医学界新聞

連載

2016.10.24



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第10夜 プレショック①

志水 太郎(獨協医科大学総合診療科)


前回からつづく

 J病院7階の混合病棟。2年目ナースのおだん子ちゃんは今日も夜勤です。時刻は夜9時――,軽度の急性硬膜下血腫の患者が救急外来に運ばれてきました。

 患者は小嶋さん(仮名),59歳女性。急性硬膜下血腫はおそらく転倒によるものとのこと。アルコール嗜好歴があり,以前にも一度,酔っ払って転倒し,J病院に運ばれたことがあるそうです。付き添いの友人によると,飲酒による転倒で頭部に切り傷を作ったことがあり,お酒をやめるように友人に言われ,その日以来飲酒量は減っていましたが,最近また増えてきていたとのことでした。来院後は若干の頭痛が残るのみで,血圧を含めたバイタルサインは若干良くなってきていました。今日は個室に入院することになりましたが,当直のドクターの方針では明日の診察で問題がなければ帰宅することになっています。飲酒による新たな転倒などが怖いため,今夜は付き添いの友人も個室に泊まり,様子を見てくれるということでした。

 夜11時半,ラウンドに向かうと,患者の気分が悪そうだと付き添いの友人に声を掛けられました。


(おだん子) 「小嶋さん,体調いかがですか?」
(患者) 「ん……気分悪い……(胸を押さえながら)」
(患者友人) 「良くはなってきているようなんですけど,胸やけみたいな感じで気持ち悪そうです。飲みすぎちゃだめって言ってるんですけどね。今日もさっきまでハイボールを5杯飲んでて……。もう小嶋ちゃん,ほんと困るのよねえ」

 個室ではありますが,小嶋さんに近付くとお酒の臭いがかなりします。おそらく来院前も飲酒していたのでしょう。

(おだん子) 「そうですか……明日には酔いもさめると思いますが,また何かあったら教えてください」

 来院時の血圧は200/110 mmHg,脈拍100拍/分,呼吸数20回/分,SpO2 95%(室内気),体温35.9℃でしたが,現在は血圧150/90 mmHg,脈拍120拍/分, 呼吸数25回/分,SpO2 96%(室内気), 体温35.9℃でした。血圧も落ち着いているし,とりあえず大丈夫だろうと考え,おだん子ちゃんは部屋を後にしました。

(エリザベス) 「ちょっとあなた!」
(おだん子) 「ギャッ! エ,エリザベス先輩……! びっくりした」
(エリザベス) 「あなた,患者さんのお顔をご覧になって?」
(おだん子) 「え,何かまずいんですか?」
(エリザベス) 「顔色,いつもと比べていかが?」
(おだん子) 「そういえば,全然違う……草色?」

急変ポイント❿
「顔色」

 循環不全で血の気が引くと,肌の色が緑がかったどす黒い色(草色)になります。

 赤,青,黄色という三原色から赤を抜くと青と黄色が残りますよね。その2つが混じると緑になるようなイメージです。

(エリザベス) 「そうね,要注意ですわ。この方,肝性脳症は大丈夫かしら」

 そう言いながらエリザベス先輩は患者さんの手を取りました。手を反り返らせて様子を見ています。

(おだん子) 「すごい,手がピクピクッて! あ,そうかアルコールで肝臓が……!」

エリザベス先輩のキラキラフィジカル❿
「アステリキシス」1~3)

①患者さんの腕を前にして,肘をピーンと伸ばしてもらう。
②さらに,指もピーンと広げてもらい,手の甲を(背側に)ピーンと反り返らせて緊張させてもらう。
*意識がない患者さんの場合,一方の手で患者さんの手首をつかみ,もう片方の手で手のひらを反り返らせる。
③この状態で反り返った手のひらの緊張を緩和するように「ピクッ,ピクッ」と,不随意に戻る動きが見られれば,アステリキシスあり。

 アステリキシスは日本語では羽ばたき振戦と言ったり陰性ミオクローヌスと言ったりします……が,そんなに“羽ばたいて”はいません。反り返らせた手が「ピクッ,ピクッ」と戻るような動きをすれば,アステリキシスがあると言えます。こうした動きを見せた場合,肝性脳症(最も有名),心不全,尿毒症,低カリウム血症,低マグネシウム血症,局所脳病変,吸収不良症候群,中毒(ブロマイド,塩化アンモニウム)などを疑います。ちなみに,本当に羽ばたくような振戦(Wing beating)はウィルソン病という代謝性疾患で起こることがあると言われています。

(エリザベス) 「それと……。あら何,この冷や汗は? それにボーっとなさって……」

 患者さんの手足は冷たく,また前胸部にジトっとしたような汗をかいています。さらに,先ほどから様子がおかしく,入院してきたときよりもボーっとしています。付き添いの友人から見ても,普段とは様子が随分違うとのことです。それから気になるのが,気分の悪さと胸苦しい様子です。しかし心電図を付けても,虚血を思わせるようなST-T変化は現時点ではないようです。

(エリザベス) 「あなた,ドクターをお呼びになって。それからモニターと救急カートの準備を」
(おだん子) 「(え? ドクターを呼ぶほどの問題はなさそうだけど……でも先輩が言うなら何かあるのかも!?)はい!」

 おだん子ちゃんはドクターを呼びに行きましたが,今まさに救急外来に重症患者が来たとのことで,その対応のためすぐには来られないとのことでした。幸い,今夜の病棟はとても落ち着いており,ナースステーション近くの個室も空いています。エリザベス先輩はおだん子ちゃんに患者さんの部屋移動と,慎重なモニター観察を言い伝えました。

 30分後,ドクターが病棟に上がってきました。今日の当直医は後期研修医です。だるそうにしている患者を診察し,外観やバイタルサインの異常がないことを確認すると,何かあったらまた呼んでほしいと言い残して階段を下りて行きました。そのとき……! 患者さんの様子が変です! プルプル……と震えた直後,ゴボゴボッ! と黒い血の塊を吐き出しました!!

 おだん子ちゃんは,すぐにドクターを呼び戻しました。患者さんは一度凝血塊を嘔吐した後も,少しずつ黒い血を吐いています。その直後,酸素飽和度が下がり,挿管か? となりましたが,呼吸状態には問題がなさそうです。血圧が100 mmHg台まで下がり,脈拍は130拍/分ほどまで上がったため,急速輸液をしながら緊急上部消化管内視鏡の準備をし,そのままICUに移動となりました――。その後,内視鏡やその他の検査の結果,アルコール性肝硬変に伴う胃静脈瘤からの出血と,それに伴う肝性脳症という診断になったそうです。

 エリザベス先輩はなぜおだん子ちゃんに慎重に経過観察をするように伝えたのでしょうか。ポイントは,“草色の顔”,“冷や汗”,脳出血後には血圧が上がりがちなはずの患者さんの血圧が落ちてきていたこと,そして,脈拍が上昇してきていたことです。これらがショックの予兆だったのかもしれない,その察知が大切だとエリザベス先輩に諭され,おだん子ちゃんは勉強になったようです。

 ショックになる前,いわゆるプレショックになる患者さんの察知は,目に見える数字で判断できることではないため,見るべきポイントを意識していないとなかなか難しいかもしれません。バイタルサインが明らかにおかしくショックが起きれば,これまでの連載で触れてきたようなショックの鑑別や対応を考慮して動くことができるのでシンプルに考えられるかもしれません。しかし,ショックの予兆を察知し,未然に防ぐことができればそれに越したことはありません。今回はそんなプレショックについて解説しました。次回もお楽しみに!

おだん子のメモ

10月24日
●プレショックは目に見える数字では判断できない。
●顔色,冷や汗,血圧や脈拍の変化など見るべきポイントを意識して予兆を察知!

つづく

参考文献
1)Arch Intern med. 1965[PMID:14325915]
2)Am J Med. 1960[PMID:13695035]
3)Arch Neurol. 1979[PMID:508129]

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