医学界新聞


熊本地震での“食べる支援”活動から

寄稿

2016.06.06



【寄稿】

災害時栄養サポートチームの必要性
熊本地震での“食べる支援”活動から

前田 圭介 玉名地域保健医療センター摂食嚥下栄養療法科・NSTチェアマン)


 熊本地震はM6.5の前震(2016年4月14日)と,M7.3の本震(同4月16日)を中心とした一連の災害です。住宅被害が最も大きかった益城町は熊本市の東に隣接し,熊本空港や高速道路のインターチェンジなどを持つ交通の要衝です。本稿では,私たちが益城町をはじめとする被災地で,なぜ・どのように早期に“食べる支援”を始めたのか,そしてなぜこの活動から災害時栄養サポートチーム(D-NST)の必要性を確信したのかについて記したいと思います。

“食べる支援”は避難所での高齢者ケアの軸となる

 私の専門は高齢者の栄養障害と摂食嚥下障害です。これらの障害の予防やケア(医療・介護的介入含む)には,多面的で包括的な取り組みが重要だと考えられています1)

 災害時には,日常生活の中で知らず知らずのうちに行われていた高齢者ケア(歯磨き,水分摂取,体操,ご近所さんとのおしゃべり,食事形態の調整など)が突然途絶えてしまいます。その上,避難所内が混乱している避難生活の初期には,「難なく自分で何でもできる人」に支援物資や食料が届きやすく,高齢者等災害弱者への配慮が向きにくくなります。

 被災地での頻度が高く,被害レベルと強い関連が報告されている災害後肺炎2)や,脱水・低活動から引き起こされる血栓症は“食べる支援”を通じた多面的で包括的なケアによって予防できる可能性があります。つまり,避難所での高齢者ケアは“食べる支援”を軸にすると取り組みやすいのです。

発震からわずか4日で始動した多職種摂食サポートチーム

 前震が発生した14日,私は東京にいました。講演後の懇親会中に,目の前にいた歯科医師の内宮洋一郎先生(戸田歯科)から「熊本で大きな地震があったようですが……」と聞いたのが最初の情報です。急きょ帰宅便を変更し,熊本空港に運良く戻って来られたのが翌日の午前10時。帰宅してすぐ,肺炎予防の3つのコツ(口腔ケア,水分・栄養摂取,運動)を書いたビラを作り,自家用車に自転車を積んで益城町方面へ向かいました。渋滞を避けるため途中の歯科医院に駐車させていただき,そこからはヘルメットを被って自転車で益城町に入り,6つの避難所でリスクが高そうな高齢者にビラを渡しながら肺炎予防の説明をして回りました。

 本震のあった16日(発震2日後)も益城町で活動する予定でしたが,未明に本震に襲われました。熊本城から2 kmの自宅で私自身も被災し,避難所生活者となったのです。そのため熊本市内の避難所回りに活動を切り替え,10か所で続発症予防の啓発を行いました。また,自身の避難所でもボランティア看護師さん4人と共に避難所内口腔ケアチームを作り,夕方には高齢者ケアを始めました(写真)。

写真 本震のあった4月16日,熊本市内の避難所で結成した口腔ケアチーム。

 続く17日はFacebookで全国の仲間に応援依頼・支援物資依頼を行いながら,玉名地域保健医療センターの同僚2人と一緒に益城町入りし,3人で口腔ケアをして回りました。

 そして18日,東日本大震災以来被災地での“食べる支援”を続けている「チームふるふる」のリーダーである古屋聡先生(山梨市立牧丘病院)と合流。益城町の特別養護老人ホーム「ひろやす荘」のご厚意で前線基地となる場所を借りることができ,この瞬間をもって熊本地震摂食サポートチームが正式に始動しました。古屋先生の迅速な行動が,わずか発震4日目での組織立った活動につながったのです。

 翌19日からの活動の主体は,避難所のフロアで直接ケアを提供する“実践”。私たちが行った“食べる支援”は多面的で包括的なアプローチです。食べるための口を作ること(口腔保清や口腔機能維持),誤嚥リスクを最小限にする姿勢,日常的な活動性,適切な食形態の指導,水分・栄養量管理など,食べる支援は一つのケアでは完結しません。震災によって突然ケア空白地帯に放り込まれた高齢者には,これら全ての支援を同時に行う必要があります()。

 熊本地震摂食サポートチームの活動

 ちょうど2015年9月に書籍『口から食べる幸せをサポートする包括的スキル――KTバランスチャートの活用と支援』1)を刊行したばかりでした。この書籍で提案している“KT(口から食べる)バランスチャート”は,摂食の専門職だけでなく介護職や一般の人でも評価でき,介入すべきテーマが視覚的にわかりやすく作られています。今回私たちの声掛けに応じて素早く駆けつけてくれた医師,歯科医師,看護師,歯科衛生士などから成る急造の多職種チームでも,共通言語として十分に活用できました。

災害避難所のフロアでこそD-NSTによる直接支援が必要

 災害の早期には,ケアが必要な高齢者など,災害弱者への配慮が行き届きにくいということを今回の震災であらためて実感しました。ケアが行き届かない高齢者への“食べる支援”は,私がライフワークにしている栄養サポートチーム(NST)に通じるものがあります(註:当院のNSTは栄養ルートと栄養剤の判断だけではなく,栄養障害とそのリスク全般に介入し,身体機能,摂食嚥下障害へのアプローチも行っています)。

 災害早期の避難者は急性ストレス・摂食量不足・活動量低下の状況にいますので,この時期の食べる支援は急性期病院でのNSTに似ています。また,もともと介護や他者から支援が必要であった人へ行う続発症予防のための食べる支援は,生活期のNSTに似ています。さらに,包括的に食べる機能にアプローチするという意味ではフレイル・サルコペニア高齢者の摂食嚥下リハにも通じるものがあります。急性期や生活期のNST,高齢者の摂食嚥下支援にいくつもの良好なエビデンスがあることを考えると,災害時のNSTも良好な予後への寄与が期待されます。

 私たちは今回,D-NSTという概念を提唱し,食べる支援が必要な人に,災害早期にケアを届ける必要性を示しました。D-NSTの行うケアの多くはスペシャルニーズを対象としたものです。スペシャルニーズへのケアは,医療職が対象者を直接支援する,手渡しする等の方法でなければ届かないということも実感しました。しかし,混乱期の避難所フロアでケアを提供している医療職は皆無です。避難所運営が混乱しているこの時期には災害弱者のニーズは拾い上げにくく,対応されにくいのです。D-NSTは可能な限り早期に,可能な限り包括的に支援するチームとしてフロアレベルで活躍するチームであるほうが良いでしょう。

参考文献
1)小山珠美編.口から食べる幸せをサポートする包括的スキル――KTバランスチャートの活用と支援.医学書院;2015.
2)Matsuoka T, et al. The impact of a catastrophic earthquake on morbidity rates for various illnesses. Public Health. 2000;114(4):249-53. [PMID:10962585]


まえだ・けいすけ氏
1998年熊本大医学部卒。2005年よりへき地病院,急性期病院,介護施設,回復期リハビリテーション病院等で診療,11年より現職。13年よりたまな在宅ネットワーク事務局長。高齢者の嚥下障害と栄養障害を専門に診療と臨床研究を行っている。

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