医学界新聞

2016.08.22



Medical Library 書評・新刊案内


DSM-5®ガイドブック
診断基準を使いこなすための指針

Black DW,Grant JE 原著
髙橋 三郎 監訳
下田 和孝,大曽根 彰 訳

《評 者》明智 龍男(名市大大学院教授・精神・認知・行動医学)

DSM-5のエッセンスを凝縮した一冊

 精神現象は可視化できるものではなく,ここにこのように存在するといった明示的な形で示すことはできない。それでは,精神の病を「診断」するというのはどういうことであろうか? 一般的には,患者の経験している精神現象を正確に把握し,症状として記述することがその第一歩となる。一方,ベテランの精神科医なら,診断をすることの難しさをよくご存じのことと思う。

 それでは,そもそもなぜ,私たちはこのとっつきにくい精神疾患を診断しようとするのであろうか? 精神疾患が,全ての患者と共通の特徴やその患者固有の特徴のみで構成されているのであれば,診断をする意味はなく,あるいは不可能である。しかし,一部の患者とは共通だが他とは異なる特徴が存在し,特徴的な単位として認識することができるのであればどうであろうか? これが,そもそも疾病分類と言われるものであり,これら単位に固有の名称を与えたものがいわゆる診断である。このような作業を行って,初めて精神疾患を共通言語として語ることができるようになるのであり,DSMもその一例にすぎない。一方,この共通言語が存在しなければ,私たちは自身の経験から学ぶこともできなければ,共通の土俵で疾患について語ることもできず,それ故,精神医療を良いものに深化させることができない。

 2013年5月に19年ぶりにDSM-5が刊行され,翌2014年6月に日本語版が上梓された。さまざまな批判もある中,大著であるDSM-5を手に取っている方も少なくないであろう。私は大学に籍があり,普段から若手医師のトレーニングに当たっているが,そこで最も苦労する点の一つがDSMの「正しい使い方」を伝えることである。ややもすると,症状を並べてみてどれに一番近いかといった表層的な作業にもなりかねない。加えて,治療に際しては,このDSM診断のみでは不十分であり,この共通言語を出発点として,患者固有の特徴を評価し,診断を定式化した上で個別的に行う必要がある。また,治療のエビデンスに関しては当然DSM-IV-TRまでに蓄積されたものであるから,目の前にいる患者さんの診断,治療のためにも,しばらくはDSM-IV-TRとDSM-5の共通点と差異をよく理解しておくことは極めて重要である。

 前置きが長くなったが,本書の内容を紹介したい。CHAPTER 1がDSM-5に至るまでの歴史や変遷,CHAPTER 2はDSM-IV-TRからの主要な変更点,CHAPTER 3~19まではDSM-5の診断基準の骨子,そしてCHAPTER 20以降には評価尺度,パーソナリティ障害のモデル,今後の研究のための病態(例:減弱精神病症候群など)が簡潔に記されており,現時点における精神医学の操作的診断基準の入門書としてエッセンスを凝縮した内容となっている。

 DSM-5が刊行されて以降,多くの医学関連雑誌がその特徴を診断別に特集号で扱っているが,本書にはこれらの内容も系統的かつコンパクトにまとめられており大変読みやすい。診断基準の概要を知りたいとき,DSM診断の歴史的な変遷を知りたいとき,DSM-IV-TRとDSM-5との異同について知りたいとき,まず手に取っていただきたい一冊である。私はカンファレンスの際には,本書とDSM-5の双方を机に置き,まず本書を眺め,必要に応じてDSM-5を調べるようにしていて大変重宝している。

 最後に,待たれていた本書を送り出してくださった獨協医大精神神経医学講座の下田和孝教授はじめ諸先生方に感謝したい。

B5・頁464 定価:本体9,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02486-0


下肢運動器疾患の診かた・考えかた
関節機能解剖学的リハビリテーション・アプローチ

中図 健 編

《評 者》福井 勉(文京学院大教授・理学療法学)

自身の治療方法を見直すきっかけを与えるオリジナリティ溢れる臨床経験の提示

 本書は『上肢運動器疾患の診かた・考えかた――関節機能解剖学的リハビリテーション・アプローチ』(医学書院,2011)の姉妹書として,下肢関節疾患の診かた・考えかたをまとめている。腰椎,股関節,膝関節,足関節の4章構成となっており,各章は,「基本構造」「おさえておくべき疾患」「臨床症状の診かた・考えかた」「治療方法とそのポイント」「ケーススタディ」と5つの項目から成っている。この構成も上肢版と同様の構成である。

 「基本構造」は骨格,基本構造,筋,バイオメカニクスという内容で,章によっては変性変化についても記載されており,臨床的評価を念頭に置いた学習ができるようになっている。

 「おさえておくべき疾患」では3~6種の代表的な疾患がコンパクトに集約されている。また「ケーススタディ」には“Thinking Point”とされる執筆者自身の診かたの骨子が描かれている。

 このようにいろいろな工夫がなされている中,本書の最大の特徴はタイトルにもあるように何といっても,「診かた・考えかた」にあると思われる。読者はこの項目にぜひ注目していただき,執筆者がそれぞれ工夫を凝らした評価と治療について熟読していただきたい。治療テクニックの詳細に関しては,執筆者のオリジナリティが問われる部分でもある。今までにはない自らの臨床経験の開示には執筆者の勇気も必要であったと思われる。読者諸氏はこの部分を自分の治療に取り入れる価値を考えながら,しっかりと吟味していただきたい。さらに治療方法の確立された分野ではないので,本書を読み進めながら自身の治療方法への開発へと広げていただけるとよいかと思う。

 優れた臨床家は自らの思考回路を有し,そしてその深みを得るためにおのおの努力をしているはずである。本書の執筆者の思考過程を知ることができるのは,読者自身のクリニカルリーズニングのプロセスに刺激を与えるはずである。

 この『診かた・考えかた』を深く学び,日々の臨床に役立てていただくことを祈っている。

B5・頁248 定価:本体4,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02419-8


H. pylori除菌後発見胃癌の内視鏡診断

八木 一芳,味岡 洋一 著

《評 者》間部 克裕(国立病院機構函館病院消化器科部長)

胃拡大内視鏡診断を“病態と組織像”から理解する唯一無二のバイブル

 評者には,本書の著者である八木一芳先生(新潟県立吉田病院診療部長)との忘れられない思い出がある。今から12年前の2004年,プラハで開催されたUEGW(欧州消化器病週間)において,多くの日本人が英語での発表・質疑応答に苦労する中,八木先生は英語の巧拙ではなく,“私はこれを伝えたい”という圧倒される迫力で発表をされ,英語であることすら意識せずに評者は発表を拝聴した。このときが八木先生の魅力に取りつかれた原点であったと思う。

 本書は,八木先生と味岡洋一先生(新潟大大学院教授)の共著で2010年に発刊された『胃の拡大内視鏡診断』(医学書院),2014年に発刊された『胃の拡大内視鏡診断 第2版』に続く第三弾である。『胃の拡大内視鏡診断』は,正常胃粘膜とH. pylori感染粘膜の内視鏡像の理解から始まる内視鏡所見と病理所見の徹底的な対比による“理解する内視鏡診断学”のバイブルである。拡大した結果から分類に当てはめて診断をするのではなく,常に背景を診断し病態を考え,倍率や酢酸など拡大観察の方法を変えながら理解し,診断する方法を学ぶことができる。第2版では従来の拡大内視鏡診断学では診断することが難しいtub2胃癌,胃底腺型胃癌,除菌後発見胃癌の診断方法が加えられ,第三弾である本書は,除菌後発見胃癌にスポットを当てた。

 さて,萎縮性胃炎の原因は加齢,消化性潰瘍の原因はストレスと胃酸,胃癌の原因は高濃度塩分の摂取,これが30年前の常識であった。これらの原因がH. pylori感染であることが明らかにされ,病態の理解が変わり,除菌治療による治療,潰瘍再発予防,胃癌予防効果が明らかにされた。2013年にH. pylori感染胃炎に対する除菌治療が保険適用となり,全てのH. pylori感染症が治療の対象となったことにより,除菌後症例が増加するとともに,感染率の低下によりH. pylori未感染者が大幅に増加している。また,胃粘膜の萎縮の程度で胃癌リスクは大きく異なる。これからの内視鏡スクリーニングには,現感染,過去感染,未感染のH. pylori感染状態を診断し,胃癌リスクを診断することが求められる。除菌治療により胃癌発生が30~40%抑制されるが,成人以降,萎縮が進行してからの除菌では胃癌発生はゼロにはできず,除菌後発見胃癌が課題となる。

 本書は,八木らが提唱した未感染粘膜の特徴であるRAC(regular arrangement of collecting venules),NBI拡大内視鏡によるピンホール・ピット,胃粘膜のA-B分類を用いてH. pylori感染状態,背景粘膜の診断を行うことから始まる。世界で通用する内視鏡診断として所見とデータから分類された“胃炎の京都分類”を解説しながら限界を示し,色調逆転現象,中間帯の鮮明化など,組織像との対比,病態の理解から診断学を構築している。

 世界中で理解され普及している胃癌の拡大内視鏡診断,VS診断であるが,本書はVS診断では鑑別が難しい除菌後発見胃癌にスポットを当てている。癌上皮と非癌上皮のモザイク現象,非癌腺管の伸長現象,分化型癌の上皮下進展の内視鏡像と組織学的検討からの解説が進み,色調逆転現象が胃癌のハイリスクであることを示している。一見すると難しい印象を受けるかもしれないが,背景粘膜と病態から考える拡大内視鏡診断学の手法により理解が深まることは間違いない。最後に除菌後発見胃癌15例の解説が加わり,理解度をみることができる。

 本書は,拡大内視鏡所見を病態から理解できる世界唯一の成書である。本書で使われる分類や用語を暗記することよりも,所見を理解するための教科書として一読されることをお薦めする。これまで胃炎,胃癌診断に精通してきた先生から,内視鏡を始めたばかりの新人まで広く内視鏡医に読んでいただきたい著書である。

B5・頁100 定価:本体6,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02481-5

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