医学界新聞


キャリアラダーと現任教育のこれから

インタビュー

2016.05.30



【interview】

地域を支える保健師を育てる
キャリアラダーと現任教育のこれから

中板 育美氏(日本看護協会常任理事)に聞く


 保健師は資格を取得してからの道が看護師以上に多様であり,勤務先によって業務内容もさまざまなため,卒後の現任教育の重要性が高い。そのような中,3月31日に「保健師に係る研修のあり方等に関する検討会(以下,検討会)」の最終とりまとめ1)が厚労省より発表され,保健師のキャリアラダーが示された。

 地域医療の重要性が増す中,医療全体を考えるにあたっては保健師の役割が重要となる。より良い地域医療を構築する力を持った保健師を育てるためには,人材育成をどのように考えるべきか。検討会の委員で,日本看護協会常任理事を務める中板氏に話を聞いた。


――これまで,保健師の現任教育はどのように行われてきたのでしょうか。

中板 保健師の8割が自治体で働いています。検討会の主な対象も自治体保健師でしたので,自治体保健師についてお答えします。

 一般的に卒後は,継続教育としてOJT(職場内研修),Off-JT(職場外研修),ジョブローテーション,自己研鑽を中心に実践力を高めていきます。保健師もそれらのうち,Off-JTの研修は数多く用意されています。しかしながら,研修を受ける時期,そこで獲得される能力,研修と活動実践との連動,研修成果の評価等を概観すると,キャリア形成を意識した計画的かつ系統的な研修として実施されてきたとは言い難い状況でした。

――長期的なキャリアを見据えたものではなく,その場その場に対応するための研修だったのですね。

中板 ええ。行政においては,制度の理解や運用のためのスキル,そしてそれらに対応するためのスピード感が求められますから,トピック的な研修が増えることは理解できます。一方で,社会情勢に左右されることも多いため,常に状況を読み,人々の命を預かる専門職として長期的視点を持った判断や応用力を発揮できる能力が必要です。当然,パフォーマンスを上げるための力量も。そうした能力を獲得するためには,公衆衛生を担う看護人材として,新任期から管理期まで,一貫した育成が必要です。

 これまでも,全国レベルで言えばに示した4つの組織が研修を実施していたものの,それぞれが体系的かつ役割分担ができていたかと言えば不十分だったと思います。あらためて,コンピテンシーに基づく研修体系を考える必要がありました。

 主な組織が提供している研修

――なるほど。研修に関する検討会でキャリアラダーが取り上げられたのはそうした理由だったのですね。

中板 はい。これからは,各自のキャリアプランが尊重されるよう,ジョブローテーションにも配慮されるような職場環境が必要になります。今回の最終とりまとめは,その第一歩だと考えています。

「年数」から「能力」評価へ

――最終とりまとめの中で特に注目すべき点を教えてください。

中板 育成計画の基準が「経験年数」から,獲得すべき「能力」になった点です。これまでは,3~5年目までは新任期,それ以降~20年目が中堅期,20年目以上が管理期というように,経験年数で整理されていました。

 日看協が行ったグループインタビューでは,年数を経れば一様に新任期を卒業できるという仕組みが自己研鑽を行う意欲を損ねるという意見や,本人も教育担当者も「一人前になるのは5年後」と考えて甘えが出てしまうという指摘がありました。確かに,与えられた仕事をこなすことに徹する人も,能力の向上に努め自らのキャリアを開拓しようとする人も,同じ道筋しか歩めないのでは,やる気をそがれかねません。

――能力評価とした背景には,卒前教育が多様なこともあるのでしょうか。

中板 今年3月に,保健師資格取得が選択制になった学年の初めての国試結果が発表されました。今後,大学院で公衆衛生看護を学んでから社会に出る保健師も増えると期待されます。そうなると,今まで通り「誰もが5年までは新任期」では違和感があります。

 ただ,保健師の活動の多くが手技に特化したものではないので,能力評価には難しい面もあると思っています。例えば保健師には,専門職意識と看護倫理,体系的にとらえた施策力,要請される活動の多様性に柔軟に対応できることなどが必要です。その能力として「できた」と判断する基準はどう設定すれば良いのかは,今後の課題です。

専門職としてのキャリア管理職としてのキャリア

中板 最終とりまとめでは,保健師としての専門的能力のラダーに加えて,管理職となった場合のラダーも示されました。

――看護師でも,現場の看護師として専門的能力を伸ばす道と,管理職になる道があります。同じように,保健師も本人のめざす姿に合わせて選べるようになっていることが明確に示されたと言えるのではないでしょうか。

中板 その実現をめざしたいですね。これまでは,保健師として管理職をめざすことを異端視する人もいました。しかし,制度や仕組みから地域を変えていきたいという保健師本来の活動がしやすい環境づくりには,保健師の管理職も必要です。むしろ日看協としては,保健師も組織決定に関与できるポスト獲得を支援するような環境整備が不可欠だと考えています。管理職としてのキャリアを希望する保健師の芽を摘まないためにも,管理職として発揮すべき能力を厚労省がラダーとして示した意義は大きいと思います。

地域での多職種協働に向けて

――ラダーにより保健師の能力が明確に示されたことで,地域の中で保健師とはどのような存在かの理解が進みそうです。

中板 それも大きな成果です。保健活動の可視化は,重要なテーマですから。

 例えば地域包括ケアシステムの構築一つとっても,自治体内部,病院,福祉・介護施設,訪問看護ステーションなどでつながり,かつ柔軟に動けるネットワークが必要になります。また,重症心身障害児在宅ケアでは,NICUや小児科の看護師,助産師,主治医やかかりつけ医,訪問看護師などのチーム編成が不可欠です。健康課題に地域で取り組むためには,制度や資源を知る保健師が,行政内部および民間団体などと密接な関係を保ちながらコーディネート役を遂行しなければ成り立ちません。

――地域のさまざまな活動で保健師の役割が欠かせないということですね。

中板 その仕組みづくりに尽力する保健師の活動は,プレイヤーの立役者として,いわゆる「黒子」の存在になりやすかったように思います。

 保健師の役割は,公衆衛生の整備と保健指導です。障害者や高齢者等の看護やケアが必要な方々が,地域の支え合いの中で生きていけるように,環境・人材・仕組みを作ったり,医療やケアを必要とする時期を少しでも遅らせるように,予防したりしていきます。

 保健師は,看護師や助産師と異なり,直接のケアは行わないため「何もしてくれない」と誤解されがちなのですが,病院や訪問看護を必要とする人を少しでも減らしていければ,そこで働く方々の負担も軽減されますし,医療費による財政負担も軽減されますよね。予防は,人々のQOLを守るためにも,医療費適正化のためにも,何にも勝る戦略です。

――保健師と他の医療職が互いの役割を理解していれば,ますます力を発揮できるようになりそうですね。

中板 はい。ただし,そのためには保健師に2つの力が必要です。1つは,地域の実態を把握するために統計データを読みこなし,エビデンスを基に対策を考え,費用対効果を含めた成果をデータとして示すという量的分析能力,そしてもう1つは「地域全体を見る」。つまり,地域の公民のサービスや人的資産,地域に根付く文化など人々が暮らす生活関連の情報を集約し,質的データとして読み込み,量と質のデータを統合させる能力です。

――多職種と協働するには,他者にも理解できる客観的データを示せる能力は重要になるでしょう。しかし,「地域全体を見る」とは,具体的にどのような能力なのでしょうか。

中板 データだけでは,普及に終わりがちです。年代に特徴的な生活行動や地域ならではの食文化や伝統が時に健康に影響を与えますので,問題を解決するためには地域を知る必要があるのです。そうでなければ,ピントがずれてしまいます。

 よく保健師の大先輩たちが自虐的に「頭より体が先に出る」等と言いますが,それは,地域を十分に見聞きして理解できているからです。実践知・経験知を持っているわけです。歴史に残るような保健師たちの活躍を書物等で読むと,保健師として成すべきことの答えは,「住民一人ひとりの生活の中にある」と確信していたように感じます。

 しかし現在は,保健師の配属が地区担当制から業務担当制に変わった自治体が増えました。高齢者担当,子ども担当,虐待担当等と部門別の係に配置されることで,「わたしのまち」をとらえにくくなったと言われています。そうなると人々が地域で安全に,安心して暮らすための諸条件を見渡す総合力は乏しくなります。

――かつてのように地域全体を見る力を育むにはどうすれば良いでしょう。

中板 最終とりまとめの中でも議論した「統括保健師」の役割が期待されます。統括保健師は,分野横断的な視点で概観して健康支援方策を導けるよう,地域診断のリーダーシップを発揮することが大きな役割です。病院で言えば,看護部長と師長の間で調整機能を果たす副看護部長などがこれに相当するでしょうか。この機能が発揮されれば,業務担当制でも,地域全体を知ることができ,住民の健康を守るために優先すべき課題も解決に導かれます。

――最後に,現場の保健師に向けてメッセージをお願いします。

中板 保健師には,今から先を「想像(予見)する力」と解決に向けた「発想力」が必要だと私は思っています。先に述べた2つの力の統合が,この2つを生み出します。病院と在宅を切れ目ない仕組みにする中で,看護が目を配るべき領域は広がります。ぜひ,当事者意識を持ってキャリアラダーを読み込み,組織的に活用できるよう働き掛けていただきたいと思います。

――ありがとうございました。

(了)

参考文献
1)厚労省.保健師に係る研修のあり方等に関する検討会 最終とりまとめ――自治体保健師の人材育成体制構築の推進に向けて.平成28年3月31日.


なかいた・いくみ氏
1987年より東京都で保健師として活動。2004年国立保健医療科学院障害健康研究部上席主任研究官を経て,12年より現職。人材育成や保健師活動,児童虐待防止に取り組む。国立保健医療科学院(当時国立公衆衛生院)専攻課程修了。看護学博士。

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