医学界新聞

書評

2016.07.18



【interview】

Cancer Board Squareで深まる
がん医療のHuman Based Medicine

高野 利実氏(虎の門病院臨床腫瘍科)


 2015年10月に創刊した『Cancer Board Square』。今回、日本において数々の腫瘍内科を立ち上げてきた高野利実氏に、がん診療の現状と本誌に寄せる期待について語っていただいた。


求められるEBMを“越えた”学び

――近年のがん医療と、それに関わる医療者の環境変化についてお聞かせください。

高野 がん医療は着実に進歩し、テレビや雑誌、インターネットなどにはがんの情報が溢れかえっています。しかし、がん=不幸、治らない=絶望、死=敗北といったイメージが根強く残っていることもあり、国民のがんに対する実際の理解は、あまり深まっていないようにも思えます。メディアは、医療の不確実性やリスクとベネフィットの微妙なバランスを伝えるよりも、白黒はっきりと切り分けたセンセーショナルな情報を流すことを重視しがちで、時にそれが誤ったイメージを助長しているのです。このような中、医療者は医療の限界や不確実性も踏まえながら、患者さんの「意思決定を支える」という難しい役割を担っているわけです。

――「意思決定を支える」ために、医療者にはどのような学びが必要なのでしょうか。

高野 不確実性の中で最善の医療を行おうというのがEBM(Evidence Based Medicine)であり、今の医療の原則となっています。よって、まずはEBMを正しく理解して実践することが重要です。臨床現場で疑問に直面したら、エビデンスの検索・吟味を通して最善の選択を検討し、患者さんに提示します。今の時代、エビデンスを知ること自体はそれほど難しいことではありません。ガイドラインも整備され、標準治療を解説した書籍もたくさん出回っていますので、標準的な治療方針を考えるための知識は比較的容易に得られるでしょう。でも、教科書通りの治療を行うのが100点満点であるというなら、そもそも医師は不要ということになってしまうのではないでしょうか。

 EBMの一番重要なステップは、目の前の患者さんの幸せにつながる医療を行うことです。私は、この部分をHuman Based Medicine(HBM)と名付け、EBMをより深化させた医療として提唱しています。病気や医療は実に多様ですが、それを抱え込む人間という存在はもっと多様で、一人ひとりの価値観もバラバラです。EBMが「最大多数の最大幸福」をめざす医療だとすれば、HBMとは、「一人ひとりの、その人なりの幸せ」をめざす医療です。ただ、これは教科書で学べるものではありません。いつも目の前の患者さんの幸せを考え、日々の臨床現場で悩みながら身につけていくものだと思っています。

多次元の座標軸から「がん」を捉えるトレーニング

――『Cancer Board Square』をご覧になって、どのような印象をもたれましたか。

高野 まず、がん医療の多面性をあるがままに提示しているのが印象的です。臨場感あるキャンサーボードの実録(「Cancer Board Conference」)、関心の高いテーマを掘り下げる「Feature Topic」、判断に迷う場面での多様な考え方を提示する「View-pointがん診療」、多彩な執筆陣の個性溢れる連載など、がんという疾患を実にさまざまな切り口で描き出しています。読者が感じるものもさまざまでしょう。一つの答えを提示する教科書とは一線を画すコンセプトで、リアルな臨床現場がそのまま誌面で再現されているように感じます。

 最近の医療は曖昧さをできるだけ排除し、明確な基準で判断したがる傾向があるように思います。ガイドラインの推奨グレードがどうだとか、腫瘍径何cm以上だとどうだとか、限られた座標軸で議論することが好まれます。そういう判断基準を否定するわけではないのですが、実際の医療や人間というのは、1個や2個の座標軸では語り尽くせない、多次元の座標軸から成り立っているということを忘れてはいけません。

 医療者側の価値観もさまざまであってよいと思います。かつては医師の価値観が重視され、医師の指示のもと、全てのメディカルスタッフが同じ座標軸で動くことが理想とされていました。でもこれからは看護師、薬剤師それぞれの座標軸があるほうが患者さんのあるがままの姿を捉え、きめ細やかなケアができるように思います。患者さんの考える目標を全員でシェアした上で、多職種が密接なコミュニケーションをとりながら多面的なアプローチをする「チーム医療」が求められています。そういう意味で、さまざまな立場の執筆者が現場に根差した多面的な論考を展開している『Cancer Board Square』は、「チーム医療実践のための実用書」と言えます。これは、単純化された教科書と、複雑な医療現場とのギャップを埋める重要な試みでしょう。特に「Cancer Board Conference」は、一般化された症例の標準治療が提示されるのではなく、生々しいケースをめぐる本音トークが繰り広げられていて、教科書では得られない情報やメッセージがたくさん詰まっています。ここから自分なりの考え方を整理すれば、読者の皆さんの日々の診療は大きく変わることでしょう。

究極のCancer Board

――次号(vol.2 no.2)より、がん患者の立場から、桜井なおみさんの連載が始まります。

高野 患者さんの意見や考え方を知るのは、とても大事で、桜井さんの連載も楽しみです。実際のキャンサーボードは、患者さん抜きで行われることが多く、エビデンスに基づく客観的な議論が重要視されています。もちろん、それも欠かせないディスカッションではあるのですが、患者さんの価値観は治療方針を決めるためには必須の情報です。患者さんご自身が加わり、自らの価値観を語るようなキャンサーボードがあってもよいと思います。これから、患者さんの視点が入ったキャンサーボードが『Cancer Board Square』の誌面で展開されるのを期待しています。

患者さんの幸せのために

高野 今年、『がんとともに、自分らしく生きる――希望をもって、がんと向き合う「HBM」のすすめ』(きずな出版)という本を出版しました。18年間医師をやってきた中で出会った多くの患者さんたちとのドラマを紹介しつつ、私なりに考えてきた「がんとの向き合い方」を書き綴っています。世の中では、「がんと闘うな」とか「この治療でがんに克つ」とか、白黒はっきりしたセンセーショナルな主張が溢れていますが、そういう主張をむやみに信じて思考を停止してしまうのではなく、患者さんも医療者も、白黒はっきりしない現実ときちんと向き合い、一人ひとりが真剣に考えることが大事なのだと思っています。この点は、『Cancer Board Square』のコンセプトとも重なるところですね。

 私自身は、現在主に三つのミッションに取り組んでいます。一つ目は、真の腫瘍内科医を育成し、真の腫瘍内科を日本に定着させること、二つ目は、質の高い臨床試験を展開し、世界の患者さんの役に立つエビデンスを創り出すこと、そして、三つ目は、がんと向き合う患者さんを支えるためにHBMを実践することです。この三つのミッションは、次元は異なりますが、すべて、「患者さんの幸せ」というビジョンに通じています。『Cancer Board Square』には、これからも、「患者さんの幸せ」のために、意欲的な企画を展開してほしいですし、本誌をきっかけに、日本中の医療現場で多面的な議論が広がることを期待しています。

――先生の理念が、広く日本に浸透することを期待しております。本日はありがとうございました。


たかの・としみ
虎の門病院臨床腫瘍科部長
1972年東京都生まれ。1998年東京大卒。東京大学医学部附属病院と東京共済病院で研修後、国立がんセンター中央病院内科レジデントを経て、2005年東京共済病院腫瘍内科、2008年帝京大学医学部附属病院腫瘍内科講師、2010年虎の門病院臨床腫瘍科部長と、3つの病院で腫瘍内科の立ち上げにかかわった。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医部会長、西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務める。著書に、『がんとともに、自分らしく生きる――希望をもって、がんと向き合う「HBM」のすすめ』(きずな出版、2016年)など。

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