医学界新聞

連載

2016.10.17



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第5回]好中球減少と感染症② 低リスク群

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医幹)


前回からつづく

 前回から「がんと感染症」のメインテーマの一つでもある「好中球減少と感染症」についてお話ししていますが,何と言ってもリスク分類が最も重要であることを強調しました。がん種や治療によって好中球減少の程度(数)と期間は全く異なるため,各リスクに応じて「好中球の壁」の下がり方が異なり,その結果,感染を引き起こす微生物が異なるというものでした。「好中球減少時の発熱」というのはあくまで現象であって疾患群ではないこと,また好中球減少時の「発熱」というよりむしろ好中球減少時の「感染症」として対応していくことがポイントでしたね。さて,今回は低リスク群について具体的な症例を交えて解説していきたいと思います。

低リスク群の分類
本稿ではNCCN1)に則ったリスク分類を適用する。
好中球減少が7日以内
・全身状態良好でバイタルが安定
・外来加療中の発熱
・入院加療を要するような急性疾患がない
・Eastern Cooperative Oncology Group(ECOG)のPerformance Status(PS)が0か1と良好
・肝機能障害・腎機能障害がない
・MASCCスコア2)が21点以上

 表1を参考に,固形腫瘍の多くが低リスク群に当てはまるというイメージを持っておくと良いでしょう。

表1 MASCCスコア2)
症例1
 58歳男性。胸部食道がんに対して抗がん剤フルオロウラシルとシスプラチンで外来治療中であり12日目。他に基礎疾患はない。本日38.6℃の発熱があり受診。全身倦怠感,軽度の嘔気と食欲低下があるものの,その他の症状はなし。ややぐったりしている。意識清明,血圧 118/68 mmHg,脈拍数 102/分,呼吸数 20/分,SpO2 99%。口腔粘膜やや乾燥しているが粘膜障害なし。その他,頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。好中球250/μL。肝機能障害,腎機能障害は見られない。

 症例1は好中球減少が7日以内と想定される低リスク群の発熱性好中球減少症(FN)ですね。MASCCスコアは21点(中等症と脱水)。FNではReview of System(ROS)と緻密な身体所見が非常に重要ですが,明らかな感染源がわからないことは往々にしてあります。その多くが管腔や皮膚などバリアが破綻した場所からのbacterial translocationだと考えられています。今回も消化器症状があり,消化管に常在する微生物が関与している可能性がありそうです。

 FNは内科的緊急疾患の一つであり,診断から60分以内の広域抗菌薬投与が求められます。今回の症例は,ややぐったりしており脱水が見られることから迷うことなく入院適応となります。抗緑膿菌活性を持つ抗菌薬(セフェピム,タゾバクタム・ピペラシリンなど)の開始が「原則」です。抗MRSA活性のある抗菌薬は,皮膚軟部組織感染症やカテーテル関連血流感染症をよほど強く考えない限りは不要です。低リスク群でも起こり得る真菌感染症はカンジダ症ですが,広域抗菌薬投与,中心静脈カテーテルなどがない限り,初めから考慮しなければならないことはまれです。

低リスク群は外来でも治療可能

症例2
 47歳女性。再発性乳がんに対して外来でゲムシタビン治療中(2コース14日目)。他に基礎疾患はない。本日より38.3℃の発熱があり受診。発熱以外の症状は特にない。全身状態良好,意識清明,血圧 137/84 mmHg,脈拍数 96/分,呼吸数 18/分,SpO2 99%。頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。好中球380/μL。肝機能障害,腎機能障害は見られない。

 症例2も低リスク群のFNです。MASCCスコアは26点と,堂々の満点です。

 固形腫瘍に関しては外来での化学療法の割合が多くなってきており,皆さんもこのような「全身状態の比較的良い」FNを経験する機会が増えているのではないでしょうか。もちろん,全身状態が良いとはいえ内科的緊急疾患のFNですので,入院による経静脈抗菌薬投与でも構いません。一方,下記に示す一定の条件を満たせば,FNに対しても外来治療が可能になります(ただし判断する前には,外来で4時間の経過観察をする必要があります)。

外来治療の条件3)
・病院から1時間以内,または30マイル(48 km)以内に居住
・主治医が外来治療に同意
・頻回の受診を遵守
・家族などが24時間在宅
・24時間電話に出ることができ,いつでも病院に来られる
・今まで治療に非協力だったことがない

緑膿菌をカバーしない治療法

 では,外来治療の場合,どのような抗菌薬を選択するのでしょうか。やはり抗緑膿菌活性を有する抗菌薬(シプロフロキサシン)と口腔内レンサ球菌などをターゲットとしたアモキシシリン・クラブラン酸が選ばれます。これが2013年までの外来治療の主役でした。ただし,アモキシシリン・クラブラン酸による消化器症状の出現が懸念されること,また低リスク群でも本当に緑膿菌をカバーしなければならないのか,という疑問から,モキシフロキサシンにスポットライトが当たるようになりました。モキシフロキサシンはシプロフロキサシン同様,フルオロキノロン系抗菌薬ですが,表2のようにスペクトラムには3つの大きな違いがあります。

表2 抗菌薬選択の範囲

 実際2013年にMASCCスコア21点以上の低リスク群FNに対して,モキシフロキサシン単剤投与群と従来のシプロフロキサシン,アモキシシリン・クラブラン酸の併用群による前向きのランダム化比較試験が行われ,治療成功率や死亡率に差はないものの,モキシフロキサシン群で消化器症状が有意に少ないことが明らかになりました4)

 これを受けて現在では多くの施設でモキシフロキサシンが使用されるようになってきています。聖路加国際病院でも外来治療が可能なFNに対してはモキシフロキサシンを用いることが多くなっています。ただし,モキシフロキサシンはシプロフロキサシンに比べて心室性不整脈のリスクが高い5)とされており,QTc時間の延長が見られる患者には慎重投与としています。また過去に緑膿菌が検出されている場合や緑膿菌感染を除外できない場合には使用を控える必要があります。なお,モキシフロキサシンは尿への移行性が20%と低い6)ため,尿路感染症には注意が必要かもしれません。

 ここまでフルオロキノロンによる外来治療について説明してきましたが,日本を含め世界中でフルオロキノロン耐性のグラム陰性桿菌が増加していることにも注意が必要です。米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドライン3)でもグラム陰性桿菌の20%以上がフルオロキノロン耐性であれば,その使用を推奨していません。したがって,各施設でフルオロキノロン耐性率を把握し個別に対応する必要があります。

 今回は好中球減少が7日以内である低リスク群の「好中球減少時の感染症」について症例を交えて解説しました。FNは内科的緊急疾患であり60分以内に適切な抗菌薬を投与することが求められます。その一方で,低リスク群であれば外来治療での選択肢を提示できるほどの余裕があります。また,緑膿菌に活性を持たない抗菌薬であるモキシフロキサシンでも治療でき得るとお伝えしました。

 次回は,重度でなおかつ遷延する好中球減少を来す高リスク群の「好中球減少と感染症」について説明していきます。

つづく

[参考文献]
1)J Natl Compr Canc Netw. 2016[PMID:27407129]
2)J Clin Oncol. 2000[PMID:10944139]
3)J Clin Oncol. 2013[PMID:23319691]
4)J Clin Oncol. 2013[PMID:23358983]
5)Clin Infect Dis. 2015[PMID:25409476]
6)Int J Antimicrob Agents. 2001[PMID:11295418]

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