と演習用Excelシートをインタラクティブに使用することによって,具体的な例題に即した統計手法の理解ができるのではないか,と思っている。

 最後に,《基礎から学ぶ楽しい》シリーズ恒例の欄外コラムやデッドセクションは今回も健在である。言葉の端々に筆者の主義主張がちりばめられていて,読む者を飽きさせない。統計を学ぶこと,使うこと,教えることに悩んでいる人はぜひこの本を開いてほしい。本書の中に,きっと探していた答えが見つかるはずだから。

A5・頁192 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02549-2


マイナー外科救急レジデントマニュアル

堀 進悟 監修
田島 康介 編

《評 者》佐々木 淳一(慶大教授・救急医学)

迅速な処置と適切な他科コンサルトに役立つ「コツとポイント」が満載

 このたび刊行された『マイナー外科救急レジデントマニュアル』は,数多くの整形外傷手術をこなす整形外科専門医であり救急科専門医でもある田島康介先生が,自分が知りたい他科の知識や,同僚医師らからよく聞かれる質問への答えをまとめた書籍です。

 対義語の一つに,「メジャー(major)」と「マイナー(minor)」があります。アメリカにおけるメジャーリーグ,マイナーリーグといった使い方はよく知られています。その意味を『大辞林』(第三版,三省堂,2006)で調べてみると,メジャーは「規模の大きなさま・主要な位置を占めるさま・広く知られているさま・有名なさま」,マイナーは「規模や重要度が小さいさま・あまり知られていないさま・有名ではないさま」と書かれています。

 医学の領域でも,内科・外科・小児科・産婦人科をメジャー科,それ以外の診療科をマイナー科といった使い方がされますが,何をもって二つに分けるのでしょうか。「仕事が大変vs.楽」「入院患者数が多いvs.少ない」「全身を診るvs.局所を診る」など,どれももっともらしく思えますが,本当のところは医師国家試験の出題の関係で言われるようになったようです。昔は上記のメジャー科が毎年必ず出題され,それ以外のマイナー科は毎年2科が選択出題されていました。

 それでは,救急領域に使われている「マイナー救急」という言葉は,何を対象としているのでしょうか。Philip Buttaravoliらの名著である“Minor Emergencies”(3rd ed, Elsevier, 2012)では,「直ちに命にかかわるほどではないが,すぐに対応しなければならない」さまざまな疾患や病態に対する救急,すなわち3大救急疾患(心筋梗塞・脳卒中・急性腹症)以外を“Minor Emergencies”としています。救急医療の現場で診療する患者の多くは軽症に分類され,その中に病態が重篤化するものが潜んでいることは重要なポイントです。救急医は,このような軽症の患者の相当数を「マイナー救急」として扱っているのかもしれません。もちろん外科系疾患も同様です。

 実は,田島先生は評者の元同僚です。彼の指導医としての信条は「まずはやらせてみること」です。また,臨床医としてのスタイルは「どうしても判断に自信がなければ専門科への受診を勧めるべき,それは患者さんのためでもある」「マイナー外科の疾患の中には緊急性が高いものも紛れている場合があり,緊急か否かを鑑別できる力は最低限備えておく必要がある」といったものです。本書は,これらの「田島フィロソフィー」がそのまま書籍の形で結実したものです。若手研修医のみならず救急医療の現場に携わる多くの先生方にとって,本書に書かれた「コツとポイント」は迅速な処置,他科への適切なコンサルトに役立つに違いありません。

B6変型・頁322 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02545-4


感染対策40の鉄則

坂本 史衣 著

《評 者》青木 眞(感染症コンサルタント)

極めて密度が濃く,「リアリティ」のある感染管理の本

はじめに
 おそらく感染管理ほど日本の医療文化の病理・弱点を端的に象徴する領域はない。環境感染学会が大変なにぎわいをみせる一方で,行政からの通達は実効性を欠き,各医療機関の感染管理担当者が抱く不全感が消えることがない。その理由は感染管理という仕事が,問題を定義し,その解決に必要な要素を決定,対策の効果を測定する……といった疫学的な業務に加えて,臨床各科や看護部,病院管理部など利害を異にする各部門間の調整をする……といった日本人が最も苦手なことを要求することにある。一人の患者の血圧を外来で目標値に移動させるといった作業とは,およそ対照的であり,どこか「巨大な軍隊組織の運用」対「一兵卒の射撃訓練」の対比に似る。前者には冷徹な数理・統計的な素養と人間関係の機微に対する洞察が求められるが,後者は基本的に個人が「匠の技で一生懸命やる」ものである(感染症専門医に感染管理も期待するといった混乱も,この辺りの整理が不十分であることに起因している)。

本書の紹介
 内容は極めて密度が濃く,参考文献もほとんどが過去数年以内の新しいものであり,著者の地道な努力を物語っている。「鉄則」を一部ご紹介すると……。

鉄則19:耐性菌の伝播を防ぐには,保菌圧の高い病棟をタイムリーに把握し,介入する(p.66)。
 耐性菌の伝播が起こりやすい状況を察知して未然に防ぐには,耐性菌の有病率(ここでは保菌圧)に注目することが有用(保菌圧という言葉を知らない方は本書をご購入ください。この概念一つだけでも学ぶかいがある)。

鉄則23:感染経路別予防策は,感染症の疫学的特徴に合わせてカスタマイズする(p.86)。
 季節性インフルエンザは症状出現の前日から感染性があり(発症してからの対策ではToo late),ノロウイルス感染症は症状消失後も2~3週間にわたりウイルスを排泄する(症状が消えても注意が必要)。

鉄則31:環境消毒と接触予防策を指示しただけでは,アウトブレイクの終息は期待できない(p.120)。
 多くの事例では感染源は保菌患者。個室であっても,単に四方に壁がある空間にすぎず,人やモノに乗って耐性菌が出て行くのを阻止することはできない。

鉄則36:輸入感染症に備えるには,患者が突然受診した場合を想定した多部門合同の訓練を繰り返す(p.134)。
 国内で実施される輸入感染症対策の訓練の中には好条件のそろった筋書きに基づいて行われるものがあります(都合のよいシナリオを想定するのは日本のお家芸)。

おわりに
 感染管理は疫学という医療機関(時に地域社会,国,世界)のBig pictureを見る仕事でありながら,同時に施設内各部門の調整など繊細な作業も要求してくる。著者はMPH(公衆衛生学修士)のタイトルが示すように疫学的素養を持つが,同時に女性ならではの各部署間の連携など細部に目を配ることのできる方でもある。感染管理の真実も「細部に宿る」のである。「感染予防 inch by inch」という名前のBlogを持たれる著者の繊細かつ,日本には珍しい「リアリティ」のある感染管理の本として多くの読者を得ることを望みます。

は書評者の注)

A5・頁168 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02797-7


脳神経外科レジデントマニュアル

若林 俊彦 監修
夏目 敦至,泉 孝嗣 編

《評 者》寳金 清博(北大教授・脳神経外科学)

脳神経外科臨床を学ぶレジデントの力強い味方

 名大脳神経外科講座とその関係者の総力を挙げた力作である。出版の医学書院の力の入れようも半端なものではなかったことが,若林俊彦教授(名大大学院)の「序」からもよく理解できる。

 現代の脳神経外科学が,学問領域として独立した時期をHarvey Cushing先生のハーバード大教授就任のときと仮定しても,もう既に100年以上が経過している。この間,先人たちの努力による膨大な知識と経験の蓄積がある。その情報量は,既にbig dataの領域に達している。

 これを系統立った成書として記載することは容易ではない。精度を追求すれば,百科事典的なものにならざるを得ない。しかし,新たに脳神経外科を学ぶレジデントや学生には,限られた時間しか与えられていない。彼らは実に勤勉であり,よく働く。しかし,最近の医療現場は,知識が最も必要なレジデントの先生方から時間的余裕を奪いつつある。そして,彼らレジデントが,実際の患者診療の現場では患者さんに最も近い「主役」であることは,看過できない事実である。つまり,最も知識と経験を必要とするべき「主役」たちには,膨張し続ける「脳神経外科学」を学ぶ時間も手引きもないことは,患者さんにとっても深刻な事態である。そして,この憂慮すべき状況は,脳神経外科学に限らないことである。

 いわゆる「マニュアル」本を依頼された側は,膨大な学問体系の中から実臨床に必要な知識をいかに大胆に,かつ細心にダウンサイズするかに苦悩する。そして当然のことながら,学問領域の膨張を考えると,いかなる博覧強記の人間といえども,単独で成し遂げられないことは明らかである。結果,ある知識集団による分担執筆となる。

 「臨床マニュアル」は,持ち運べる分量であり文庫程度の「量的な制限」の中で,①知識が実臨床の多様性と即時性の観点から真に実用的であること,②全体の整合性が取れていることという,実に高いハードルが設定されることになる。この2つは,一般には両立が難しいことで,そこに「マニュアル」作りの難しさがある。まして,スマートフォンでインターネットを使えば,あっという間に最低限の知識にたどり着く時代である。正直,「マニュアル本」を引き受けるのは相当な勇気と実力が必要な時代である。

 本書は,上記の全ての点を見事に克服している。膨大な学問に発展した脳神経外科臨床に必要十分な知識や技術が実に見事に整理され,ベッドサイドで力を発揮できるマニュアルとなっている。第1章の診察の手順から第9章の緩和医療,付録のデータファイルまで,現在の脳神経外科臨床を学ぶレジデントには,力強い味方となってくれる。臨床の主役,患者さんに一番近いレジデントの力になることは,言い換えれば,「患者さん」の力強い味方である。

 本書が,一人でも多くのレジデントの学びをサポートすることで,患者さんの幸せに貢献することを期待するものである。

B6変型・頁384 定価:本体4,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02533-1

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