医学界新聞

2016.09.05



Medical Library 書評・新刊案内


医師の感情
「平静の心」がゆれるとき

Danielle Ofri 原著
堀内 志奈 訳

《評 者》徳田 安春(臨床研修病院群プロジェクト群星沖縄副センター長)

医師の感情の凄まじい変化

 この本が書店に並べられて最初にタイトルを見かけたとき,ある種の衝撃を受けた。というのは,タイトルは『医師の感情』であるが,副題が“「平静の心」がゆれるとき”となっていたからだ。「平静の心」とはオスラー先生が遺した有名な言葉であり,医師にとって最も重要な資質のことであったからだ。医師にとって最も重要な資質である“「平静の心」がゆれるとき”とはどういうときなのか,これは非常に重要なテーマについて取り組んだ本であると直観的にわかった。

 この本を実際に手に取ってみると訳本であった。原題は“What Doctors Feel”である。なるほど,この本はあの良書“How Doctors Think”(邦題『医者は現場でどう考えるか』,石風社,2011)が扱っていた医師の思考プロセスの中で,特に感情について現役の医師が考察したものである。“How doctors think”は誤診の起こるメカニズムについて医師の思考プロセスにおけるバイアスの影響について詳細に解説していた。一方,この本は,無意識に起きている感情的バイアスについて著者自身が体験した生々しい実例を示しながら解説したものである。リアルストーリーであり,説得力がある。

 医師も人間であり感情を持つ。感情の中で,共感は医療人にとっては非常に重要なものである。このもともと人間として持っていた共感という感情が,医学生から研修医となるときにどのように失われていくのかを克明に記載している。このように,ある感情が失われていくのも医師の特徴なのだ。そして悲しみの感情もそうだ。

 医師の感情の中でむしろ特徴的なものは,恐れや恥という感情である。不確定性に満ちた臨床における恐れのプレッシャーは強い。診療現場での失敗に対するネガティブなラベリングの文化が蔓延しているため,失敗したときに,みんなから非難が下されることに対する恐れの感情は大きい。ほとんどの医師が気付いていないことであるが,医師は自分の失敗を認めようとしたくないという恥の感情を強く持つということである。

 医師はバーンアウトが多い。バーンアウトによる脱人格化で気難しい性格となった医師も多い。日本でも,医師を辞めてビジネスに転向した人も多いようである。臨床現場の中で変貌していく自分の感情に耐えきれなくなった人もいるのであろう。

 この本はアメリカの臨床医によるものであるが,日本の医師の感情にも共通部分が多い。気難しい医師,とっつきにくい医師,変な医師,などという人たちを日頃から相手にしている人たちは本書を読むことによってかなり理解できる部分があるだろう。看護師,薬剤師,医療クラーク等の人たちにもお薦めしたい。もちろん,医学生は自分自身の感情がどのように今後変化するかを前もって知る上で大変貴重な本となるだろう。また,病院の院長や事務長などの経営者はこれを読むことにより,従業員である医師をどう動かすかということを感情面からも把握しておくことにとても役に立つと思う。

四六判・頁384 定価:本体3,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02503-4


DSM時代における精神療法のエッセンス
こころと生活をみつめる視点と臨床モデルの確立に向けて

広沢 正孝 著

《評 者》古茶 大樹(聖マリアンナ医大教授・神経精神医学)

単なる知識以上の大切なものが伝わる良書

 著者は優れた臨床家で精神病理学者でもある。本書は,統合失調症,うつ病,そして自閉スペクトラム症を中心に据えた精神療法の書である。統合失調症とうつ病は,これまでの精神病理学・精神医学がその中心的課題として関心を寄せてきた領域であり,自閉スペクトラム症は現代社会において注目され,この問題に精神医学が向き合うことを要請されている領域である。これら三つを中心に,非定型精神病,双極II型,高齢者の幻覚・妄想状態,離人症,パニック発作などが取り上げられている。こうしてみると,ともすればその治療論は薬物療法だけで済まされてしまうような,いわば精神療法的なかかわりが難しい精神障害が並んでいる。臨床家なら,これらのグループの患者さんとのやりとりで,自分のかかわりや理解の限界をどこかで感じているだろう。本書はまさにそこに焦点を当てているように思える。

 精神療法の本というと,患者をどのように変えていくのかという技法や手順の解説(ハウツーもの)を想像するかもしれないが,本書は全く違う。患者との間で交わされるダイアローグがそのまま記されそこに解説が加えられているのだが,著者が患者の言葉をしっかりと受け止めながら,慎重に自らの言葉で応えていることに,読者は気が付くだろう。そして障害そのものではなく,障害を抱えた患者のこころに向き合い(寄り添い),患者のこころを変えようとするのではなく,その人生を含めて理解しようとする著者の態度に気付かされる。タイトルにある精神療法のエッセンスとは,そのようなことを指しているのだと思う。

 著者ならではのアイディアとして紹介しておきたいのは,生得的な人のこころの特徴として,放射型人間と格子型人間という二つのタイプ分け(モデル)である。自閉スペクトラム症の理解に欠かせないこの発想は,臨床実践の上でも非常に役立つ。この二つのモデルは自閉スペクトラム症以外にも,本書のあちこちで参照枠として使われていて,特に破瓜型統合失調症と統合失調症慢性期の理解と対応にも一役買っている。自閉スペクトラム症と統合失調症を近接してとらえる考え方は,非常に現代的でもあるが,かつてアスペルガーが想定した自閉はオイゲン・ブロイラーの自閉思考であったということを考えるとなるほどと思えるのである。

 全体のバランスを見てみると,統合失調症についてウェイトが置かれていることも個人的には非常にうれしい。タイプ別,急性期・寛解過程・慢性期にそれぞれ違ったかかわり方が必要であることが丁寧に論じられている。エネルギーポテンシャル,アンテフェストゥム,メランコリー親和型といった,精神病理学の重要な概念をさりげなく登場させていて,精神病理学になじみのない人でもすっと入り込むことができる。単なる知識以上の何か大切なものが自然と伝わってくる良書である。

B5・頁160 定価:本体3,500円+税
ISBN978-4-260-02485-3


肺癌診療ポケットガイド

大江 裕一郎,渡辺 俊一,伊藤 芳紀,出雲 雄大 編

《評 者》光冨 徹哉(近畿大主任教授・呼吸器外科学)

特に薬物療法にかかわる全ての人に強く薦められる一冊

 その名の通り,白衣のポケットにすっぽり入るコンパクトな本であるものの,内容は非常に充実しており,肺癌の診療に必要なことほぼ全て,すなわち疫学,診断,治療,emergency,緩和医療,薬物の副作用対策,合併症のある肺癌,社会資源,チーム医療,臨床試験と非常に広汎な領域が網羅されている。

 わが国屈指の施設である国立がん研究センター中央病院の医師,看護師,薬剤師,相談支援室など関連各部署の総力を挙げて執筆されているだけに内容も非常に充実しており信頼がおける。昨年改訂された病理のWHO新分類はもちろん,来年より改訂されるTNM病期分類第8版も収録されており親切である。推奨する根拠となった臨床試験や文献などについても要領よく記載されており,知識の整理にとても有用である。

 一方,点滴レジメンの詳細など,実際的なことについてもよく記載されており,この本一冊で化学療法の指示を出すことができる。社会資源の項には高額療養費制度や介護保険などの詳細が,巻末には薬物療法の有害事象共通用語規準(CTCAE)v 4.0も掲載され,まさにかゆいところに手が届く配慮といえる。若い医師からベテランの医師,メディカルスタッフまで肺癌診療,特に薬物療法にかかわる全ての人に強く薦められる一冊であることは間違いない。

 肺癌領域は現在新薬ラッシュであり,今年になってからだけでもオシメルチニブ,セリチニブが承認され,ラムシルマブの適応拡大がされた。残念ながらこれらの薬剤については本書には言及がない。また,免疫チェックポイント阻害薬についても今年の後半から重要な発表が続きそうであり,これらの最新情報がWeb上での追補などの形で提供されるとさらに素晴らしいと感じた。

B6変型・頁256 定価:本体3,800円+税
ISBN978-4-260-02506-5


精神科診断戦略
モリソン先生のDSM-5®徹底攻略 case130

James Morrison 原著
松崎 朝樹 監訳

《評 者》志水 太郎(獨協医大病院総合診療科部長)

診断学のアートが詰まった,精神科診断の実践書

 身体疾患が病態生理学的に整理できる,説明がつくということは,その病態・疾患の「正体」がわかる点で医師・患者双方に安心を与える。その診断においても,病態の生理学的,生化学的,遺伝学的背景から演繹(えんえき)的な診断アプローチが可能になることは,診断に取り組む医師に安心を与える。2014年に評者が上梓した『診断戦略』(医学書院)は,演繹的な診断“推論”だけでは立ち行かないクリエイティブな診断の“思考”もカバーした書籍であり,さまざまな診断アプローチに触れたという点で「戦略」という言葉を用いている。この本では多様な診断の分析的アプローチを紹介したが,まず基本となる患者の訴えを病因論によって分類する方法を,MEDICINEの語呂合わせで表現した。その中でM(Mental,精神障害)を第一のカテゴリーに挙げているが,これには訳がある。精神疾患の多様性は,カテゴリーだけで比較した場合,その他の身体的な病因(内分泌・代謝系,感染症,薬物,神経,腫瘍,外傷など)よりも時に複雑でバリエーションが多い。それ故,身体疾患を相手にする医師にとっては特に,精神科における診断に特段の工夫と配慮が必要であるという,個人的なリスペクトの想いからである。

 それでは,精神疾患の診断を整理した代表的文献,DSMにはどのような意義があるのか。DSM-5®(『DSM-5®精神疾患の診断・統計マニュアル』,医学書院)は,「精神疾患とは,精神機能の基盤となる心理学的,生物学的,または発達過程の機能障害によってもたらされた個人の認知,情動制御,または行動における臨床的に意味のある障害によって特徴づけられる症候群である」(p.20)と定義している。仮に病理学的に明らかでない診断であってもその診断を基にした治療で患者が良くなれば,それ自体患者の人生に利益を与えるという点で,20世紀後半まで明確な診断基準が存在しないために精神疾患の患者のケアに不均等性を与えていた状況を打破し,光を当てたDSMの効用には価値がある。そして,それを学ぶことは診断にかかわる臨床家にとってやはり重要と言えるだろう。

 本書はこのDSMに現場の息吹を与える書である。素晴らしい点は,ともすれば無味乾燥な診断の羅列となり得るDSMを,症例ベースで,疾患の典型例(本書では「典型的疾患像prototypes」と呼ばれる)を容易に映像化できるよう,再構築しながら学べるよう工夫がなされていることである。この工夫があると,たとえ一度も実際の患者を診たことがない初学者でさえ想像力を働かせさえすれば,あたかも経験が多少あるような感覚で実際の患者に対応することもできるようになるだろう。同時に,直観的診断に基づいてアンカリング(最初の印象に後々まで固執してしまうバイアス)しないように,同様の症状を呈するような鑑別疾患のクラスターについてDifferential diagnosis(鑑別診断)として網羅できる点も,いかにも現場目線の注釈書という印象が強く,好感が持てる。

 白眉なのは“診断過程「○○を診断せよ」”という項目である。ここに鑑別の最重要点のクリニカルパールやアート的思考が詰まっていて,まさに「診断戦略」の名を冠するに値する書物と感じる。このような定量化できない病歴,診断思考,推論が一体となったアートこそ私たち医師が身につけるべきことであり,その結果EBMのみではないNarrativeかつValue Basedの医療にもつながるのではないかと考える。

B5・頁664 定価:本体6,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02532-4

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