医学界新聞

2016.01.11



Medical Library 書評・新刊案内


スポーツ外傷・障害ハンドブック
発生要因と予防戦略

Roald Bahr,Lars Engebretsen 原書編集
陶山 哲夫,赤坂 清和 監訳

《評 者》奥脇 透(国立スポーツ科学センター・メディカルセンター主任研究員)

スポーツ外傷・障害の予防戦略にまたとないテキスト

 近年,スポーツ外傷・障害に対する予防の取り組みは,国内外で盛んに行われてきている。それを牽引してきたのがIOC Medical CommissionのメンバーでもあるDr. Roald BahrとDr. Lars Engebretsenである。この2人の編集による本書は,なぜスポーツ外傷・障害の予防が重要なのかを,これまで集積してきた,オリンピックをはじめとしたさまざまな競技大会の膨大なデータを基に,わかりやすくまとめたものである。予防の重要性から始まり,体系的に取り組むことの大切さを強調し,具体的に代表的なスポーツ外傷・障害を挙げて説明し,最後には競技団体による予防プログラムや大会時の医務体制についてまで言及している。

 整形外科医の一人として最も注目しているのは,スポーツ外傷・障害の各論部分である。ポピュラーなスポーツ外傷である足関節捻挫,やっかいな膝の外傷である前十字靱帯損傷,その他,ハムストリング損傷,鼠径部痛症候群,腰痛,肩関節外傷,肘外傷,頭頚部外傷,それにオーバーユースによる腱損傷を取り上げて,外傷予防の実践モデルとして展開している。基本的な4つの段階である,現状把握(疫学),原因究明,予防策,そしてその検証を,サーベイランス(監視)システムとして進めていくことの重要性を強調している。特に成長期から青年期における女子のスポーツ選手にとって,もはや選手生命を脅かす存在となっている膝前十字靱帯損傷については,その予防に向けたこれまでの取り組みを詳細に紹介しているので,整形外科のドクターはもちろん,トレーナーや指導者,それに実際に活動しているアスリートにも読んでいただきたい。前十字靱帯損傷の外傷調査から始まり,その内的および外的要因を挙げ,さらに受傷場面の解析から受傷機転を追求し,それに対する予防プログラムを作成して実行し,その介入結果を検証しているプロセスは,他のスポーツ外傷・障害についても応用できるものである。

 この書評を書いている今,ちょうどインフルエンザが流行し始めた。その予防にはワクチン接種が当たり前になってきているように,スポーツ外傷・障害に対するワクチンとも言える予防プログラムができ,実際に発生を減らすことができる日が来ることを切望している。また,そのプログラムを実行することで,スポーツのパフォーマンスも向上できるものと信じている。スポーツ医学にかかわる,コーチングスタッフやアスリートを含む,全ての方々に本書を熱く,強く推薦したい。

B5・頁240 定価:本体5,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02416-7


肝癌診療マニュアル 第3版

日本肝臓学会 編集

《評 者》岡上 武(大阪府済生会吹田医療福祉センター総長)

「極めて充実した内容かつ実用的な診療マニュアル」

 1975年以来わが国では年々肝癌が増加し,その7割以上をC型肝炎ウイルス(HCV)持続感染者が占めてきた。この背景には第2次世界大戦後の社会の混乱や肺結核患者への積極的な肺葉切除の際の輸血など医療行為を含む種々の要因が関係しており,厚労省と日本肝臓学会は罹患者の早期発見と適切な治療の普及のために多くの努力をしてきた。

 この間C型肝炎治療法は格段に進歩し,軽減した副作用の下で高率にウイルスが排除されるようになった。治療の進歩により2005年頃からC型肝炎起因の肝癌が減少に転じ,5年以内にHCV起因の肝癌は50%以下になるのではないかと推定している。一方,過去10年間でいわゆる非B非C肝癌が倍増し,この傾向は今も続いているが,これには生活習慣病に伴う肝疾患である非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の増加が原因と考えられている。この間,HBV,HCV,NASH由来の肝発癌機序の研究は確実に進展したが,最近増加しているNASH由来の肝発癌機序に関してはまだまだ不明な点も多い。

 このたび,日本肝臓学会から『肝癌診療マニュアル 第3版』が上梓された。2007年に初版が,2010年に第2版が上梓され,今回5年ぶりに最新の診療マニュアルに改訂された。初版作成に責任者として参加したこともあり,この本が手元に届いた際,すぐに大変興味深く拝読した。

 画像診断機器と造影剤開発の進歩は目覚ましく,近年は1 cm未満の早期肝癌が確実に診断できるようになった。その結果としてごく早期の肝癌が数多く診断され,必然的に早期肝癌の病理学的特徴もわが国の研究者により明らかにされてきた。

 治療に関してはラジオ波焼灼療法(RFA)を中心とする局所療法は確立された感があり,現在は進行肝癌をいかに治療するか,再発予防をどうするかが,肝癌治療の最重要課題になっている。他の消化器癌に比較すると,肝癌の化学療法に関してはまだまだと言える。とはいえ,肝癌の基礎的・臨床的研究や実臨床において,多くの分野でわが国は世界をリードしてきたことは間違いない事実である。

 今回の第3版では疫学,病理,発癌機序,診断,治療,発癌予防などに関して,その方面に造詣の深い第一線の研究者が最新のエビデンスをベースに個々の研究者の研究成果や工夫を加えて,実臨床に役立つ事項を記載している。また肝癌治療薬の開発状況までも記載されており,極めて充実した内容でかつ実用的な肝癌診療マニュアルとなっている。本書が肝臓専門医のみならずこれから肝臓の臨床や研究に従事しようとする若い医師にも広く利用されることを願う次第である。

 執筆者ならびに企画広報委員会委員に敬意を表し,書評とさせていただく。

B5・頁216 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02167-8


DSM-5®ケースファイル

John W. Barnhill 原書編集
髙橋 三郎 監訳
塩入 俊樹,市川 直樹 訳

《評 者》松永 寿人(兵庫医大主任教授・精神医学)

DSM-5®に準拠した極めて有用な実践書

 2013年に米国精神医学会によって刊行されたDSM-5®は,DSM-IV以来約20年ぶりに改訂された精神疾患の分類体系,および診断基準である。これにより,精神医学あるいは精神科臨床は新時代を迎えたと言えよう。特にこの20年間には,精神疾患の生物学的病態,中でも遺伝を中心とした病因や脳内メカニズムの解明が進展し,これがDSM-5®の改訂プロセスに大きく影響したことは言うまでもない。またこれらの知見は,新規向精神薬の開発といった新たな治療法の探求を促すものとなり,臨床における進歩にも多大な貢献を果たしてきた。

 その一方,現代社会は,急激に変貌する中で多様化・複雑化し,災害や社会・経済,治安,そして健康上の問題など,心身の健康を損なうようなストレス状況が生じやすくなっている。特に不安や喪失には,社会全体で共有される側面もあり,現代は人々の心がむしばまれ,不安定化しやすい時代と言えるであろう。例えば,労働を含む社会的環境,あるいはその変化にうまく順応できず,うつ病や不安症といった精神疾患を発病し,精神科を受診する人が急増している。さらに急速に進む高齢化やがんなどの身体疾患患者の心のケアなど,精神科医療のニーズはより拡大しつつある。その中でみられる精神科的問題には,その臨床像や背景の個別性がますます顕著となり,診断にも苦慮するような複雑なケースは決して少なくない。

 このような時代において,良質で適切な精神科医療を提供していくためにまず重要なことは,患者の病像を的確に把握し,正確な診断を行うことである。特にDSM-5®を使いこなし診断的信頼性を高める上で,各精神疾患のイメージを共有するとともに,併存症や身体疾患との関連性への意識,そして十分な診断スキルを身につける必要性は極めて高い。

 この点,本書『DSM-5®ケースファイル』は,米国精神医学会によるDSM-5®関連書の一つで,DSM-5®診断に関する症例集でありガイドである。本書はその日本語版として,髙橋三郎先生の監訳のもと,岐阜大大学院精神病理学分野の塩入俊樹先生,市川直樹先生らの,丁寧で正確な翻訳により作成された。

 本書に示された症例数は103例に及び,中には「自閉スペクトラム症」「月経前不快気分障害」「ためこみ症」「ギャンブル障害」など,DSM-5®で初めて採用された疾患が含まれ,さらにリエゾン精神医学の領域,すなわち医学的疾患に伴う精神症状の診断に関しても詳細な解説が加えられている。また各症例の解説には,DSM-IVからの変更点についても明快に記述されており,診断概念の変遷に関するポイントも理解しやすい。特に日本語版では,読者の便宜性を考慮し,各診断基準のDSM-5®日本語版本体の対応ページが示されている。

 このように本書は,DSM-5®に準拠した最新の精神科診断を学び,臨床や研究に応用する上でも極めて有用な実践書であり,精神科医にとどまらず,精神科臨床にかかわる全ての関係者にとって,価値ある必読のテキストと言えるであろう。

A5・頁448 定価:本体6,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02144-9


オープンダイアローグとは何か

斎藤 環 著+訳

《評 者》上野 千鶴子(社会学者)

「言語」への深い理解に基づいた驚くほど平明な実践知

なぜ「ダイアローグ」なのか
 かねてより自助グループのコミュニケーション作法である「言いっぱなし,聞きっぱなし」に疑問を持っていた。言葉というのは,何より伝わることを求める。そして必ず相手からの応答を求めるものだと思っていたからだ。

 ラカンに俟(ま)つまでもなく,言葉とは常にすでに他者のものだから。他者に属する言語を用いた途端,どんな人でもいや応なく社会的存在になる。急性期発作のさなかにあって叫んだりわめいたりするほかなかった統合失調症の患者ですら,後になってそのときの経験を言語化することを通じて,かれは理解を求め,応答を求める,社会的な存在として自らを差し出すことになる。

 構造言語学が前世紀にわたしたちに教えてくれたのはそのことだ。そして構造言語学に最も深く影響を受けた精神科医であるラカンの,日本における最良の理解者である斎藤環が,本書の紹介者となった。

 もちろん「言いっぱなし,聞きっぱなし」という,コミュニケーションともいえない「モノローグ」のようなコミュニケーション作法が定着したのは,自助グループに属する当事者たちがそれほど他者の反応におびえ,傷ついてきたからだとも言えよう。なら安全な聞き手の集団なら,応答があって当然ではないだろうか。だから「ダイアローグ」なのである。

謎もなければ秘技もない
 急性期の精神症状を示す患者と家族のもとへ,複数の支援者が直ちに出向く。必要なかぎり,何度でも,毎日でも出向く。そして患者と家族とともに,何が問題かを徹底的に語り合う。たったこれだけのことで,精神症状が治まる……ウソのようなマコトだが,ここには何の謎も,特別の秘技もない。条件はオープンダイアローグ,すなわち①ダイアローグであること,②ポリフォニーであること,この2つである。

 解のない状況に対して,ノイズを含む複数の応答が提示される。支援者も家族も本人も対等である。支援者の間で本人についてメタダイアローグが行われることもあるが,それも本人の目の前で行われる。自分が他人にどう見えるか,自己相対化の良い機会だろう。本人のいない場で意思決定がされることはない。安心できる聞き手の範囲は最初はコントロールされているが,この幅が広がっていけば,当事者はやがて予期せぬ敵対的なノイズにも対応ができるようになっていくだろう。

言語コミュニティへ招き入れる実践知
 このフィンランド生まれの統合失調症治療法は,おどろくほど平明で,秘教的なところは何もない。この技法をコミュニティ・アプローチと呼ぶのは理にかなっている。自我の危機を迎えた患者を言語コミュニティへと招き入れ,そこにしっかりとつなぎとめる。言語とは自我の檻でもあり,繋留(けいりゅう)点でもある。だが同時にそれは終わりのないオープンエンドのプロセスなのだ。ハーバーマスの熟議民主主義をここで想起してもよい。

 精神療法の理論家であるより治療者であろうとする斎藤が惚れこんだ実践知。解説も周到でわかりやすい。

A5・頁208 定価:本体1,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02403-7


診断力強化トレーニング2
What’s your diagnosis?

松村 理司 監修
酒見 英太 編
京都GIMカンファレンス 執筆

《評 者》徳田 安春(地域医療機能推進機構(JCHO)本部顧問)

臨床推論のトレーニングに至適な88のリアル・ジャパン・ケース

 この書籍は1998年から現在もなお継続して開催されている京都GIMカンファレンスの中から珠玉のケースを収集した第2弾である。今年200回記念を迎えた京都GIMカンファレンスは毎回100人以上もの医師が参加し,立見が出るほどの人気を博しているという。難解なレアケースが多く,ほとんどの医学生や初期研修医には太刀打ちすることは至難であり,後期研修医以上の中堅やベテラン医師あたりがターゲットとなる読者層であろう。

 ケースは全て実際の症例。病歴や身体所見がリアル情報として提示される。この本のケースのうち,全ての疾患を診断したことがある医師は世界広しといえども皆無であろう。そう断言できる理由は,この本の中に「ティアニー先生も初めて」のケースが掲載されていることや,世界で2例目のケースなども収載されているからだ。

 しかしながら,本邦の市中病院で実際に遭遇したケースについて習熟することは大変重要である。疫学的・遺伝的な影響があるために,日本人に特有な疾患や日本でよく使用される薬剤に関連した病態は,日本で診療活動を行っているわれわれ自身もまた遭遇する可能性があるからだ。そういう意味では,「欧米で出版された症例集」のみで学習していると,日本における最新の臨床現場の情報について思わぬ「知識欠如」を持ったまま臨床を行うという危険性がある。日本で総合内科を標榜する医師全員に,本書を読んでおくことをお勧めする。

 本書の最終診断内容を吟味してみると,薬剤の副作用が関連するケースが18例もあった。88ケースのうち約20%となる。一般には総合内科入院ケースの原因中5-10%が薬剤の副作用である。本書でのこの高頻度は,診断困難例では薬剤性疾患がいかに多いかということを示している。

 「臨床推論のよいトレーニング方法は何か」という質問をされることが評者自身もよくある。日常診療をまじめに継続し,多数のケースを経験しながら,優秀な指導医の意見を積極的に聞いていくことはもちろんである。でもさらにもっと飛躍して早くエキスパートになりたい,という希望を持つ若い医師は本書を利用するとよい。具体的には,病歴,身体所見,簡単な検査が提示されているページを読んだら一度本書を閉じて,脳内シミュレーションで自分自身の鑑別診断を考えることだ。あるいは,寝る前にそこまで読んで,解答編は翌日に読む,というのもよい。人間の脳は,問題が与えられると,意識しなくても(睡眠中でも)自動的に考えているということが脳科学研究で明らかになっているのだ。

 本書に収載されている88のリアル・ジャパン・ケースの暴露は,1人の臨床医の実臨床経験では得られない。評者も含め,京都GIMカンファレンスに参加することのできなかった医師たちへ,これらの貴重な症例を提示してくださった先生方,ならびに監修者の松村理司先生,編集者の酒見英太先生に敬意を表する次第である。

B5・頁256 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02169-2

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