医学界新聞

連載

2016.03.28



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第3夜 脈拍(心拍)

志水 太郎(東京城東病院総合内科)


前回からつづく

 J病院1階の救急外来。現在,インフルエンザが流行中です。ある日,救急外来のナースが急きょ2人もお休みになってしまったため,7階病棟勤務のおだん子ちゃんは助っ人として駆り出されることになりました。

 18時。すでにたくさんの患者がベンチに座って診療を待っています。おだん子ちゃんがトリアージのために患者一人ひとりに話を聞いて回っていると,どこかしんどそうにしている患者さんを発見。宇和島さん(仮名),高血圧と糖尿病,慢性腎不全の既往がある77歳男性です。透析導入前で,J病院内科にかかっており,今日は妻に伴われて来院されたとのこと。一体,どうしたのでしょうか……!


(おだん子) 「えーと,宇和島さんですね。具合悪そうですが……大丈夫ですか?」
(患者) 「ふわぁ~~(あくび)」
(患者妻) 「なんだか夕方からぐったりしていて,あくびばかりしているんですよ」
(おだん子) 「あくび,ですか。眠いんですか?」
(患者妻) 「どうやら眠い感じとは違うみたいで……」
(患者) 「……ふわぁ~~」
(おだん子) (?? 宇和島さん,つかみどころがないなあ。なんとなく反応も鈍いし。どうしよう……オロオロ)

 お話を聞きたいのに,どこかユルいというか,つかみどころのない患者さん。あくびまでして,一見のんびりした印象です。ただ,「夕方からぐったり」という言葉から,急性の倦怠感を伴っているとは言えそうです。他にも何か手掛かりがあると良いのですが。

(エリザベス) 「あら,いやぁねぇ。あの“生あくび”は要注意だわ」
(おだん子) 「うおっ! せ,先輩もヘルプでER勤務だったんですか!?」

 先輩も救急夜勤の助っ人だったようです。結局,いつものコンビになりましたね。……でも,先輩はなぜあくびを指して「要注意」と言ったのでしょうか? まずは患者の既往から確認してみましょう。

 患者には高血圧と糖尿病,さらには慢性腎不全があります。こうした方は現場にも少なくないですが,実は危険な状態にあるのだと認識しておきましょう。まず,高血圧や糖尿病。これらは心血管疾患のリスク因子であり,「脳や心臓のイベントが起こりやすい素地がある」と言えます。ですからこの方が何か急な症状を訴えたら,大血管の病気を一度は考えてみなければなりません(ちなみに血管系のリスクには喫煙,65歳以上,心疾患の既往,なども挙げられます)。また,慢性腎不全ではどのような心構えが必要でしょうか。そもそも腎臓は,①水分を抜く,②毒を抜く,③電解質の調整という3大機能を持つ臓器。したがって,「慢性的に腎臓が悪い」慢性腎不全では,3機能に何らかの支障が出る可能性が高い,という心の準備が求められます。

 さあ,既往の潜在的な危険性を確認できました。上記の背景を持った方が,倦怠感と謎のあくびをしている,とまとめられますね。

 ただ,エリザベス先輩は,単なる「あくび」ではなく,「生あくび」と表現していますね。これはなぜだかわかりますか? 端的に言うと,生あくびは眠気とは関係なく出てしまうあくび。原因は,脳に酸素や血糖の供給が足りないことにあるなどと言われるものです。たまたまかもしれませんが,おだん子ちゃんは,患者のあくびが「眠気とは関係なさそう」とわかる情報をすでに患者家族から引き出しています。これは素晴らしいかかわりでした。

 生あくびに加え,急性の倦怠感を伴っていることを考えると,脳だけでなく,全身の酸素供給が足りなくなっているのかもしれません。もしそうならば,患者さんの身に恐ろしいことが起こっている恐れがありますよ……!

(エリザベス) 「まずはバイタルですわ!」

 現場で考えるべきことはいつも同じです。急変対応の基本は「ABC」。同時にバイタルサインを確認しましょう。本連載ではこれまでに呼吸数(第3159号/第1回)と血圧(第3163号/第2回)のチェック法を勉強してきました。おだん子ちゃんも第2回で習ったダブルハンド法で,患者さんの血圧を把握しようと試みています。ダブルハンド法の最初のステップが「橈骨動脈に触れる」ことだったのを覚えていますか? そこで,あることに気が付きました。

(おだん子) 「ダブルハンド法でっと。……あ,あれ。脈がない?」
(エリザベス) 「いやぁねぇ。『脈がない』と感じたら,その原因は測る場所が異なるか,脈が遅すぎるかのどちらかですってよ。脈拍はこうやって評価なさって!」

エリザベス先輩のキラキラフィジカル❸
「瞬間脈拍」

①1秒で「アイウエオ」を言えるようにする
②1回の「アイウエオ」より脈が遅ければ徐脈(PR<60拍/分),1回の「アイウエオ」に2回脈があれば頻脈(PR>120拍/分)

※同じ要領で,2回のアイウエオで1回の脈ならPR 30拍/分,3回の脈ならPR 90拍/分となる。

(おだん子) 「(アイウエオ,アイウエオ……)。えええ! 30拍/分しかない!」
(エリザベス) 「徐脈ね。それにあの“生あくび”……! すぐにドクターコールをなさって。あとモニター,心電図,血液ガスのキットも準備なさって!」
(おだん子) 「?? は,はいっ!」

 徐脈の状態にあることまでわかりました。ここで優先的に考えるべき原因として以下が挙げられます。

急変ポイント❸
「危険な徐脈」

●高カリウム/高マグネシウム血症
●急性冠症候群(特に右冠動脈)
●低体温
●脊髄損傷
●頭蓋内圧上昇
●薬剤性

 この他にも,アミロイドーシスやサルコイドーシスなどといった危険な病気も挙げられます。ここからは病歴によって,徐脈を起こしている原因を探ることができるかもしれません。エリザベス先輩が患者妻に生活面について尋ねると,「昨日,娘夫妻が持ってきたメロンがとてもおいしく,たくさん食べた」とのこと。慢性腎不全の患者ですから,メロンのカリウムの含有量の高さは気になりますね……と,察しのよい方ならここで何が原因であるかがわかったかもしれません。先に答えを言ってしまうと,この患者は「高カリウム血症」だったようです。

 エリザベス先輩が以上の情報を救急外来の医師に伝えると,場所を移してそのまま心電図検査へ。P波は消失し徐脈,T波は左右対称に高いピークを作っていました。さらに,医師は採血した動脈血の値も確認すると,急いでカルシウム製剤を投与し,他薬剤の用意を指示。そして腎臓内科医に電話を掛け始めました。その間,おだん子ちゃんが動脈血の値を確認するとカリウムは7.6 mEq/L。心電図の変化を伴う高カリウム血症ですから,これは緊急透析も視野に入る,一刻を争う状況と言えます。患者さんは緊急入院治療とともに慎重に経過観察の方針となりました。そう,患者は,慢性腎不全で電解質調節が苦手になっているところに,カリウム負荷がかかったことで高カリウム血症となり,徐脈となっていたわけです――。

 今回は脈拍に焦点を当てました。「瞬間脈拍」も繰り返しの練習で精度が高まります。最終的には,触ったときに瞬間的に患者の脈拍が推測できるようになるはず(「アイウエオ」というのも,意識しなくて済むようになります)。血圧と同様に脈拍も,患者の状態を評価するときって,患者の「手」を取ることが最初になるんですね。

 今回のケースでは,採血・X線検査を行っていないどころか,モニターさえ付けていない中,患者の訴えと一部のバイタルサインを糸口にして急変対応がなされています。以上からわかるように,やっぱり大切なのは基本的な情報です。予診のアナムネや予診票に書かれた情報,バイタルサイン異常などは決しておろそかにできない情報なのです。そうした情報から患者状態を把握できると,「次はこういう動きが求められるはず」という推測も立てられるようになります。そうなれば,現場で効果的に動けるはずですよ!

おだん子のメモ

3月28日
●脈がないと感じる場合は,測る場所が異なるか,徐脈かである
●一つひとつの情報からいろいろ想像できるようになる

つづく

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