医学界新聞

連載

2015.11.16



クロストーク 日英地域医療

■第12回(最終回) 地域の健康を支えるために

川越正平(あおぞら診療所院長・理事長/松戸市医師会在宅ケア担当理事)
澤 憲明(英国・スチュアートロード診療所General Practitioner)
企画協力:国際医療福祉大学大学院教授 堀田聰子


前回からつづく

日本在宅医と英国家庭医──異なる国,異なるかたちで地域の医療に身を投じる2人。現場視点で互いの国の医療を見つめ直し,“地域に根差す医療の在り方”を,対話[クロストーク]で浮き彫りにしていきます。


 本連載では,地域で活躍する医療者の視点から,日英の医療現場の違い,そして互いの国の強みと課題()を考えてきた。最終回となった今回,川越氏,澤氏,さらに企画協力の堀田氏にまとめとなる寄稿をいただいた。

 英国GPの8つの役割
澤氏は,英国GPの役割を上記の8つと提示。本連載でもこれらを軸にして対話を進めてきた。


日本と共通の課題に取り組む,英国の実践

澤 憲明


 連載を通して日本の地域医療の課題を伺いましたが,英国も似た状況と言えます。例えば,「社会の高齢化に伴う多疾病患者」への対応です。現在,英国でも日本同様,複数の慢性疾患や複雑な健康問題を抱える集団にも対応できるシステム作りとその強化が急務となっています。まさに日本と共通の課題にチャレンジしているわけです。

共通課題に英国はどう挑んでいるか

 そうした課題を前に,英国では「医師単独」体制から「チーム」体制への転換が図られています。各専門職の専門性が強化され,役割は拡大しており,GPに期待されるものも従来的な「臨床医」としての狭義の役割から,それぞれの地域に合った小規模チームの舵取り・後方支援や,運営に責任を持つ“コミュニティーコンサルタント”としての役割へと変わってきています。私の地域でも,家庭医の専門性が求められていない問題に対しては,他職種が対応するという流れが生まれています。例えば,在宅医療の場における軽度な医療的問題であれば,十分な訓練を受けた看護師によって対応がなされるということが始められています。また,シンプルな薬剤処方,用量調整を必要とする患者に対し,家庭医を通さずに臨床的な訓練を受けた薬剤師(Clinical pharmacist)を受診してもらうという試みも検討されています。

 こうした流れを支えているのが,ツールの充実によるGPと各専門職との連携強化と言えます。例えば,訪問看護師によるSkypeなどのビデオコール(テレビ電話)を使った連携もその一つでしょう。訪問看護師は,出先の患者宅で何かGPに確認すべきことがあれば,ビデオコールを用いて,診療所にいるGPに連絡を取る。GPはモニター越しに患者の様子を見て,必要に応じて検査のオーダーや治療方針を決定する,という取り組みも試験的に導入されています。また,地域の専門職らの間で電子カルテによる情報共有も進みました。私の地域ではGP,診療所看護師,助産師,保健師,訪問看護師,訪問理学療法士,訪問作業療法士,「社会的処方(Social prescribing)」の専門家(第7回/第3129号参照)などの職種だけでなく,最近ではホスピスともつながるようになっています。医療・ケアにかかわる関係者が同じ情報を共有しながら,地域住民の幅広い問題に対応できる仕組みが整ってきているのです。

 さらに,ヘルスケアとソーシャルケアの統合も現在,重要な課題として議論され始めています。これは地域住民の広義の意味での「健康」を支えていくためには欠かせないことでしょう。私の地域では,介護施設,GP,病院,地方自治体,救急車サービス,ソーシャルケア,住宅行政,Age UK(第7回/第3129号参照),地域の支援団体などが一つとなり,幅広い健康の決定要因に対応できるように「Connecting Care」と呼ばれるパイロット事業を始めたところです。児童虐待のようなSafeguarding(安全保護)に関する情報も電子カルテを介して共有されるようになりました。地域住民にどのようなメリットをもたらすことができるのか,今後が期待されています。

個の実践に優れた日本に学ぶこと

 なお,来日した際にはいくつかの医療機関を見学しました。数は限られていますが,在宅医療の施設(中心となる実践者)として,下記3施設が印象に残っています。いずれも,英国の在宅医療の現場で参考になる実践が行われていました。

①ものがたり診療所(佐藤伸彦氏)
②桜新町アーバンクリニック(遠矢純一郎氏)
③あおぞら診療所(川越氏)

 ①で注目したのは,患者固有の「人生の物語」に寄り添う姿勢です。一つの例としては,患者・家族・スタッフとのフォトブックのようなものをカルテ内に取り込むことで,患者の自伝的な記憶・記録を大切にされていました。まるで,ろうそくの火を両手で囲うようにして,患者の人としての尊厳を,医療の“高度細分化”“商業化”の力から守っているように感じられるものでした。②では,ITの積極的な活用を通し,業務の効率化が図られています。例えば,往診医は往診車内でボイスレコーダーに診療記録を吹き込み,音声データを在宅勤務する看護師(休職中の潜在看護師を活用)に送る。その看護師が音声データを文字に起こし,医師が確認した上で,事務方スタッフが電子カルテに転記する,という役割分担が行われています。さらに③では,ジェネラリストとスペシャリストが,ひとつ屋根の下でグループ診療を提供しています。特定の臨床領域において,二次医療レベル以上の専門性を持つ医師たちが親密に協働しておられました。日本の現場の一部を垣間見ただけですが,英国と同様の課題を持つ日本では,全国各地で“現場発”の先進的な取り組みが実践されているのだと実感できた貴重な経験でした。

 健康を完全に良好な状態とする世界保健機関(WHO)の定義は,医学では治らない疾患が増えている現代社会ではもはや適切ではない――。そう感じるのは私だけではないと思います。さまざまな問題を抱えた人々が,それらとともに自分らしく生きていくのを助けるため,健康概念そのものの再定義,そしてシステムの再構築が求められています。そうしたチャレンジングな新しい時代を,日本と英国は一緒に迎えているのではないでしょうか。


英国GPから読み解く,かかりつけ医がめざすべき道

川越 正平


 英国のGPは,患者をトータルにサポートする「主治医」として,継続的な意思決定の支援や「過度の医療化」から患者を守ることも自らの役割だと明瞭に認識しています。病院の医師が治療方針の決定に苦慮する場合には,「GPに意見を求めてくる」というエピソードがその存在意義を象徴しています。その一方でGPは,「子どもがジャンクフードばかり食べている」「一人暮らしが寂しくて仕方がない」というような住民の相談事にも関心を示し,必要に応じてソーシャル・キャピタルを紹介するというような「社会的処方」をも担っていると伺いました。

 翻って,わが国ではどうでしょうか。症状が現れて,患者自身が受診を思い立ち,クリニックを訪れて初めて,医師は患者と出会うこともしばしばです。ややもすると訴えられた症状だけに対応したり,継続的に管理している疾病に対して医学的に対処することに終始している場面もあることでしょう。しかし,英国GPが提供する全人的アプローチを,日本の開業医が提供できないわけでは決してありません。個人レベルで見れば,日本にも優れた実践者,かかりつけ医は多く存在します。

 人口構造の急速な変化が進行しつつあるわが国においては,「地域完結型医療」への転換が急がれています。かかりつけ医がその中心的な役割を担うためには,専門外の領域も含め対象者の健康問題を丸ごと引き受け,予防や健康増進にもかかわる。そして患者だけでなく,その家族や家庭背景,地域社会との関係性にも関心を払うなど,臨床に臨む姿勢を地域包括ケアの文脈で再整理していく必要があります。

 「ただでさえ忙しいのに,もっと役割を果たせとはめまいがしそうだ」という声もあるかもしれません。ここで本連載を通して学び得た,英国の診療所像や各職種との役割分担が大いに参考になりそうです。つまり,①診療スタイルや医療機関の形をニーズに応じて柔軟に見直すこと,②多職種間の役割分担や協働を先例にとらわれることなく進めていくこと,③地域における診診,診看,病診など連携体制の構築,が鍵になるのではないでしょうか。考え方の基本線として,医師の負担を減らしより専門性を要する役割に集中させる,多職種が総力を挙げて「チーム」としてさまざまな命題に対応するという方向で策を講じる,地区医師会などを基盤として医師職能団体が力を合わせて地域で役割を果たしていく,ということになるのだと思います。

 これまでの対話を通し,多くの示唆をいただいた澤先生に感謝いたします。

 お二人の語りは,あらためて私たちの暮らしを持続可能な形で支える医療・医療者,患者の在り方,それを支える仕組みや基盤となる哲学について,さまざまなヒントを投げ掛けるものでした。関係者全てが「持てる力を最大限出し切る」ことが,必ずしも患者のベストインタレスト(最善の利益)につながるわけではありません。患者を中心とする「目標共同体」としての信頼に基づく多主体多職種チームと,専門職の「人間的な」働き方,たゆまぬ対話に基づいた協働を促すガイドラインや制度など,イノベーションをさらに加速させたいものです。

堀田聰子

(了)

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