医学界新聞

連載

2016.07.25



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第7夜 気道

志水 太郎(獨協医科大学総合診療科)


前回からつづく

 J病院7階の混合病棟。2年目ナースのおだん子ちゃんは今日も夜勤です。急変を何度か経験してきて,最初のころはおっかなびっくりだった夜勤も,わずかに(?)抵抗感なくできているようです。特に今日は順調なスタートで,いつもよりものんびりと仕事ができてルンルンでした。

 夜11時,深夜のラウンドに向かいます。


(おだん子)「木村さ~ん,失礼します」

 木村さん(仮名)は急な発熱の精査で入院した22歳女性。おだん子ちゃんが個室のドアを開けると,ベッドに端座位で足を下ろして,窓際に向かってうつむいて座っていました。背中を丸めて肩を落としてじっとしています。

(患者)「ウッ……ウッ……」
(おだん子)「(あれっ木村さん,泣いているのかな?)どうしたんですか?」

 おだん子ちゃんはドアを開けたまま,どうしたんだろうと様子をうかがいました。木村さんは少し人見知りで自分からは積極的にしゃべらないタイプですが,もともとは明るい性格です。しかし,最近仲の良かった友達が急に亡くなったことから,夜はそのことを思い出して気が沈むことがあるようです。おだん子ちゃんはナースの休憩室で話題になっていたことを思い出し,そっとしておいてあげようと静かにドアを閉めて部屋を後にしました。

 2時間後,木村さんも少し落ち着いたころだろうと考え,個室に向かってみました。ドアを開けると,同じ姿勢で肩を落としています。少し前のめりで,肩を時々急に上げていました。

(おだん子)「(泣いてるのかな……)」

 と,その時,近くの部屋でナースコールが鳴りました。呼ばれるままに向かった先は,711号室の北村さんの部屋。糖尿病の教育入院中の70歳女性で,よく隠れて間食をすることが問題の患者さんですが……。

 駆け付けると,首を絞めるように両手を喉元に当てて苦しがっています! 急いで電気をつけると,顔が真っ赤。

(患者)「ゔーッ,ゔー

 手元には「もちもち★あんパン」と書かれた包装袋が! 北村さん,また隠れて間食しちゃったみたいです。

(おだん子)「まさか北村さん,喉に何か詰まらせちゃったの?」

 急いで口の中を見ましたが,何もないようです。

(おだん子)「うーん,どうしたら(オロオロ)」
(エリザベス)「何なさってるの? ……その呼吸は!」
(おだん子)「ああっ,先輩!!」

 エリザベス先輩は素早く近寄ると,北村さんの背中に手を当てて北村さんの体を前に倒しました。続いて背後から両腕を回し,両手の拳をグーにしてお腹を下から突き上げるようにギュッと強く抱きしめる動作を何度も取り始めました。すると……!

 ポン,と弱い音がして,北村さんが喉の奥から何かを吐き出しました。何度も強くせき込んでいます。吐いた物を見ると,大きめのあんパンでした。慌てて食べたのでしょうか,一気に半分飲み込んでしまい,目で見える範囲よりも奥(下部)に詰まっていたようです。

(患者)「ごめんなさい……」
(エリザベス)「やあねぇ。それにしても,患者さんがあんな呼吸をなさっていたら上気道閉塞による窒息をお考えになって」
(おだん子)「はい!! エリザベス先輩が来てくれてよかったです!」

エリザベス先輩のキラキラフィジカル❼
「A(Airway)の3秒フィジカル」

姿勢→胸元→声をチェック!
以下の3点を見たら上気道閉塞を考える!

①前傾姿勢
②首の筋肉の過使用
③しゃべれない

 前傾姿勢は後傾姿勢よりも気道が開きやすい状態です。睡眠時無呼吸症候群の方が仰臥位で寝ているときにはいびきをして,横になったりうつぶせになったりしていたらいびきをしなくなる様子を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。前傾姿勢を取るのは呼吸を楽にしたいからと考えられます。

 首の筋肉(胸鎖乳突筋や斜角筋)は,呼吸時に補助として使われる筋肉です。メインで使われる横隔膜だけでなく,補助である首の筋肉まで使って胸郭を広げ,空気を肺に入れなければならないということは,相当呼吸をしにくい(正確には吸いにくい)状態だと言えます。

 さらに,しゃべれないというのは気道が開通していないことを示す重要な所見ですので,これも重要な情報です。さらに,文字にすれば「う゛ーッ,うーッ゛……」というような,狭い気道を無理やり通して息を吸い込んでいるような苦しそうな音(Stridorストライダーと言います。個室のドアの向こうからでも聞こえそうな嫌な響きです)が聞こえたら,ヤバいです。上気道閉塞を疑ってください。

 ……と,北村さんが無事助かっておだん子ちゃんがホッとしたその瞬間,別の部屋からバタン! と音がしました。さっきの木村さんの部屋です! 急いで駆け付けると,木村さんが倒れていました。体に触ると,すごい熱です。そして,口を開けて明らかに苦しそうに呼吸をしています。口の中をペンライトで見ても喉はきれいでしたが,今回もAの3秒フィジカルには全て当てはまっていました。

(患者)「ゔーッ,ゔー
(おだん子)「ええっ木村さんも? でもあんパンの袋はない!」
(エリザベス)「……あなた,前の症例に引っ張られすぎですわよ」

急変ポイント❼
「発熱で,喉きれいなのに上気道閉塞?」

 ●急性喉頭蓋炎
 ●後咽頭膿瘍
 ●クループ

「熱がなく,喉きれいなのに上気道閉塞?」

 ●異物
 ●外傷
 ●アナフィラキシー

 急性喉頭蓋炎,後咽頭膿瘍,クループはいずれも,致命的な上気道閉塞を起こし得る病気です。目で見える範囲よりも奥の上気道が圧迫された状態ですので,気道閉塞を解除するには気管挿管が必要になることが十分に考えられます。非常に急ぎます。このようなときはバイタルすら取る前に判断し,およそ考えられる限りの超緊急で対処する必要があります。

 ちなみに「発熱がなく,喉きれいなのに上気道閉塞」は異物,外傷,アナフィラキシーなどを考えます。

(エリザベス)「すぐにドクターをお呼びになって。それから救急カートですわよ!」
(おだん子)「は,はい!」

 呼ばれた医師は状況を判断し,その場で気管挿管になりました。その後の診察と検査で,上気道炎を契機とした急性喉頭蓋炎と診断。抗菌薬治療などを行った後,数日後に抜管,木村さんは無事に退院しました。

 おだん子ちゃんは,窓際に座っていた木村さんは泣いていたのではなく苦しくて前のめりになっていた可能性があったのではと先輩から指摘され,最初にすぐに対処していれば……と肩を落としました。今回は危機一髪でしたが,急性上気道閉塞は即致命的になる病態なので,一晩に2例も経験したことはおだん子ちゃんにとっては良い経験になったのではないでしょうか。

 今回は急変基本のABCのAに触れました。簡単にまとめると,つらそうに前のめりになっていて,苦しそうに肩で息をしていて,さらにしゃべれない,おかしな呼吸音(聴診器ではなく,耳で聞こえる)があれば,そうではないとわかるまで上気道閉塞を疑う,ということです。

 Aは特に急ぎます。異変のサインを3秒レベルで迅速に察知して,すぐ次の行動(気道確保)につなげることができれば合格です。

おだん子のメモ

7月25日
●ぱっと見では喉がきれいでも,目で見える範囲より奥で気道閉塞していることがある。
●異変のサインを察知したら,バイタルより前に気道確保!

つづく

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