医学界新聞

寄稿

2016.05.23



【寄稿】

3Dプリンタを用いた立体臓器モデルとその応用

森川 利昭(東京慈恵会医科大学外科学講座教授/東京慈恵会医科大学附属病院呼吸器外科診療部長)


 3Dプリンタは日本の技術者によって原理が発明され,米国で発展した機器である。平面の画像を積み重ねることで,あらゆる立体画像データを正確に造形することができる。主に工業製品の試作目的で使用され,近年日本でも盛んに用いられるようになった。個別での造形が可能であり,一人ひとりの人体データに基づいて造形できることから,今日では医療分野での応用も進められている。CTやMRIデータなどをもとに,実寸大での造形はもちろん,さまざまな縮尺を選び,実際の臓器と同じ形状が再現可能である。最近の機種では必要に応じて樹脂を選択し,複数の樹脂を組み込むこともできる。実質部分を透明の樹脂で造形し,造影剤などで濃淡をつけて内部の脈管部分を造形すれば,中の構造を一覧することができ,臓器の立体構造を理解する助けとなる1)

 しかしながら,個々に造形するために時間がかかる,樹脂が比較的高価であるなど,現時点ではその応用に限界もある。本稿では,こうした限界を超え3Dプリンタ技術をさらに医学へと応用していく試みの一つとして,筆者らが進めている手術シミュレーションのための人体モデル作製について紹介したい。

より人体に近い人体モデルの作製が可能に

 これまでの外科手術のトレーニングでは,トレーニングボックスやコンピュータによるシミュレーション,生きた動物を用いたトレーニングなどが主な手段であった。当講座ではより科学的なトレーニング方法を求め,3Dプリンタによる正確な形状の再現性に加え,従来の工業的技法を応用して人体の質感を再現することで,新たな手術シミュレーションモデルを考案した。

 本モデルは臓器の質感を再現した実寸大の解剖モデルで,本体となる胸郭ならびに胸腔内臓器の2つの部分から構成されている(写真❶)。ヒト(ボランティア)の胸部CTデータから3Dプリンタで基本的な造形を行い,さらに注型技術などの工業技術を用いて作製を行った。胸郭部分は肋骨や胸椎,鎖骨,肩甲骨などの骨性胸郭と,それを取り囲む筋肉や皮膚からなる。骨性胸郭は骨の硬さ・弾力性を有しており,筋肉や皮膚も特有の柔らかさを有している。

写真❶:CTデータから3Dプリンタと工業技法を用いて作製した,等寸大の胸郭モデル。胸郭内に実際の臓器を模した臓器モデルを装着して使用する。

 もう一方の胸腔内臓器は両側の肺と肺をつなぐ縦隔臓器,すなわち心臓大血管などからなる。これらの胸腔内臓器は水分を多く含むウェットモデルで,実際の臓器に極めて近い質感を再現している。特に肺は縦隔と一体となり,実際の肺の中と同様の血管や気管支が造形され,肺実質は水分と空気を豊富に含むマシュマロ様となっている。そのため通常の手術のように触診や剝離,切開・縫合やステープリング,さらにはエネルギーデバイスの使用が可能である。血管や気管支を露出してステープリングすることで,肺葉切除や縦隔郭清が行える(写真❷)。

❷:胸腔鏡下手術シミュレーションの術野モニター像。実際と同じ手術器具を用い,同じ感覚で手術操作を行える。

 再使用可能な胸郭部分に対し,レトルトパックで供給される臓器部分は使い捨てだが,全て無機質で無害な物質で作製されているため,開封後も腐敗することはなく,エネルギーデバイスなどの使用によっても有害なガスは発生しない。使用する際,胸郭部分に臓器部分を装着する。実際の手術と同様の距離感・質感を得ながら,カメラや手術器具をどこからどのように操作するかといった実際の手術に即した手技を学ぶことができるのが大きな利点である。

手術室内で行える新たな手術トレーニング

 本モデルのもう一つの特徴は,生きた動物やキャダバーと異なり,使用する時と場所を選ばない点にある。現在私たちはこの利点を生かし,新たな手術トレーニング方法として“手術室内”でのトレーニングを試みている(写真❸)2)。SynchronizeD Surgical Simulation (SSS)と名付けたこの訓練法では,まず,手術患者のいる手術室の隅に本モデルと手術機器を配置する。そして実際の手術画面を映すモニターの横にモデル用のモニターを置き,手術と同時にトレーニングを進めていく。手術チームとトレーニングチームは独立しており,訓練生は指導者の下,実際の手術操作と同じ画面をモデル用のモニターに映し出しながら同一の手術操作を行う。最終的には得られた検体の比較まで行うことができる。

 実際に訓練を受けた医学生からは,「手術を見ているだけだったこれまでとは違い,自分の手を動かして自分の判断で全ての動作を決めていくため,上級医の先生方と違って自分がいかに何も考えずに手術を見ていたかを痛感した。そのため,その後は手術の場での着眼点が変わり,より考えて手術を見ることができるようになった。実際の操作について自分である程度イメージを持った上で術者の先生の手技を見ることができ,とても勉強になった」といった感想が聞かれた。SSSは手術での操作や手順だけでなく,手術経験のない訓練生が緊張感を体得する助けにもなるなど,訓練効果が極めて高いことがわかった。

写真❸:手術室で,実際の手術(奥)と連動して手術シミュレーショントレーニングを行っている(SynchronizeD Surgical Simulation;SSS)。

性能向上・低廉化により医療分野でのさらなる活用を

 本モデルには,胸郭モデルと内臓モデルが必要となる。現時点で,本体となる胸郭部分が約80万円,肺モデルは約5万円で市販されているが,普及に伴い価格は低廉化していくであろう。そして使用者の要望を取り入れた改良が加えられていくことで,より応用範囲の広いモデルとなることが期待される。すでに海外でも紹介されており,2016年3月に台湾の台北で行われた4th Asian Single Port VATS Symposium(The 24th Annual Meeting of Asian Society for Cardiovascular and Thoracic Surgeryと併催)では,筆者は特別招待講演を行った3)

 3Dプリンタは実物と全く同じ形状の造形が可能な機器であり,医療分野への汎用性は高い。3Dプリンタ自体の性能向上・樹脂価格の低廉化が進めば,さまざまな機能が付加され,日常臨床での使用も可能となるだろう。今回ご紹介したSSSのように,3Dプリンタの機能を生かした新しい活用法が次々と考案され,医療分野における活用の可能性がいっそう広がっていくことを期待したい。

謝辞:胸腔モデルの造形にご尽力いただいた(株)ファソテックに深謝いたします。

参考文献・URL
1)森川利昭.3Dプリンタの医療応用最前線――利活用法から作製法まで 3.胸部領域:呼吸器.インナービジョン.2015;30(7):50-1.
2)AFP news agency. 3D printed organs offer ultra-realistic practice models. 2015.
3)Toshiaki Morikawa, et al. A NOVEL 3D ANATOMICAL CHEST MODEL AND TRAINING FOR SINGLE PORT VATS. 4th Asian Single Port VATS Symposium. 2016.


もりかわ・としあき氏
1977年長崎大医学部卒業後,国立長崎中央病院(現・国立病院機構長崎医療センター)にて研修。国立がんセンター病院(現・国立がん研究センター中央病院),榊原記念病院,北里研究所病院などを経て,97年より北大医学部第二外科講師。2004年同大大学院腫瘍外科助教授,05年より現職。専門は呼吸器外科で,特に肺癌手術・胸腔鏡下手術。これからの外科医療の発達には新しい医療機器の開発が欠かせないと考え,日本内視鏡外科学会や,東京都医工連携HUB機構などと協力し,医工連携を推進している。

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