医学界新聞


徳島大学の地域医療実習の取り組みから

寄稿

2016.07.11



【寄稿】

住民主体で医学生を育てる
徳島大学の地域医療実習の取り組みから

谷 憲治(徳島大学大学院医歯薬学研究部総合診療医学分野 特任教授)


 徳島大に2007年10月,県の寄附講座として地域医療教育を担当する講座「地域医療学分野(現・総合診療医学分野)」が開講し,翌2008年には地域医療実習が本学医学部の教育カリキュラムに必修科目として導入された。実習地として選択されたのは,当講座の活動拠点となっている県立海部病院が所在する県南部の海部郡である。

 地域医療実習は,医学科5年生に1年間かけて行う臨床実習クリニカル・クラークシップの中に位置付けられ,医学生は10~12人ずつ1週間,海部病院の宿泊施設に泊まり込んで地域のさまざまな施設を訪問することになる。

医師不足に危機感を抱いた県,大学,そして地域住民たち

 実習施設としては,郡内で最も規模の大きい海部病院(110床)をはじめ,町立の小規模病院,有床・無床診療所,離島診療所,介護施設を含む。地域医療実習をカリキュラムに導入するに当たっては,長崎大,自治医大,島根大を訪問して,そのノウハウを教えていただいた。

 寄附講座の開講当時,海部病院は極めて深刻な医師不足に陥っていた。2004年に導入された新医師臨床研修制度の影響を受け,同院の医師数は18人から9人に減少し,特に9人いた内科医が一時期2人だけとなり,土曜日の救急患者の受け入れを休止せざるを得ない状況になっていた。その対策の一環として県は大学に寄附講座を設置し,海部病院の診療支援を求めた経緯がある。

 医師不足の対策に乗り出したのは,県や大学だけではない。2008年11月,自分たちの住む地域の医療環境が厳しい状態に陥っていることを知った住民たちが立ち上がり,「地域医療を守る会」を発足させた。住民らは,医師の通勤を便利にするためにJR四国に通勤列車の増便を要望したり,勤務医の労務環境の改善やコンビニ受診対策を住民に訴える寸劇を行ったりして,地域医療を立て直すべく啓発活動に取り組んだ。病院医療スタッフへの手作り弁当の差し入れや,2月には手作りバレンタインチョコのプレゼントなど,思いやりあふれる取り組みも行われた。

地域に入るからこそ得られる体験と患者の声

 医師不足の課題を抱える海部の地で開始された地域医療実習は,医学生と住民との接点を生む役割を果たすこととなった。地域医療実習は,大学病院内での実習とは異なり,地域全体が実習現場となるからだ。高度医療を担う大学病院では,難病や診断・治療に難渋している患者さんを担当し,家族や住居から切り離された特殊な環境とも言える病棟が実習現場となる。それに対して地域医療実習では,病院や診療所に受診してくる通院の患者さんの担当が主体であり,さらには訪問診療にも同行して,患者さんの生活環境の中にこちらから入っていくこともある。地域医療実習を計画していく上で,住民の協力は不可欠なのだ。

 ではどのような内容の実習を行っているのか。まず,外来患者さんと1対1で過ごす「エスコート実習」では,外来での待ち時間から一緒に行動する。そのため,患者さんの視点から病院受診の様子を見る貴重な機会となる。患者さんからも「待ち時間の間,楽しく過ごせた」「若い学生から元気をもらった」という声が多く寄せられている。

 また,採血業務も担当する。市中の大病院では,患者さんから採血の同意をもらうことが難しい場合もあるが,海部病院では実に8~9割の患者さんから了承が得られる。採血が終わると「痛くなかったよ」という褒め言葉をいただいたり,「いい医者になれよ!」と激励を受けたりすることもある。このように,この地に住む多くの患者さんから医学生の実習に快く協力をいただける背景には,前述の住民組織「地域医療を守る会」の理解と支援が大きい。

実習報告会の開催は町内放送で呼び掛けが

 そして実習最終日の午後には医学生による実習報告会が開催される。報告会には海部病院の院長,看護局長および事務局長の他,「地域医療を守る会」の代表の方たちをはじめ,地域住民も大勢参加する(写真❶)。開催当日にはなんと,実習報告会の案内が町内放送で9時と13時の2回にわたり呼び掛けられる。農作業や漁業の仕事の手を止めて,そのままの服装で参加してくれる住民もいる。

写真 ❶今年4月に行われた報告会の様子。ここでの対話から,地域医療の課題について住民・医学生双方が理解を深める。

 報告会では,医学生たちは実習内容だけでなく,海部ならではの地域の魅力や,自分たちの将来に役立つであろう学びの内容を住民たちに伝える。さらに,医療面や環境面において,「こう改善されれば若い医師がさらに集まるのではないか」といった率直な意見も述べられ,医学生と住民の間に白熱した議論が起こる。「地域医療を守る会」の住民の中には,医学生たちの意見をこれからの活動に生かすべく,熱心にメモを取る姿も見られる。医学生と触れ合うことは,住民たちにとって「地域の医師確保は医学生を育てていくことから始まるのだ」という認識を持つ機会になっている。

 実習の指導者として感じるのは,地域医療実習は,医学生だけでなく地域住民にとっても学びがあるということだ。医学生にとっては,地域密着型の医療を経験することで,地域住民の温かさや自然環境の良さ,地域における医師の存在感の大きさを知るなど,後の医師のキャリア形成にプラスに作用する要素は多い。その一方で,この地で医師として勤務するには,医師の専門性維持の問題,学会・研究会への参加のしにくさ,子どもの教育環境についての不安など,対策の難しいマイナス面があることも,医学生との議論によって住民には理解されつつある。

生まれた地に戻ってくるウミガメのように

 最近住民たちは,医学生に対しこのように訴える。「医師になって海部のことを思い出したとき,いつでも戻ってきて」「そして1年,2年だけでもここでしっかり地域医療を勉強してくれたらいい」と。そして住民らは,「ずっといてくれとは言わない」と口々に強調する。

 医学生に対する住民たちのこうした呼び掛けは,「ウェルかめ構想」と呼ばれる。ウミガメの産卵で有名な海部の地を舞台に,2009~10年にかけて放送されたNHKの朝の連続テレビ小説『ウェルかめ』にかけて名付けられた。海部の浜に産み落とされた卵から誕生したウミガメの赤ちゃんは,大海で成長した後も生まれた浜を記憶しており,母親になったときに再び産卵に戻ってくる。海部の地で学んだ「医師の卵」の成長と,いつか地元に戻ってくることへの願いを込めたこの構想は,医学生と住民との間で繰り返しなされた議論の中から生まれた(写真❷)。

写真 ❷「地域医療を守る会」の代表者らと医学生。「ウェルかめ構想」によって育った医師が戻ってくることを住民らは期待している。

 2016年5月現在,海部病院の常勤医師数は12人となり,特に内科・総合診療科医師が7人にまで回復し,土曜日の救急受け入れも再開された。この4月からは,医学生時代に海部で地域医療実習を受けた卒後5年目の医師が常勤医として初めて勤務しており,来年も2人目,3人目が予定されている。住民たちの「ウェルかめ構想」がいよいよ実を結び始めている。 

 地域医療実習の主役は医学生と住民である。「住民が医学生を育てる」。これが地域医療を守る一つのキーワードではないだろうか。


たに・けんじ氏
1982年徳島大医学部卒。徳島大病院第三内科で研修後,高知市立市民病院,徳島県立三好病院,徳島大病院に勤務。95年米国立フレデリック癌研究所留学。2000年徳島大医学部分子制御内科学助教授,07年10月同大大学院地域医療学分野特任教授を経て,10年4月より現職。

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