君が論文を書く理由(水野篤)
連載
2016.04.11
臨床医ならCASE REPORTを書きなさい
臨床医として勤務しながらfirst authorとして年10本以上の論文を執筆する筆者が,Case reportに焦点を当て,論文作成のコツを紹介します。
水野 篤(聖路加国際病院 循環器内科)
■第1回 君が論文を書く理由
カリスマ先生「先生もそろそろCase reportを書かないとね」
レジデント「論文は書かないといけないと思ってんすよね~。ただ,書く時間がなくって。
やるからにはNEJM(The New England Journal of Medicine)とかに出したいっすよね。ところで,Case reportってエビデンスレベルも低いのに書く意味あるんですか? インパクトファクター何点すか?」
カリスマ先生「……」
95%の人たちは見えない世界
「論文を書きなさい」の限界点
「論文を書きなさい」「論文書いた方がいいよ」。
おそらくこんな会話はどの臨床医も一度は聞いたことがあるのではないでしょうか? レジデント(初期研修)が終われば,臨床をやると決めた医師は専門医などをめざし,知識と技術の成熟のため修行するのですが,同時に「論文」という壁にぶち当たります。
しかし,実際に書こうとするとかなりのハードルがあるのも誰もが否定しない事実です。我々の経験上,後輩(特に初期研修医)にこのように言うだけでは,いくら指導していたとしても,また学会発表していたとしても,自分で論文作成し,実際にアクセプト(論文掲載)に至るのは,ほんの5%いるかいないかなのです!(大学院に行ったり,海外留学したりした場合など,臨床現場のDuty workを離れて論文を書くことが主たる仕事になれば別です)。
書ける人と書けない人,これは確実に分かれていきます。書ける人はどんどん書きます。また逆に書けない人はずっと書けないサイクルにいることになる場合が多いです。今これを読まれている指導医にも心当たりはないでしょうか?(人には指導するが,自分ではほとんど書いていないという指導医も本当にたくさんいます。書かなくてよいと考えているのでしょう。その是非は置いておいて,我々の研究結果では世界の研究者の80-90%は年1本ぐらいしか論文を書きません1))。
なぜ,書けない人は書けないのか?
避けられないハードルがいくつもあり,それを超えてまで書くメリットがない。これが一番の問題でしょう。
①時間がない
②指導する人がいない
これがよく言われる2大ハードルです。
①時間がないというのは,今優先すべきことがあるという理由も含めます。
②指導する人がいないというのは,指導医がいても論文指導には積極的ではないという場合も含めます。上級医であっても論文に関しては自らも“道半ば”であると思っている人がほとんどですが,どうも初学者は上級医に手取り足取りで教えてもらうことを希望する上,100%アクセプトされる論文を求めたがります。このようなプレッシャーの中では,日本人らしく“おこがましい”と思っている,人のよい上級医は当然積極的な指導はできないですね。
ではどうすればいいのか
①可能な限り時間を節約する
②一人で書けるようになる
③書けるから楽しい→さらに書きたくなる
今回の連載では,①②を中心に上記の流れで解説していきたいと思います。
私も道半ばどころか初学者で,カリスマ研究者ではないです。ただし,いち臨床医として臨床現場にいながら論文を書くという点では皆さんにお伝えできることがあると思います。私がCase reportと付き合い始めた経緯をご紹介しながら,皆さんと一緒に学んでいけたらと思います。
「②一人で書けるようになる」としていますが,もちろん指導医などの懇切丁寧な指導があればベストです。当然勝手にやりすぎはよくありません。しかし,まずは最初のたたき台(ドラフト)を作成したり,指導医の意見を吸収したりできる土台がなければ話になりません。何から何まで,手取り足取り教えてもらうことを求める前に,できることがあります。さらっとSubmitできるぐらいにしておけば良いのです。
ここまで読んでも,不安はあると思います。
「論文なんて書けるのか?」
安心してください。書けます。アクセプトされます。書く意味を感じて,やってみれば誰でもできます。やるかやらないかだけです。
私自身が経験した上で言っているので間違いありません。いざ本当に一人の環境になっても,インターネットとPC,そして電気さえあればなんとかなります。
「論文書けるって言うけど,何を書けって言うんだよ。うちは症例数少ないし……」。
書けます,Case reportを書いてください。
臨床医は必ず患者を診ます(そうでなければ臨床医ではないですね。臨床医ではない人は普通のOriginal articleを書いてください)。診断・治療はエビデンスを反映して行いますが,全ての患者の顔が違うように,病態はすべからく違います。その中では必ず悩むはずです(悩まなくなっているようでしたら事実からかなり目を背けていると思います)。その悩みはあなただけの悩みでしょうか? これこそ臨床医であれば誰しもが悩むClinical questionと言われるものです。
臨床医が症例を共有してゆく過程が重要で,楽しいと感じるのは,臨床で一人ひとりの患者を診ることこそ臨床医の醍醐味であることを心のどこかで感じているからでしょう。今は再びCaseの時代です。欧州心臓病学会や日本心臓病学会など,さまざまな学会でも通常の報告以外にCase discussionのセッションをどんどん入れてきています。しかもシンポジストだけではなく,参加者みんなでDiscussionする方向になってきています。
臨床研究は本当に普及してきましたが,統計を十分に勉強する時間もなかった人が,見よう見まねで統計ソフトを使用し,検定をブンブン繰り返してp値に取りつかれるのは,臨床医の姿としては違和感がないでしょうか?(普通の感覚があれば,違和感ありまくりです)。今,自分の施設だけで症例対照研究を行い,非常に少ない症例数で無理やりにでも結果を出して,学会の抄録だけとりあえず作成しようとロジスティック回帰分析を行っているあなた! Caseの大切さを再認識するところにきているのではないでしょうか?(もちろん適切な検討がされている研究は非常に重要ですよ!)
学会や症例検討会は重要ですが,記録に残りません。他の人が参考にできません。さらに,その場にいた人しか勉強できません(最近はWebカンファもありますが)。ではどのようにその苦労を共有すれはよいのでしょうか?
Case reportです。
全ての患者をCase reportに
「全ての患者をCase reportに」などと言うと,何を血迷っているんだと言われそうですが,実際に患者を診たものを記録するという行為は皆さんも今臨床現場で行っていると思います。診療録の質の向上が行われれば,記録そのものがCase reportになる時代も来るかもしれません。論文のインパクトファクターで臨床医を評価できないことは皆さん当然だと思っているでしょう。それなら,Case reportの数などの指標で臨床医を定義すればよいと思います(例えば,患者を診てかつ,Case reportを10本書いて初めて臨床医! という感じです)。
我々は患者と共に学びを始め,患者と共に学びを続け,患者と共に学びを終える
今回はオスラーの至高の名言とともに終え,次回からは書くための方法を具体的に解説していけたらと思います。
まとめ●実際にはほとんどの人は論文を書いていない。
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(つづく)
[参考文献]
1)Mizuno A, et al.Comments:Formal Research Training for Residents and Scholarly Output:It’s Now or Never. J Grad Med Educ. 2016;8(1):112. [PMID:26913119]
みずの・あつし
2005年京大医学部卒。同年神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院)にて初期研修。07年聖路加国際病院内科専門研修内科チーフレジデント,09年同院循環器内科,15年より同院QIセンター・循環器内科/聖路加国際大学看護学部急性期看護学。実際の患者さんから学んで,技術・知識の蓄積をし,さらに患者さんに還元する形の継続をめざしてCase report作成を行う。
この記事の連載
臨床医ならCASE REPORTを書きなさい(終了)
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