医学界新聞

インタビュー

2016.04.25



【interview】

自ら成長を続けられる看護師の育成を
実習の経験を学びに変えるための,教員の役割とは

安酸 史子氏(防衛医科大学校教授・医学教育部看護学科学科長)に聞く


 学生が初めて臨床現場に立つことになる実習は,基礎教育課程において最も学び多き場面ではないだろうか。そこでの経験を一過性のものとして終わらせず,次の学びにつなげる力は,看護師として将来にわたり成長し続ける土台となる。では,学生が実習で得る経験に,教員はどうかかわればよいか。『経験型実習教育――看護師をはぐくむ理論と実践』(医学書院)を上梓した安酸氏に,経験型実習教育の目的と実践のポイントを聞いた。


看護教育は「指導型」から「経験型」へ

――先生が提唱する経験型実習教育の狙いをお話しください。

安酸 学生が抱く実習現場での困難に対し,教員が学生との対話から解決を図り,成長へとつなげることです。

――「経験型」の教育には具体的にどのような特徴がありますか。

安酸 発問を重ねることで学生の経験を明確化し,課題を把握していく点です。一方で,指示の多い「指導型」のアプローチでは,学生がどこに困難を感じているのか,どうして不適切な対応を取ってしまったのかが見いだせません。学生も教員に指導されれば「怒られた」と思って謝り,それで終わってしまう。するとリフレクション(振り返り)ができず次のケアに反省が生かされません。経験型であればその場でリフレクションができ,次のケアでどう改善すべきかを自ら考えられる。教師と学生の共同作業が相互に満足感を抱かせ,自己効力感を上げることにもつながります。

――主に実習の場面で用いられるわけですね。

安酸 そうです。実習では,学生の経験に寄り添う経験型の教育を行うのがふさわしいと言えます。なぜなら,学生との距離が近く,学生の成長を直接支えている手応えを感じられるからです。教員は,自分の持っている看護師としての能力を活用し,自分の成長も実感できます。基礎教育で看護を教える場としては,実習が一番面白い。

――経験型の教育を発想するきっかけは何だったのでしょう。

安酸 千葉大看護学部の学生時代のことです。私は専門学校を卒業後,看護師として臨床で働いてから大学に入り,学部1年から学び直しました。周りの同級生は,臨床経験のある私を頼って,実習で困っていることを聞きに来るんです。「姉さん,教えて」と(笑)。それまでの私は,臨床で実習生を教える立場にありましたが,頭ごなしに教える「指導型」で,それが正しいと思っていました。ところが自分が学生に戻り,同じ立場に立って相手の疑問に耳を傾けたことで,問題点を把握し,解決できるということに気づいたのです。以来40年,経験型の教育モデルの構築を看護教育のテーマとして取り組んできました。

看護師の質担保には教育力のアップが鍵

安酸 病院では在院日数の短縮化が進み,外来看護や在宅医療の拡大などによって看護の役割は高度化・複雑化しています。こうした状況を見越して看護系大学の新設が続き,大卒看護師や高度実践看護師が増えているわけで,臨床力の向上とともに臨床現場の教育力向上も期待できるようになりました。しかし,全ての施設に教育に長けた看護師を十分に配置できるわけではないため,教育力に関しては病院間の格差が生じることを懸念しています。

――看護師の質を,基礎教育課程からいかに担保するかが問われそうです。

安酸 そこで私は,実習などを通じて学生が主体的に学ぶ姿勢を身につけることが大切だと考えています。

――臨床で力を発揮する看護師を育てるために,基礎教育課程をどのように位置付けていますか。

安酸 看護のエキスパートになるための道筋を示し,生涯にわたって技能を発展させられる基礎的な能力を養う場です。ベナーは「熟練した技能を習得するためのポイント」として,①実際に経験したことを次回に生かす,②部分ではなく全体の状況をとらえる,③傍観者ではなく患者の状況に入り込むことの3点を挙げています。

――経験を重ね,学びに発展させる,経験型実習教育につながる考えですね。

安酸 ええ。さらにベナーは「テクネー(techne)」と「フロネーシス(phronesis)」という言葉を用い,両者を併せ持つことの大切さを説いています。特に「実践知」を意味するフロネーシスを磨くには,個別の臨床判断能力を積み重ねていくことに意義があると述べており,経験型実習教育の考えに近いと感じています。

――実践知を育む場である実習環境は,今どのような状況ですか。

安酸 地域によっては,大学数や定員数の増加により実習場所の確保が難しくなったり,少子化の影響で母性や小児の実習機会が減ったりしているところがあると聞きます。今後実習機会が減って,領域ごとの組み立てが難しくなれば,例えば小児と在宅を組み合わせる「領域横断型」の実習や,講義・演習・実習を短期間で組み合わせたカリキュラムも必要になるでしょう。

――教員には幅広い対応が求められ,おのずと役割も広がりそうです。

安酸 教員の教育力アップは欠かせません。その点実習は,学生の成長を促すとともに教員自身の教育力を上げる絶好の機会にもなります。教育学の故・藤岡完治先生は,教員が実習現場に行って学生を直接指導するという看護ならではの特徴に関心を持たれていました。そこで私に,ジョン・デューイの反省的思考の理論を紹介してくださり,経験型実習教育の理論のベースになったという経緯があります。授業と実習を別々の教員が分担するのではなく,皆率先して実習指導に出て,経験型の指導をしてほしいですね。

教員が悩み探究する姿勢に学生も学ぶ

――経験型実習教育を行う上でのポイントは何ですか。

安酸 大切なのは学生の直接的経験に焦点を当てること。ただし,最初から具体的内容に入り過ぎてしまうと学生を追い詰め,直接的経験を把握できなくなる可能性があります。時には学生の出方を見て,「待つ」ことも必要です。

――経験を引き出す「発問」はどのように行えばよいのでしょう。

安酸 学生に共感的な姿勢を示すことです。「もっと詳しく話してください」というオープンリードや,「私は○○と考えますが」というIメッセージなどを使うことがコツですね。学生をよく見て,よく話を聴く。そうすれば学生の思いを引き出せるはずです。学生と教員が疑問を共有し解決できれば,次の学びにつながり,まさに「目からうろこが落ちる」体験をしますよ。

――経験の浅い若手教員は,学生の問題を深く掘り下げられるでしょうか。

安酸 確かに,看護力が十分でないと発問の効果が低く,学生に学びの方向性を示せない場合があります。でも,それで諦めてはいけません。わからないことがあれば,現場の看護師や臨床実習担当者に協力を仰ぎ,道筋を示してもらうことです。一緒に悩みながら探求する姿勢を学生に見せることで,学生にも「自分のわからないことを相談したい」という素直な気持ちが芽生え,プラスの作用につながります。

――経験型実習教育の今後の展望と期待をお聞かせください。

安酸 基礎教育の実習にとどまらず,臨床での新人教育や指導者教育でも活用してほしいですね。「経験から学ぶ力」は誰もが身につけるべき能力ですから。FD(Faculty Development)や臨床での事例検討会など応用できる場はたくさんあると思います。経験から学ぶ反省的実践家として,リフレクションを重ねながら自分の経験を意味付けられる看護師になれば,日々の実践もより深く考えられることになるでしょう。自分をどんどん成長させられる看護師,それから看護教員が増えていくことを願っています。

(了)


やすかた・ふみこ氏
1978年自衛隊中央病院附属高等看護学院卒業後,自衛隊中央病院に勤務。85年千葉大看護学部卒。87年同大大学院修士課程(看護教育学専攻)修了。97年東大大学院にて博士号取得(保健学)。東女医大看護短大助手,岡山県立大助教授を経て,98年同大教授に就任。その後,岡山大教授,福岡県立大教授・学部長・理事を歴任し,2015年より現職。福岡県立大,防衛医大では看護学科の設立に携わった。専門は看護学実習教育の授業展開方法,特に教材化の問題と糖尿病患者に対する自己効力理論を適用した教育プログラム開発研究。日本慢性看護学会理事,日本糖尿病教育・看護学会理事,日本教師学学会理事を務める。近著に『経験型実習教育――看護師をはぐくむ理論と実践』(医学書院)がある。

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