医学界新聞


「アイデア」「業績」「見栄え」が重要!

インタビュー

2016.08.01



【interview】

採択される科研費は何が違うのか?
「アイデア」「業績」「見栄え」が重要!

郡 健二郎氏(名古屋市立大学 理事長・学長)に聞く


 国や地方公共団体から大学に支払われる運営費交付金等の減額に伴い,各研究室に配分される研究費も減額傾向にある。そうした状況下において研究を継続していくためには,研究資金として科学研究費(以下,科研費;MEMO)の獲得に力を入れていく必要があると言える。そこで本紙では,これまでに多くの科研費を獲得し,このたび『科研費 採択される3要素――アイデア・業績・見栄え』(医学書院)を上梓した郡健二郎氏に,研究費を獲得していくことの重要性や,採択を受けるために心掛けたいポイントなどについて聞いた。


危機的状況にある日本の研究力

――日本における医学研究の現状を教えてください。

 非常に厳しい状況にあると言わざるを得ません。日本の論文は,各国に比べ質・量ともに低下しています。最近15年間の各国の論文数の推移を見ると,米国やBRICs,特に中国の伸びには目を見張るものがある一方,日本では減少が続いています1)。また,日本から海外への留学者数は2004年をピークに減少傾向にありますし2),35歳以下の大学教員は比率だけでなく,人数そのものが年々減っている状況にあります3)

――ですが,日本は近年もノーベル賞受賞者を多数輩出しています。

 ノーベル賞の対象となる研究の多くは,受賞された時期からさかのぼって10~30年ほど前に行われたものです。要するに,ノーベル賞は10年以上前の研究状況を示すものでしかなく,現在の日本の研究力を示しているのは論文なのです。ですから今の状況を鑑みるに,10年後,20年後には科学分野における日本人のノーベル賞受賞者は減っていくことになります。

――今後も日本が優れた研究成果を出し続けていけるかが,今,問われているわけですね。

 その通りです。研究力低下の社会的要因の一つとしては,国公立大学の法人化が挙げられています。法人化に伴い公的な研究費が削減されたばかりか,雑務の増加によって研究時間も減少したと言われています。法人化初年度である04年度の国立大学に対する運営費交付金の総額は1兆2415億円であったのに対し,15年度は1兆945億円と,なんと10%以上も減っているのです4)。実際,国公立大学の法人化と,論文数が減少しはじめた時期がほぼ一致していることは留意すべき点です。

 それ以外にも要因はあります。例えば研究者側の要因としては,ハングリー精神の欠如です。ただ,これは何も研究に限った話ではなく,社会全体に当てはまることです。戦後20年ほどまでは社会全体がまだ十分に発達しておらず,一人ひとりが「自分が頑張らなければ!」と思う時代だったと言えます。ところが,今は社会がほとんど成熟してしまったために,そうした社会に生まれ育った世代の人たちは上昇志向があまりなく,ほどほどのところで満足してしまう人が多いように感じます。

研究の“楽しさ”を知ることが,継続の鍵

――今後日本はどうすればよいのでしょうか。

 極論を言ってしまうと,一度底辺まで落ちるしかないですね(笑)。そして,そこからまた這い上がるしかない。昔と今とでは社会の充足度が違う以上,頑張る必要性を感じられないのは仕方のないことだとも思うのです。そのような中であえて打開策を挙げるとすれば,研究を“楽しむ”ことができると話は少し違ってくるかもしれません。趣味と同じで,自分が好きなことで,楽しみながらやれる人はやはり強いです。素晴らしい成績をあげているスポーツ選手の多くが,大きな試合の前に「頑張ります」ではなく「楽しみます」と話しているのを見たことがあるはずです。同じことが,研究にも言えると思います。

――では,先生が考える研究の楽しさとは何でしょうか。

 研究の楽しさは,計画通りに研究が進んだときの“達成感”,つまり感動や喜びを味わうことで生まれます。こうした達成感は,まず自分で考え,努力したからこそ得られるものであって,上から指示されたことをやっているだけでは絶対に得られないものです。また,研究の基本は物事に対する疑問を突き詰めようとする“探究心”にあるので,子どものように「なぜ」と思う素朴さや純粋さを失ってはいけません。

――研究を続けていくための秘けつはありますか。

 高い志や目標を持ち,成果を早急に求めすぎないことです。小さな目標であれば比較的容易に達成できるかもしれません。ですが,それでは感動は得られず,その後研究を続けていくためのモチベーションにはつながらない。大きな目標を掲げ,努力や苦労を重ねながらも研究を進めていくことが,研究成果,ひいては研究を楽しく続けていくことにつながっていくのだと思います。

――指導者に求めたいことがあれば教えてください。

 求めるなどあまりにもおこがましいですが,指導者には未来を担う研究者を育てる使命があります。若い研究者たちの楽しむ心をくみとるとともに,“何”を研究するのかではなく,“なぜ”研究するのかを話し合い,研究の心構えを伝えていく必要があります。

 良き指導者には,先端的な研究手法,優れた発想力,豊かな人間性の3つの条件があると考えています。私は,それらを体の各部位に例えて,「手,頭,心」と呼んでいます。3つの中で最も大切なのは“心”であることは言うまでもありません。

「研究サイクル」を回し,次の優れた研究につなげる

――とはいえ,現実的な問題として研究には資金も必要になります。先ほども,国から支給される交付金等は年々減っているという話がありました。

 実は,国からの公的研究費の総額はほとんど変わっていません。公的研究費は,「基盤的経費」と「競争的資金」に大きく分けられます。このうち減少しているのは,国から大学に支払われる運営費交付金等を含む基盤的経費です。だからこそ,私たちはもっと積極的に競争的資金を獲得していかなければいけません。

――代表的な競争的資金としては科研費があります。

 科研費については近年その額が頭打ちの傾向にあり,現在の予算は約2300億円です。一方,科研費の応募件数は年々増加しており,年間10万件に達する勢いなのですが,文科省によると若手研究や基盤研究の採択率は今後30%弱を維持する方針ですから,一件当たりの研究費は減ることになります(図1)。

図1 科研費の応募・採択件数(新規),採択率の推移(文献5より一部改変)

――科研費の獲得競争は今後さらに熾烈になっていきそうですね。

 そうです。ところで,どんなに優れた研究者であっても,最初の科研費の獲得に関しては自分の努力だけではなかなか難しいのです。なぜだかわかりますか。

――最初は皆業績がなく,認めてもらうのが難しいからでしょうか。

 その通りです。おそらく多くの人は,先輩の獲得した研究費や所属する研究室の資金を利用して最初の研究を始めたと思います。そこで重要になるのが,「研究サイクル」を回すことです(図2)。

図2 研究サイクル6)

 研究というのは,「研究費(科研費)」を使って「研究成果」を出し,「論文」にすることで社会貢献につなげていくものです。そして,その業績(論文)が次の研究費を獲得する要素となり,新たな研究成果を生み出すというサイクルが回っている。ですから研究を始めて成果が出せたら,次は自分が研究費を獲得し,後輩のために使う番なのです。

――できたばかりの研究室などではサイクルを回し始めることは難しいように思いますが。

 確かに,指導者がそもそもお金を持っていない場合もありますし,大学から配分されるお金にも限りがあります。実は今回『科研費 採択される3要素――アイデア・業績・見栄え』を執筆しようと思った理由もそこにあります。私がこれまでに培ってきた経験や考え方を紹介することで,皆さんが科研費を獲得できるような申請書を書く一助になれば,と思ったのです。そうして獲得された研究費が契機となって,5年後,10年後に世界をリードし,社会に役立つ研究が増えてくれればうれしいです。

 また,申請書を書くことは自分の研究にとってのメリットにもなります。これまでの自分の研究成果を見つめ直し,これからの研究を立案する良い機会になるからです。研究の全体像を見失わないためにも,ぜひ申請書を積極的に書いてもらいたいです。

審査委員に,読んでみようと思わせることが採択への第一歩

――ずばり,採択される申請書のポイントは何でしょうか。

 書籍のタイトルにもあるように,「アイデア」「業績」「見栄え」の3つの要素が重要です。3つの中で最も重要なのはアイデアで,次いで業績,見栄えと続きます。

 見栄えのウェイトは3要素の中では低いものの,審査委員はたったの1か月間で多くの申請書を査読しなければなりません。ですから,アイデアの良さや業績などの有無にかかわらず,「読みやすい」「わかりやすい」「じっくり読んでみよう」と思わせる申請書を作成することが採択への第一歩なのです。

――業績があっても採択されない場合,見栄えに問題があるということですか。

 せっかく研究レベルが高く,アイデアが面白くても,じっくり腰を据えて読む気になれない申請書は多いですね。その領域の研究者が審査委員を務めるとはいえ,彼らもその領域全てに精通しているわけではありません。だからこそ,まず見栄えをよくして良い印象を与え,自分の研究の面白さを正しく伝えることが大切になるのです。拙著には,私たちが長年用いてきた「魅力的な表現」や「提出前のチェックポイント」も載せているので,申請書作成の際に役立つと思います。

――たかが見栄えと侮ってはいけないのですね。

 はい。ただ,見栄えはあくまでも入口にすぎず,やはり一番重要になるのはアイデアです。独創的なアイデアを生み出すためには,独自の仮説を立て,周到な研究計画を立てる必要があります。仮説が面白ければ研究の深みや発展性が推察できますし,仮説のない研究はこれまでの研究の追試にすぎません。

 独創的と聞くと,思いつきやひらめきが必要だと難しく考える人がいるかもしれませんが,その分野の基礎知識に精通していない限り新しいアイデアは決して生まれません。基礎知識を身につけた上で,その知識に頼り過ぎない発想を持つことが,良い研究を行うためには必要だと思います。

――最後に若手の研究者に向けて,メッセージをお願いします。

 研究は優れた成果を挙げ,学位を取得するためだけに行うものではありません。人への感謝の心や,成果が出なかったときの忍耐力など,人間性を豊かにする場でもあります。今こそ日本の“研究力”を高め,社会の発展に寄与するような研究に励んでもらいたいです。私たちの世代には,若手研究者をサポートする使命があり,拙著はその一つになると思っています。

MEMO 科学研究費助成事業(科研費)

 文科省と日本学術振興会が行う事業で,人文学や社会科学,自然科学までの全ての分野において,基礎から応用までのあらゆる学術研究(研究者の自由な発想に基づく研究)の発展を目的とする競争的研究資金を提供する。専門分野の近い複数の研究者による審査(ピア・レビュー)を経て,独創的・先駆的な研究に対して助成が行われる。

(了)

参考文献・URL
1)ELSEVIER. Scopusより.
2)文科省.日本人の海外留学状況.2016.
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/__icsFiles/afieldfile/2016/04/08/1345878_1.pdf
3)Fuyuno I. Numbers of young scientists declining in Japan. Nature. 2012.(doi:10.1038/nature.2012.10254)
4)国立大学協会.平成28年度国立大学関係予算の確保・充実について(要望).2015.
http://www.janu.jp/news/files/20150818-wnew-youbou1.pdf
5)文科省.動き出した科研費改革――日本の研究力強化に向けて.2016.
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/04/22/1367694_02_1.pdf
6)郡健二郎.科研費 採択される3要素――アイデア・業績・見栄え.医学書院;2016.


こおり・けんじろう氏
1973年阪大医学部卒。東大阪市立中央病院泌尿器科,近畿大医学部講師,この間に日本学術振興会特定国派遣研究員,およびBritish Royal Societyとの交換研究員として英国南マンチェスター大留学を経て,93年より名市大医学部教授,同大病院長,同大大学院医学研究科長・医学部長を歴任。2014年から現職。紫綬褒章,日本医師会医学賞,中日新聞社中日文化賞,東海テレビ文化賞,杉田玄白賞,日本泌尿器科学会坂口賞など受賞多数。科研費の泌尿器科細目の中で,過去5年間の採択件数が全国1位であり,多くの科研費を獲得している。

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