医学界新聞

寄稿

2015.11.30



【寄稿】

過剰診断を防ぐエビデンスの構築を
Preventing overdiagnosis conference 2015に参加して

加藤 幹朗(横須賀米海軍病院内科)
徳田 安春(地域医療機能推進機構本部顧問)


 われわれは,2015年9月1―3日,米国メリーランド州ベセスダにある米国立衛生研究所(NIH)で開催されたPreventing overdiagnosis conference 2015[過剰診断防止カンファレンス2015,主催:米国立癌研究所(NCI)および英国オックスフォード大]に参加し,研究発表をする機会を得ました。本稿では,多数の医師や研究者が集結し白熱の議論が行われたカンファレンスの模様を報告します。

スクリーニングが過剰な介入・治療となり得る

 患者に害となり得る過剰な診断――「過剰診断」の問題が今世界中で話題となっています。過剰診断は,①無症状の人に対して不必要な診断が与えられたとき(不必要な診断によって不必要な治療介入がなされる)や,②有症状の人に診断(時に拡大解釈された診断)が与えられたものの,その診断そのものが有用性よりも害をもたらすとき,起こり得ます。

 過剰診断が生じる背景はさまざまありますが,原因の一つとしてスクリーニング検査が挙げられます。もともとスクリーニング検査は,疾病の早期発見・早期介入を目的としたものです。罹患率が高く,かつ重篤となる可能性が高く,介入の有無によって予後が大きく変わる疾病が対象であるほど,効果を発揮します。しかし,スクリーニング検査も万能ではなく,偽陽性により不要な治療を施してしまう可能性もあります。さらに,検査を行っても死亡率が改善しないばかりか,総合的にみると早期発見による早期介入が患者の不利益となることもあり得ます。

 例えば,本邦で乳児検診の一つとして行われていた「神経芽細胞腫マススクリーニング検査」が2004年に中止されたことは記憶に新しいと思います。この検査は,「生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫検査事業は,事業による死亡率減少効果の有無が明確でない一方,自然に退縮する例に対して手術などの治療を行うなどの負担をかけており,このまま継続することは難しいと判断される」1)ことから中止となりました。この他にも,PSA測定による前立腺がん検診,乳がん検診における非浸潤性乳管がん(DCIS)の評価などで同様の問題が指摘されています。

有害事象を上回るアウトカム改善のエビデンスが必要

 今回のカンファレンスでは,Hyeong Sik Ahn教授(韓国高麗大)による素晴らしい講演がありました。「韓国においては,エコー,PET-CT,MRIなどの高度医療機器が市中の医療機関にくまなく設置されており,がんの早期発見・早期治療を目的とした国家的な検診推進の結果,甲状腺がんの診断件数が飛躍的に増加した。しかし死亡率に変化は見られず,逆に治療侵襲による合併症や治療費の増大を認めた。すなわち,罹患率上昇をもたらした検診は,死亡率低下につながらなかった」という報告です2)。過剰な検査が不利益につながったことに言及しました。

 われわれが発表したのも,ルーチンで行われがちな検査の有用性を検証した研究です。タイトルは “The need for routine pre-procedure coagulation screening tests for patients undergoing gastrointestinal endoscopy”。上下部内視鏡検査前に行われている凝固検査の必要性について,上下部内視鏡検査を受けた4998人の患者を対象に後ろ向き研究を行いました。内視鏡検査前にPT-INR,PTTの異常値が認められた患者において,検査後の重大な出血合併症(輸血,止血処置)との関連は認められなかった結果をもとに,病歴と身体所見から出血素因を疑い,かつその時点で必要があるときのみ凝固検査を行うべきであると提起しました。筆者が勤務する横須賀米海軍病院では,腹腔鏡下胆嚢摘出術などの外科的手術に際しても,病歴,身体所見,家族歴などで疑わしいものがなければ,PT-INRを含む凝固検査やB型肝炎,C型肝炎などの術前検査は行わない方針です。

 また,C. Keith Conners名誉教授(米国デューク大)からは注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(ADHD)の過剰診断・過剰治療が欧米諸国でも大きな問題となっていることが報告されました。ADHDは家庭・職場・学校など2つ以上の状況で,気が散りやすい,過度にしゃべる,順番を待つのが難しいなどの項目が複数個認められた場合に診断されます。しかし,これらの項目は小児であれば誰でも持ち得る要素であり,観察者の主観的な要素も含まれるため,正常と異常との区別を明確につけることができず,拡大解釈で診断されてしまうケースも少なくありません。ADHDを訴えるのは小児自身ではなく,親などの周囲の人間です。そして,医師としては来院した小児に対して何も処置をしないという判断を下すには勇気が要ります。患者本人(小児)は困っていない場合であっても,周囲の人間の心情への配慮や,医師としての安全・安心を取って介入してしまい,過剰診断・過剰治療となっているというのです。

 これらの報告をもって,スクリーニング検査をしなければよいということを訴えたいのではありません。必要なのは,早期診断によるアウトカム改善が有害事象を上回るという科学的エビデンス,すなわち有効性の根拠を持って診療に臨むことです。その点,米国予防医学作業部会(USPSTF)では,各種スクリーニング検査のエビデンスに沿った推奨度をGradeごとに分類して表明しています(根拠を持って強く勧められるGrade Aから,勧められないGrade Dまで)。もちろん,これをそのまま本邦に当てはめることはできません。しかし「Grade D」つまり,「スクリーニング検査は必ずしも有益だとは限らない」という視点が存在することは注目に値します。

過剰診断とポリファーマシーの問題に共通する背景

 カンファレンスでは,世界最先端のポリファーマシー対策についても議論がありました。時として患者に害を生じ得る「多剤併用状態」が起きる背景としては,各診療科によって個別に診断した疾患に対して,個別の治療介入がなされていることが挙げられています。さらに,ウイルス性上気道炎に対する抗菌薬処方,不眠の根本原因を考慮しない睡眠薬処方,原因の異なる浮腫に対する利尿薬処方といった病態を無視した投薬,逆に,疾患ごとのガイドラインに準ずることに重きを置きすぎて高齢患者の包括的な評価による予後判定を無視した投薬なども原因として指摘されています。

 過剰診断とポリファーマシーの問題には共通する背景があります。①長年の習慣から検査・処方がルーチンとなっていること,②ルーチンを止めたり,患者・家族の要望に反したりするとトラブルが生じるのではないかという不安が生じること,③検査が複数の部署にまたがっていたり,複数の疾患があることで複数の医師が処方していたりと責任の所在が曖昧なこと,さらには,④診療行為や処方の量的増大により増収が図れてしまうという診療報酬体系上の問題もあり,議論は一筋縄ではいきません。

 これらの課題を解決するには,本邦でもエビデンスに沿った推奨度をUSPSTFのように表明すること,そのためのエビデンスを作り上げていくことが必要です。これまでに集積された膨大なデータを科学的に吟味し,有害事象を防ぐためのエビデンスを打ち立てていくことが今後のわれわれの責務ではないかと思います。

写真 NIHの前で。左から順に加藤氏,徳田氏,志水太郎氏(東京城東病院),松本謙太郎氏(国立病院機構大阪医療センター),岩本桃子氏(国立がん研究センター),東尚弘氏(国立がん研究センター)。

参考文献
1)神経芽細胞腫マススクリーニング検査のあり方に関する検討会報告書.厚労省;2003年7月30日.
2)Ahn HS, et al. Korea’s thyroid-cancer “epidemic”――screening and overdiagnosis. N Engl J Med. 2014;371 (19):1765-7. [PMID: 25372084]


かとう・みきろう氏
2006年近畿大医学部卒。市立豊中病院での初期・後期研修,水戸協同病院での総合内科研修を経て,15年より現職。日本内科学会認定内科医,臨床研修指導医。総合診療医として各科の架け橋になるとともに,米国医療を学び日本と海外との架け橋となるべく奮闘中。

とくだ・やすはる氏
1988年琉球大医学部卒。沖縄県立中部病院総合内科,聖路加国際病院/聖ルカ・ライフサイエンス研究所臨床疫学センター,水戸協同病院を経て,2014年より現職。ハーバード大MPH,医学博士,日本内科学会認定総合内科専門医,日本プライマリ・ケア連合学会理事,FACP。Choosing Wisely日本代表。

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